第百三十一話
ユニアを落ち着かせてコーレルに預けたら、次はロニアの番だ。彼には留守番ついでに皿洗いを頼んでいたのだが、帰宅するとしっかり終わらせてくれていた。
ロニアを連れて向かう先は、ロラッシュ通りにあるケーキ屋だ。
開店したばかりの店にドアベルを鳴らしながら入れば、すっきりとした短髪の人間の青年が温厚な笑顔で迎えてくれる。彼はこの店の三代目だ。三代目とはいっても菓子を主に作っている店長は彼の父なので、彼自身は店番をしていることが多い。
「親父さんはいるか?」
「ええ、奥にいますよ。ちょっと待っててください」
気持ちよく返事をして、三代目が奥に引っ込む。
彼の父を待つ間、ロニアは店内をそわそわしながら眺めていた。ショーケースのケーキや棚の焼き菓子など、どれもロニアの興味をそそるものばかりのようだ。いつもユニアの尻ぬぐいで大変そうなロニアだが、ひとりになると好奇心旺盛な部分が顔を覗かせるらしい。
「おうエル坊どうした! 悪夢ケーキ食いてえのか!」
繊細な菓子を作っている職人とは到底思えない大きな声を響かせながら、待っていた人物が姿を現した。
コックコートがぱつぱつになるほど鍛え抜かれた、筋骨隆々としたボディ。大きな四角い顔。個性が強いゲジゲジ眉毛に、拳がすっぽり入りそうな大きな口。とても五十を越えたとは思えない、見るからにエネルギッシュなおっさんだ。オークの血でも混ざっているのかというほど背が高くムキムキだが、間違いなく彼は純粋な人間である。
三代目と似ているのは黒髪くらいかなというこのおっさんこと、現店主のセルスだ。私は小さい頃からよくケーキを買いに来ていたので、すっかり顔なじみである。
ちなみにセルスが言う「悪夢ケーキ」とは、セルスが私の為に開発してくれたとっておきのケーキだ。夢喰屋を継いだばかりの頃、私は子供ということもあり体が小さくて、一度にたくさんの悪夢は喰らえなかった。そんな私の為に、セルスは悪夢をたっぷり使っているが軽い食感で、栄養も考えたケーキをよく作ってくれていた。
おやつに食事にと大活躍した悪夢ケーキの生みの親であるセルスには、感謝しかない。
「悪夢ケーキはまた今度にするよ。今日はこの子の面倒を見て欲しくて来たんだ」
「ん? こりやまた細っちい坊主だな。おまえもバクか。よし、悪夢ケーキでも焼くか!」
「いや、悪夢ケーキはいい」
がっはっはと愉快そうに笑うセルスが聞いていることを願いながら、話を続ける。
「この子はロニアだ。うちで預かっている。菓子作りをそこそこする子でな、イリュリアでクッキー屋を開きたいそうなんだ。ただ今まで夢喰屋としてしか働いたことがないんだよ。まずは三ヶ月、親父さんのところで修行させてもらえないだろうか」
「三ヶ月か」
「そうだ。三ヶ月後にロニアが焼いたクッキーを食べて、修行を続ける価値があるか親父さんに判断して欲しい。もちろん親父さん以外にも食べてもらって、商売に繋がる可能性があるか判断してもらおうと考えている」
「ふむ」
セルスが太い腕を組み、ロニアを真正面からじっと見る。
あのユニアでさえコーレルの前ではおどおどしていたのだ。ロニアもそうなるだろうなと思っていたのだが、心配は無用だった。
「ロニアです。よろしくお願いします」
ロニアは凛とした響きを宿した挨拶をして、綺麗なお辞儀をしてみせた。セルスに向ける視線にも力がこもっている。いつも少し頼りなさそうな印象があったロニアだが。立派なものだった。
そんなロニアの様子を気に入ったのか、セルスがニッと笑う。
「おう、いいぜ。三ヶ月みっちり面倒見てやる。その代わり、泣き言は勘弁だからな?」
「はい!」
ロニアの件もうまくまとまってくれた。
セルスはいたずらに人の希望を弄んで手折るような人物ではない。いつだって菓子作りに対しては真剣だ。そして努力する者にはとことん付き合ってくれる。ロニアが諦めないかぎり、セルスは絶対投げ出さない。
さあ、あとはミモラだけだ。




