39. 山奥
車がガタゴトと揺れる。舗装されていない荒れた山道を走っているのは間違いなかった。どのくらい時間が経ったのかは分からない。けれど、もう二時間以上は走り続けているはずだ。
結希も花凛も伊織莉も、まだ目を覚まさない。せめて、どこへ向かっているのか知りたいのに、俺の身体の小ささだと、窓の外が見れない。運転席と助手席にクズAとクズBが座っている以上、迂闊に動くこともできない。
家を出て、しばらくは普通の道を走っていたようだったけど、途中から車が止まらなくなった。おそらく高速に乗ったのではないかと思う。それからだいぶ経って高速から降りたようで、また車が何度も停車を繰り返すようになった。そして、いつからか車が揺れ出した。山奥にでも向かっているのだろうか。そんなところに向かう理由なんて一つしか思い浮かばない。三人を埋めようとしているとしか思えない。
自分にできることを考える。この二人を止めなければいけない。何をしてでも。命を奪ってでも。問題は、今の俺にそれができるかだった。
こんなことなら、二人が家で眠っているときに行動に移すべきだった。娘を第一発見者にしたくない。家族の想い出が詰まった家を血塗られた場所にしたくない。その思いが、俺を踏みとどまらせてしまった。決断が遅すぎた。
「小屋ってあれ?」
「おう。最後に来たの半年くらい前だけど、まだ使えるだろ」
車が止まる。
「おし。また運ぶぞ」
「えー。重いのに」
「文句言うなよ、おまえ」
二人が車から下りて後ろに回る。俺はまた、花凛のトートバッグに潜り込んだ。車のリアゲートが開く音が聞こえる。
「最初こいつな」
クズAが伊織莉に手を伸ばす。クズBとともに彼女を車外へ運び出す。
さっき、あいつらは小屋と言っていた。きっと、その小屋に運び入れるのだろう。俺はトートバッグから身体を出して、開きっぱなしのリアゲートから外を見た。
外は暗くなりかけていた。夕暮れの中に木々が生い茂っているのが見える。予想どおり山の中のようだった。小屋に運び入れて、どうするつもりなのだろうか。後で埋める予定なのか、何か計画があるのか。足音がしたので、俺はまたトートバッグに慌てて潜り込んだ。
「次、こいつな」
二人は花凛を運ぶ。車内には、俺と結希が残された。小屋に運ぶということは、すぐに殺すというわけではないかもしれない。三人が目を覚まし、俺が三人の拘束を解いて時間を稼げれば、なんとか三人は逃げられるかもしれない。また、足音が聞こえた。
「俺が結希運ぶから、お前荷物な」
クズAが結希を抱きかかえ、クズBが俺の入った花凛のトートバッグと伊織莉のリュックを運ぶ。
トートバッグから身を乗り出して外を見ると、小屋は小さく林業用か農業用かの作業小屋のようだった。
「本当に狭いわよね、ここ」
「休憩所かなんかじゃねえの」
話しながら、二人は結希と荷物を運び入れた。
「お腹すいたんだけど」
「ここ何にもないぞ」
「すぐやるんでしょ? さっさとやってご飯行こうよ」
「警察の取り調べあるから、当分食えねえぞ」
「じゃ、さっさとやってよ」
「警察に電話してからな」
「あとでよくない?」
「先に電話しておいたほうがいいだろ。そっちのがリアル感出るだろ」
「スマホ通じるの?」
「あー。ダメだな。圏外だな」
「どうするのよ?」
「通じるとこまで行くか」
「離れてる間に見つかったらどうするのよ?」
「誰も来ねえよ。今ここ兄貴の土地だし」
「こんなとこ、売れるの?」
「ソーラー発電の業者に売るか貸すかするんだってよ」
「儲かるの?」
「巻き上げた土地だからな。タダで手に入れたようなもんだからマイナスにはならねえだろ」
二人が小屋から出ていき、ガタゴトと車体が揺れる音が、林道の奥へと消えていく。 タイヤが砂利を踏みしめるザリザリという音が、木々の間にこだました。その音が完全に消えたとき、森は再び、息をひそめたように静まり返った。
トートバッグから出て、現状を確認する。確かに小屋は狭かった。8畳くらいだろうか。中には何もない。フローリングというより合板だろうか。床に三人が寝かされている。
今なら逃げられる。とはいえ、どこなんだ、ここは。この季節に山奥にいると遭難の危険だってある。
スマホが通じないなら助けだって呼べないし、地図だって見れない。GPSは別の通信機能だって聞いたことがあるから、GPSは生きているかもしれないけれど、それだけが通信できたところで意味がない。
GPS。首元を触る。首輪。そうか。花凛と伊織莉が家に来た理由が分かった。俺の首輪に付けられたGPS。花凛のことだ。心配で、きっと毎日見ていたのだろう。
そして、昨日の夜。結希は星を見に行かなかった。いつもなら星を見に行く時間に家から出なかった。結希と俺に何かあったんじゃないかと心配になったんだろう。だから、GPSから家の場所を調べて、来てくれたんだ。
優しさが完全に裏目に出てしまった。とにかく、あいつらが戻ってくる前に起こすしかない。
「花凛さん! 起きて!」
もう、恨まれてもいい。俺は花凛の太ももを力いっぱい引っ叩いた。
「花凛さん!」
「ん……」
反応があった。
「花凛さん!」
「え……」
起きた。起きてくれた。
「花凛さん! 逃げて!」
「え……。クマさん……? わたし……。え……。あれ……?」
寝ぼけながらも、身体が動かせないことに気付いたようだった。
「拉致されたんだ! 縛られてる!」
「ん……」
話し声で伊織莉も起きたようだった。
「伊織莉さん!」
「ん……。んん……?」
「伊織莉さん! 縛られてるんだ!」
「あ……? 何してくれてんだ、おまえ」
「俺じゃない! とにかくほどくから!」
俺はまず、花凛の手首を縛ってるロープをほどきにかかる。けれど、ロープの縛り方がきつい。この身体だと、ほどくのがかなり難しい。時間をかけていられないのに。
「クマさん、わたしの上着の右ポケットにナイフあるから」
うお。さすが刃物系女子。こういうときは助かる。花凛の上着の右ポケットを探ると、本当にあった。取り出してながめると、サバイバルナイフ。彼女の部屋で見た記憶はない。このためにわざわざ用意したんだろうか。
今の俺の身体には少し大きいけれど、サバイバルナイフを両手でつかみ、花凛の手首を縛るロープに刃を当てる。ナイフを前後に動かしつつこすりながら切り進んでいく。
「ごめんね、クマさん。逆に迷惑かけちゃった」
「俺の方こそ、ごめん。見通しが甘すぎた。みんなを危険な目にあわせてる」
「二人の力になりたかったんだけどね」
「分かってる。来てくれてうれしかったよ」
「……クマさん、なんだよね……?」
「何が?」
花凛は一瞬ためらったあと、言葉を続けた。
「……結希ちゃんの、お父さん」
予想外の言葉に、ナイフを動かす手が止まった。




