27. ミッションはインポッシブル
日曜日。晴れ渡った青空。今まで何度も花凛に連れてきてもらった駅前のカフェ。
駅前の人通りは多い。駅ビルがちょっとしたショッピングモールになっていることもあって、家族連れの買い物客らしき姿を多く見かける。
いつもと同じように窓側のカウンター席に花凛は座る。俺はトートバッグから自然な感じで身を乗り出し、外を眺める。いつもと違うのは、今日は伊織莉も一緒にいることだった。
今日は二人にプラネタリウムに連れて行ってもらった。
プラネタリウムで館内が暗いのをいいことにトートバッグから抜け出し、解説を聞きながら星空を堪能した。今にも降り注ぎそうな星空を眺めていると、どうして現代社会の夜はあんなに明るいんだろうと、謎の憤りを覚えた。
心ゆくまでラグジュアリーな時間を過ごし、プラネタリウムを出て、花凛のトートバッグに揺られて気付く。
楽しかったけど、何も思い出せていない。ちょっとマズイぞ、これは。
なんやかんやと二人とも得体の知れない俺にずっと協力してくれている。そろそろ何か思い出したい。何の進展もないと、さすがに申し訳ない気持ちになってくる。
今日は人通りが多いから、家を出てから一言もしゃべってない。家に帰ったら収穫があったか聞かれるだろう。それまでに何か思い出すか、言い訳を考えるかしておかないとマズイ。
詰められるなら、まだいいかもしれない。今の俺は、二人の協力がないと何もできない身の上だ。愛想を尽かされて捨てられると、さすがに困る。自宅警備員として置いてくれないかな。
それにしても、この二人は本当によくしゃべる。しょっちゅう会っているくせに、よくも話題が尽きないものだと感心してしまう。
「あっ」
伊織莉との会話の途中で、花凛がつぶやく。
「結希ちゃん」
窓の外を見ると、いつか見た両親らしき二人と結希が一緒に外を歩いていた。
「あー、結希ってあの子か」
「うん」
「あのおっさん、すげえこんがりしてるな」
「でしょ?」
「あれ、前にうちの塾に説明聞きにきたおっさんじゃねえかな」
「いちゃもんつけにきたって人?」
「そう。違うかな。あたしも顔覚えてねえけど、あんな感じだった気がするな」
「じゃ、一緒に来てた子どもって結希ちゃん?」
「多分、あの子だった気がするけどな。自信ねえけど」
「わたしも結希ちゃんのお父さんって一回しか会ったことないけど、いちゃもんつけるような人には見えなかったよ」
「人は見かけによらないって言うしな」
「でも、すごい丁寧な人だったけど」
「相手によって態度変えんのかな」
「かなあ」
両親の後ろをうつむき加減でついていくように歩く結希。駅とは反対方向に歩いていく。お出かけの帰りだろうか。
「結希ちゃん、大丈夫かなあ」
「何が?」
「そういえば、話してなかったね。花屋のおばあちゃんに聞いたんだけど、お店の常連さんがね、夜中に結希ちゃんが一人で公園で寝転がって星を見てたって言ってたらしいの。それで、この前お店行った帰りに公園に寄ったら、本当に結希ちゃんが一人で寝転がって星を見てて」
「何時くらい?」
「九時過ぎてたと思う」
「小学生だよな、その子。一人でそんな時間に?」
「ね? 心配になるでしょ?」
「天体観測とか趣味なんじゃねえの?」
「クマさんも同じこと言ってたよ」
「げ。最悪」
何でだよ。
「結希ちゃんに送ってくよって言ったら走って帰っちゃったし」
「んー。何か悩んでんのかな」
「やっぱりそう思う?」
「何にも知らねえの?」
「わたしもお店で会ってからずっと見てなかったし。夏くらいにこの辺りで見かけたときは元気そうだったんだけど」
「今見てても、元気そうといえば元気そうだよな」
「そうだよね」
確かに、ここから見るかぎりでは、特に変わった様子はない。
「花凛、気になる?」
「気になるけど、深入りしていいのかどうか分かんないし」
「深入りしてから考えれば?」
「深入りしちゃっていい問題か分かんないでしょ」
「見なかったことにすればいいんじゃねえの」
雑過ぎるだろ、こいつ。結希たち三人の背中が視界から遠ざかる。おそらく、このまま家に帰るのだろう。
「何かさ、あの三人歩き方変じゃね?」
「歩き方?」
「歩き方っていうかフォーメーションっていうか。子どもが一緒にいるときって、子どもを間に挟むとか、親の片方と子どもが一緒になって歩くとか、なんかそんな感じするじゃん」
「あー。両親が並んで歩いて、子どもが後ろにくっついてるって何か違和感あるかも」
「もうちょっと大きくなったら、親と一緒に歩いてるの友だちに見られるの恥ずかしいとか思って、離れて歩くヤツもいると思うけどな。反抗期には早いよな」
「うーん。やっぱり気になる」
「じゃ、あたしらで跡つけるか?」
「えー。尾行するの?」
「だって気になるんだろ?」
「そうだけど。バレたらどうするの?」
「挨拶すれば? 偶然ですねって」
「怪しすぎるよ」
「そうか? この辺住んでるなら、ばったり会うこともあるだろ」
「それはそうだけど」
「深入りしてやらかすより、放っておいて手遅れになる方がキツイよな」
「うーん……。正直、放っておいて何かあったら嫌だなってすごく思う」
「じゃ、直接聞いてみれば? 夜に星見に行ってるんなら会えるだろ」
「この前、逃げられちゃったのに?」
「それなら最終手段使おうぜ」
「え? 何?」
「スパイ送り込もうぜ」
「え? スパイ?」
……なにか、とても嫌な予感がする。
「自分からスパイやろうとしたぬいぐるみがいるじゃん。何の役にも立たなかったけど」
「えー。クマさんじゃ無理でしょ」
そうだ、無理だ。自分で言ってて悲しくなるけど、絶対役に立たない。だって俺、ぬいぐるみだし。
「クマの身体切り開いて、中にカメラとか盗聴器とか仕込めばよくね?」
「それなら、家の中の様子は分かるかもだけど」
「あー、学校で問題抱えてるんなら、そこまで分かんないかもしれねえよな」
「そうなんだよね。いじめにあってるとかだったら、誰にも言いたくないだろうし。聞いても教えてくれないだろうし」
ちょっと待て。俺の身体を切り開くことに疑問持たないの?
「学校にクマがスパイに行くの無理だよなあ」
「クマさんじゃねえ……」
バカにされてる気がする。でも諦めてほしい。俺にはハードルが高過ぎる。
「クマにどこまでやれるか聞いてみるか」
「そうだね」
二人は立ち上がるとカップを返却し、カフェを出た。この後、おそらく二人は花凛の部屋へ行くだろう。どうやって断るか。帰り道の間の俺のミッションは決まった。




