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28. 隠れた才能

 怖い。


「クマさんにはいっぱい協力してきたと思ったんだけどなあ」


 怖い。


「恩を仇で返すタイプだったんだね」


 怖い。


「あ、恩だなんて思っていないってことか」


 怖い。


「ごめんね、わたしがやってることって、ただのお節介でクマさんにとっては迷惑だったってことなんだよね」


 怖い。


 言葉の暴力。冷たい目でトゲのある言葉をチクチクと浴びせられた。


「お洗濯の時間も干す時間も足りなかったかなあ」


 脅迫。


「今度は十回くらい洗濯機で洗ってから一ヶ月くらい干しておかないとダメかなあ」


 害悪の告知。


「あの……俺は、あくまでもただのぬいぐるみでして……」

「知ってるよ」

「黒井さんのときも何の成果も得られませんでして……」

「知ってるよ」

「なので、今度もおそらく、うまくいかないのではないかなと思いまして……」

「失敗することはしょうがないけれど、前回の反省を生かすことはできるよね」

「お、あれだな。『向上心のないものはばかだ』ってやつだな。こいつ、『K』じゃね?」

「いや、あの、向上心があったとしても、普段の生活を見て、何に悩んでるのかを特定するというのは、かなり困難な作業ではないかと思いまして……」

「自分じゃ特定は難しいってこと?」

「はい、お恥ずかしながら……」

「特定は難しくても観察くらいならできるよね」

「観察したところで特定できないのなら、あまり効果がないのではないかと思いまして……」

「観察はできるんだ」

「いや……あの……はい……」

「じゃ、身体にカメラとか盗聴器とか埋め込もっか。特定はわたしたちでがんばるから」


 マズイ。俺の身体が切り刻まれる。背筋に冷たいものが走る。


「と……特定も……がんばってみます……」

「じゃ、スパイやってくれるの?」

「……はい……。がんばります……」


 家に帰った後、花凛(かりん)伊織莉(いおり)結希(ゆき)のスパイをしてこいと依頼された。当たり前だが断った。その結果。テーブルに正座させられ、言葉の暴力を浴びせられる。なんだ、この状況。俺に選択肢なんてなかった。


「クマさんが自分の意思で協力するって言ってくれて感謝してるよ」


 花凛の笑顔が怖い。強制でもお願いでもなく、あくまでも自分の意思ということにするあたり、ブラック企業の経営者としてやっていけるのではと思う。隠れた才能あるぞ、多分。


 俺だって、お世話になってる二人の役には立ちたい。けれど、黒井のときに悟った。俺には無理だ。この身体だ。行動にも限界がある。しかも、誰にも見られないように行動しなければいけない。本人に直接聞くこともできない。できることが少なすぎる。もうちょっと役に立てそうなら喜んで協力するのに。


「で、クマ。プラネタリウムはどうだったんだよ?」

「星がきれいだった」

「そういう話じゃねえよ」

「まさか、何も思い出してないのに、わたしたちからのお願い断ってたとかないよね?」


 花凛の言葉の暴力どうなってんだよ。


「でも、星でもないなら、なんだろうね」

「暗いところで光ってるものって、あと何だよ?」

「正直、俺にも、もうさっぱり」


 星。花火。蛍。あとはなんだろう。困ったことに、思いつかない。


「クマのスパイがうまくいったら、また考えるか」

「そうだね。うまくいったらね」


 ……うまくいかなかったら、俺は何されるんだよ。


 夜九時過ぎ。先日、花屋の帰りに立ち寄った公園に花凛は自転車で向かっていた。この前と同じように、俺は自転車のかごの中でトートバッグに入り、揺られていた。


 この前と同じ時間に公園に行こうとする花凛に、さすがにそんな頻繁に結希はいないんじゃないかと伝えたけれど、今日も公園にいたら逆に心配だから見に行くと押し切られた。


 自転車に揺られながら、トートバッグの隙間から空を見上げる。今日は星はあんまり見えない。もう11月の半ばだし、こんな時間に外に出ていたら風邪をひくかもしれない。

 ブレーキの音がして、自転車が止まる。トートバッグから外をのぞくと公園に着いていた。


「今日もいるね」


 つぶやくと花凛は、トートバッグをつかんで公園の中へ入り、芝生に寝転ぶ人影へと向かう。その人影が身体を起こし、こちらに視線を送る。


「結希ちゃん」

「……花凛ちゃん」

「お星さま見てたの?」

「うん。でも、あんまり見えなかった」

「結希ちゃん、ちょっとお話しよっか」

「え? 何?」

「結希ちゃんと会うの久しぶりだし、この前もあんまりお話できなかったから」


 花凛は結希の隣に座ると、並んで夜空を見上げた。


「結希ちゃんって、お星さま見るの好きだったの?」

「好きっていうか……」


 結希は口ごもる。


「でも、昨日も見てたよね」

「……うん」

「一ヶ月くらい前に駅前でちょっと会ったけど、ずっと元気にしてた?」

「……うん。わたしは」

「お花屋さんなくなっちゃったけど、お母さんの月命日のお花のお供え続けてる? 他のお花屋さんで買ってるのかな?」


 結希はうつむいたまま答えない。明らかに様子がおかしい。花凛でなくても心配したくもなる。あまり深入りしない方がいいと感じたのだろうか、花凛が話題を変えた。


「実は今日ね、結希ちゃんにお願いがあって来たの」

「お願い?」

「そう」


 花凛はバッグから俺の身体をつかんで取り出した。


「それ……」

「うん。結希ちゃんにもらったクマさん」

「前に会ったときも持っててくれた」

「そう。もらったのうれしくて大事にしてるんだよ。それでね、明日から一週間くらい大学の授業の関係で遠くに行かなきゃいけなくなって。その間、結希ちゃんにクマさんのお世話をお願いしたいんだよね」

「お世話? ぬいぐるみの?」

「うん。このクマさんね、寂しがり屋だから、いろんなところに連れていってあげてるの。さすがに大学には連れていってないけど、買い物行ったりカフェに行ったりするときも一緒なんだよ。だからね、結希ちゃんもクマさんをいろんなところに連れていってあげてほしいの。あ、学校はさすがに連れていかなくていいから。友だちと遊んだり、どこか出かけたりするときに、バッグの中にでも入れて連れていってあげてほしいの。お願いできる?」

「……うん、それくらいなら」

「本当? ありがとう。クマさんも喜ぶよ」


 こうして俺は、結希の家にスパイとして潜入することになった。

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