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「俺が死んだのは、今年の3月の終わりごろ。殺されたんだよ」

「クマさん、ちょっと待って。その話、重い?」

「けっこう重い」

「じゃ、お酒取ってくる」


 飲まないと聞けないと判断したらしく、花凛(かりん)はキッチンに行くと缶ビールを二つ持ってきた。そのうち一つを伊織莉(いおり)に手渡す。


「おー。サンキュ」


 二人はビールを飲み始める。花凛、どんどん酒浸りになってない? 俺がこの部屋に来た頃はお酒飲む姿なんて見たことなかったのに。飲んだくれどもめ。けれど、今回は好都合だ。適度に酔っ払ってくれた方が丸め込める気がする。


「俺の前世は警察官で、特殊詐欺を追ってた」


 もちろん、嘘だけど。


「警察? クマ、お前が? 弱っちすぎね?」

「確かに俺は、弱かったのかもしれない。だから、殺された」

「あー。納得するわ」


 なんかムカつくぞ、こいつ。


「で、俺の追ってた特殊詐欺グループの犯人が、結希(ゆき)ちゃんの家庭に目を付けた。あそこの家は父親と母親と結希ちゃんの三人暮らしで、普通の家庭だったけれど、母親の実家が裕福だった。そんなある日、母親の両親が亡くなって、母親が遺産を相続した」

「結希ちゃんのお母さんが一人で相続したの? 兄弟とかいなかったの?」

「母親は一人っ子だったんだ。だから母親が一人で全部相続した。けれど、母親には従兄妹の男がいたんだ。そいつは母親が遺産を相続したことを知って、頻繁にお金の無心に来るようになった。母親は何度かお金を貸した。昔は優しいお兄ちゃんだったからって。いつかまた、優しいお兄ちゃんに戻ってくれるかもしれないって、そう期待していた。でも、だんだんと金額が大きくなる。従兄妹の男も真面目に働いている様子はない。このままだと自分が従兄妹の男をダメにしてしまうと判断して、お金を渡すのをやめたんだ」

「正解だよな。そんなクズに金渡しちゃダメだろ」

「でも、昔は優しいお兄ちゃんだったって想い出があるなら、力になりたいって思っちゃったのかもね」


 そうなんだ。俺の妻の優しさは、最悪の形で踏みにじられるんだ。苦々しい思いを飲み込み、俺は話を続ける。


「二年半くらい前、結希が小学校三年生になったばかりの春に、母親が亡くなった。半年くらい闘病してた。父親は、母親の病気が分かってから、会社を辞めて、フリーランスで仕事をするようになった。家族と過ごす時間を増やしたいってのが理由だった」

「わたし、フリーランスってあんまり知らないけど、逆に忙しそうなイメージあったよ。自分一人で全部やらなきゃいけないんでしょ?」

「そうだけど、仕事を断ることもできる。もちろん収入は減るけれど、幸いにも母親が遺産を相続したおかげで、生活にはかなり余裕があった。だから、その決断ができた」

「なー、フリーランスって何の仕事してたんだよ? 漫画家とか?」

「いや、IT系」

「へー。漫画家ならサインでももらおうかと思ったけど、じゃ、いいや」

「で、母親が亡くなってから、あの家は、父親と娘の二人暮らしになった。母親の葬式で泣きじゃくる娘の姿を見て、父親は二度と娘を泣かせないって誓った。それから毎月、月命日に娘は花屋にお花を買いに行くようになった。お花を遺影に供えるのが、毎月の行事になってた」

「そっか。それで、わたしと結希ちゃんが知り合いになったんだよね」

「そう。父親はフリーランスで仕事をして、娘との時間を大切にしてた。けれど。一年ほど経って、母親の従兄妹の男が、また現れた」

「クズって、鼻が利くっていうか、タイミングよく現れるよな」

「クズの人たちって、どういう嗅覚してるんだろうね」

「けれど、今度はお金の無心じゃなかったんだ。男は父親に土下座して謝罪した。自分がお金の無心を何度もして、心労をかけて、母親にストレスを与えてしまったかもしれない、病気にしてしまったかもしれないって、謝罪した。母親に突き放されて目が覚めた、自分なりに真面目に生活してきたつもりだけれど、恩返しすらできなかった。せめて、罪滅ぼしさせて欲しいって」

「おい、クマ。ややこしいぞ」

「どこが?」

「母親って言ってるけど、結希の母親で従兄妹のおっさんの母親じゃねえだろ」

「今の話し方だと、従兄妹の男の人が自分のお母さんのことを後悔してるみたいに聞こえるよね」


 めんどくせえな、こいつら。察しろよ。


「従兄妹のおっさん、クズAでいいだろ。どうせこいつ、最後までクズだろ」


 よく分かったな。


「クマさんのお話の父親と母親が結希ちゃんのお父さんとお母さんでいいんだよね?」

「そう。その二人以外に父親と母親は出てこないと思う。……多分」

「で、クマの話だとクズAが結希のお母さんのことで結希のお父さんに詫びいれに来たってことだろ? うさん臭えよな、そいつ」

「まさか、信じたの?」

「父親も初めは信じていなかった。けれど、男は……クズAは毎朝謝罪に現れて、毎朝土下座した。もう来るなと父親が伝えても、毎朝来た。梅雨で大雨の日も、熱中症になりそうな酷暑日も、台風が接近してる日も。二人の暮らしは大変だろうから、買い物でも掃除でも、父親の仕事の手伝いでも何でもするって。毎朝そう懇願して、それから仕事に向かってた」

「本当に仕事だったのかな?」

「嘘だろ、どうせ」

「半年ほどクズAが謝罪に通い続けたから、父親もついに折れた。母親の、妻の、昔は優しいお兄ちゃんだったって言葉を信じたかったのかもしれない。父親は自分の目の届く範囲なら対処できると判断した。家庭には関わらせたくなかったから、仕事の一部を任せることにした。簡単なデータ収集とかデータ整理とか、人手が必要な単純作業を手伝わせることにした。」

「絶対に騙されてるよ、それ」

「結希の父親、お人好し過ぎるだろ」


 こいつら、さっきからめちゃくちゃツッコミ入れてくるな。こっちとしても誤魔化しながら話したいから別にいいけど。


「クズAは、真面目に働いたんだ。本当に、真面目に。父親から信頼されるほどに。けれど、半年ほど経った3月の終わり。あの家に、強盗が入った。その日は春休みで、結希はスキーキャンプに参加してた。娘にいろんな体験をさせてあげたいっていう父親の意向もあって、子どもだけで参加できるスキーキャンプに行ってたんだ。夜、家には父親だけだった。戸締まりはしていた。けれど、いつの間にか鍵が開けられ、強盗に襲われた。……父親は、命を失った。娘一人を残して」

「ちょっと待って。もう一本持ってくる」

「あ、花凛、あたしも」


 もう飲んだのかよ。酒クズども。花凛は冷蔵庫から缶チューハイを2本持ってくると、そのうち一つを伊織莉に手渡す。


「で、犯人は捕まったのかよ?」

「分からない。まだそこまで調べられてない」

「わたし、今から調べるよ。捕まってたらニュースになってると思うし」

「いや、いいんだ。実行犯が捕まっていたところで意味がないから」

「え? どういうこと?」

「あの日、家の鍵を開けて実行犯を中に入れたヤツがいるんだ。あの家を狙えって、指示を出したヤツがいるんだ」

「クマさん、それって」

「ああ。クズAだ。間違いなく、あいつが主犯なんだ」

「けど、そしたら警察に言えばよくね? クマ、そいつが誰か分かってるんだろ?」

「分かってる。けど、証拠がない」

「証拠って、お前が警察でそいつを追っかけてたんじゃねえの?」


 あ、やべ。そういう設定だった。どうしよう。二人が酔っ払っていることに期待して、俺は話を続ける。


「俺も焦ってたんだ。これ以上被害を拡大させるわけにはいかないから。だから、証拠をつかもうとして一人で犯人グループを追いかけて、そして……」

「なんだよ、やっぱり弱っちいな、お前」


 うるせえよ。そういう設定にしたんだから、しょうがないだろ。


「クマさん、ちょっと待って。じゃ、結希ちゃんと一緒にいた、あの二人は誰なの? 両親じゃないんだよね?」

「男の方は、母親の従兄妹の男、クズA。事件の主犯だ。女の方は分からないけれど、男の奥さんか恋人か何かだと思う」

「クズBもいるのかよ」


 確かに、この流れだとあの女はクズBで間違いない。


「え? 結希ちゃん、なんで犯人と暮らしてるの?」


 花凛の問いに、俺は答える。これがきっと、犯人の、クズAとクズBの狙いだ。


「犯人の狙いは遺産だ。けれど、俺……じゃなかった、父親と結希ちゃんを殺しても遺産は手に入らない。だから、まずは父親を殺害する。それで、結希ちゃんの親戚ということで、二人が結希ちゃんを引き取るかたちにして、同じ家庭で暮らす。きっと、養子にするところまではやってないと思う。同じ家庭で暮らして引き取った娘の面倒をみるというかたちをとってから……結希……ちゃんを……」


 話していて、反吐が出そうになる。胃の辺りがムカつく。腸が煮えくり返る。


「な、花凛、それって犯人に遺産がいくのかよ?」

「父親が死んで、結希ちゃんが母親と父親の遺産を全部相続してるはずだから、犯人の二人が結希ちゃんの面倒をみて特別縁故者に認められれば相続できそうだけど」

「けどさ、クズAもクズBも家庭内で結希を無視してるんだろ? そんな簡単に認められるか?」

「そんな頃には結希ちゃんが……亡くなってる……はずだから……一緒に生活してた証拠があったり、周りがちゃんと面倒みてたって証言したら……でも、ああいうのって、証言とかいらないのかな。わたしも詳しくないけど」

「周りが全然面倒みてませんでしたって証言したら、どうなるんだろうな。家族で一緒にいるとこなんて見たことないですとか……あ、あたしら見てるな」

「それで家族でたまにお出かけしてたのかも」

「家族アピールかよ、あれ」

「伊織莉の塾に来たのも、そうじゃない?」

「ああ。教育熱心な父親アピールだったのかもな」


 二人に言われて気付いた。あいつの目的は、それか。


「じゃ、結希ヤバいんじゃねえの」

「そうだよ。早く何とかしないと」

「そうなんだ。だから、後は任せて欲しい」

「任せてって、クマさん、どうするの?」

「あの家にもう一回忍び込んで、証拠を探す」

「父親を殺した証拠ってことだろ? そんなのあるか?」

「多分、ないと思う」

「じゃ、ダメじゃね」

「その証拠じゃなくてもいいんだ。叩けばホコリが出てくるような連中だ。きっと、何か別の犯罪の証拠がある。別の犯罪の証拠でもあれば……」

「別件逮捕ってことだよね? そこから警察が、結希ちゃんのお父さんを殺した証拠を見つけてくれることに期待するってことだよね」

「そう」

「クマさんの話は分かったけど、それなら警察に任せたほうがいいんじゃない?」

「警察にって……」

「だって、クマさん警察官だったんでしょ? 同僚とか先輩とか上司とかに連絡とって、証拠を見つけてくれって頼めばよくない?」

「難しいよ、それは」

「何でだよ? お前、嫌われてたのかよ」

「いや、まず俺が前世が警察官だって言ったところで誰も信じない。クマのぬいぐるみに魂が乗り移ったなんて国家機関に言ったら、研究材料にされるのがオチだ」

「それはそうかもだけど」

「Dittoって言ったら分かるヤツとかいねえのかよ」


 なんでそんな古い映画知ってるんだよ。いるわけねえだろと思いつつ、俺は続ける。


「それに、警察だって証拠がないと動けない。裁判所の令状がないと強制捜査できないし、任意捜査するにしても、特殊詐欺グループの仲間が証拠を隠して逃げる可能性がある。一網打尽にしないと特殊詐欺グループを壊滅できないから、逆に警察は動けないんだ」


 警察事情はよく分からないから、とりあえず、それっぽい理由を伝えてみる。


「うーん。そういうものかなあ」


 詳しく知らないから突っ込まないでほしい。ボロが出てしまう。


「証拠探すなら、クマだけじゃなくて、あたしらも行った方がよくね?」

「クマさんだけだと無理だよね」

「いや、ダメだ。危険過ぎる。人を殺すようなヤツらのところに行かせたくない」

「けどさ、犯人の二人って結希が学校から帰ってきたら出かけて、朝まで帰ってこないんだろ? 一晩あれば何か見つかるんじゃねえの?」

「危険過ぎる。いきなり帰ってくるかもしれないし」

「でも、クマさん一人じゃ無理だよ。だって、ぬいぐるみだよ?」

「それは本当にそうなんだけど……」


 何か、納得させる理由がいる。俺は、言葉を続ける。


「……俺にも、警察としての意地があるし、一般市民を巻き込みたくないっていう思いもある。特に、自分が追っていた事件を解決できずに逆に殺されたなんて、悔しくて仕方がないんだ。だから、一人でやらせて欲しい」

「クマ、お前、そうやって一人で追いかけて殺されたんじゃねえの?」


 こいつ、設定の穴を。


「一般市民を巻き込みたくないって、わたしたち思いっきり巻き込まれてると思うんだけど」


 本当にもう、それはその通りで。


 仕方ない。妥協案を探るしかない。


「あと一週間だけ欲しい。一週間以内に何も見つけられなかったら、そのときは、二人に協力をお願いしたい。危険な目にあわせたくないから、改めて方法を考えるってことにして」

「うーん……。一週間って、結希ちゃんは大丈夫なの?」

「分からない。いつ命を狙われてもおかしくないから。けど、それなりに準備がいるはずだから、すぐにってことはないと思う。そんな様子もなかったし」

「闇バイトとか雇ったらどうするんだよ?」

「多分だけど、あいつらとしては家の中の金目のものがなくなったら嫌だろうから、その可能性は低いと思う。やるなら事故に見せかけるとか、そういうのだと思う」

「花凛、どうするよ?」

「正直、クマさんだけで何とかなると思えないんだけど。わたしたちのこと心配してくれるのは分かるけど」

「俺の勝手なお願いだって分かってる。けど、お世話になった二人を危険な目にあわせたくない」


 俺の言葉に、花凛は小さくため息を吐いた。


「……一週間だけだよ? 絶対だよ?」

「分かってる。ありがとう」

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