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26. 張り合う

 花凛(かりん)が部屋に帰ってからしばらくして、伊織莉(いおり)が来た。こいつ、しょっちゅう来てるな。


 二人はテーブルを挟んで向かい合い、花凛が今日の花屋での出来事を伊織莉に話す。珍しく二人ともお酒を飲んでいない。どうやら伊織莉はバイト帰りに立ち寄っただけのようだった。


「じゃ、おまえ、花屋のじいさんなのかよ」


 伊織莉に聞かれたけれど、正直答えようがない。


「分かんない。何にも思い出せなかった」

「花屋のばあさん見て懐かしいって思ったり」

「全然しなかった」

「薄情者」

「えぇ……」


 さっきも同じこと言われた気がする。


「おまえ、いつの時代の生まれだよ? 江戸か? ペリーとか生で見たのか?」

「花屋のおじいちゃんってそんな歳じゃないだろ」

「うるせえな。散切り頭叩いて牛鍋食べながら文明開化でござるとか言っとけよ」

「明治かよ。古すぎるだろ」

「じゃ、アレだな。お札に火つけて、どうだ明るくなったろうってヤツ」

「古いってば。大正だろ、アレ」


 無駄に詳しいな、こいつ。


「もう。おじいちゃん戦後生まれだからね」

「なんだ、昭和かよ。あたしらからしたら昔だけどな」

「生まれる前だもんね。平成でも二十世紀って聞くと時代を感じるしね」


 うわあ。若い子の感覚って怖い。


「そういえばさ、クマが暗いところで何か光ってるって言ってたのは花屋のじいさんと関係あんの?」

「うーん……」


 言われて俺は口ごもる。俺が見たかぎりでは怪しそうなものはなかった。


「花凛さん、お店で何か光ってたものってない?」

「えー。おじいちゃんの頭とか、そういう話じゃないよね?」


 ボケてきやがった。


「プレゼント用のフラワーライトとかフラワーブーケとかならあるけど、造花だしお店じゃ扱ってなかったよ」

「じゃ、お店の中で蛍が飛んでたとか」

「あはは。そんなお店で働けたら楽しかったのにね」


 お店とは関係なさそうだ。


「じいさんの想い出とかじゃねえの。戦争で爆弾見たとか」

「おじいちゃん戦後生まれだってば。しかも爆弾の想い出って悲しくなるよ」

「戦後だと何だろうな。真っ暗な部屋でブラウン管テレビが点滅してたとか」

「お化け出そうな雰囲気だね」

「こいつもお化けみたいなもんだろ」


 伊織莉の視線が刺さる。お化けみたいというか、お化けそのものなんだけど。


「あー、でも、そっか。テレビで見たとかの可能性もあるよね」


 花凛のつぶやきに俺は問い返す。


「どういうこと?」

「おじいちゃんとおばあちゃんがテレビで蛍が光ってるのを見てて、今度一緒に行こうって約束してたのに果たせなかったとか、そういう可能性あるよねってこと」

「ああ」


 確かに。だけど、そうなってくると可能性が無限に広がってしまう。逆に困る。


「じいさんとばあさんの約束が蛍くらいならいいけどさ、北極海でオーロラ見るとかだったらクマ連れてくの無理じゃね?」

「そうだよね。動画で我慢してもらうしかないよね」

「おし。クマ、動画で世界旅行して何とか思い出せ」

「えぇ……。そんなこと言われても。俺がおじいちゃんって決まったわけでもないし」

「でも、怪しいヤツ他にいねえぞ」

「わたしに関係ある人だと絞られるよね」

「意表をついて伊織莉さんの関係者とか」

「おっさんの知り合いってあんまりいねえんだよな。親と塾の先生くらいだし。みんな生きてるし」

「塾って今の時期だと受験が近づいてくるからピリピリしてそうだよね」

「あー。あたしは受験生受け持ってないけど、受験生担当してる先生は気を遣うって言ってたな」


 マジか。伊織莉の言葉に俺は衝撃を受けた。


「……伊織莉さんのバイトって塾講師だったの?」

「おう。塾でバイトしてるって言っただろ」

「塾って聞いてたけど、塾講師とは思ってなかった」

「じゃ、何だと思ってたんだよ?」

「力仕事とか、ダメな生徒役とか」

「殴るぞ、おまえ」


 言いながら、伊織莉は拳を握る。


「そういや、おまえ、あたしが花凛と同じ大学でおかしいって思ってただろ」

「いや、あの、それは……はい」

「あたし、高校のとき、すげえ勉強したからな」

「正直、わたしも伊織莉が同じ大学でびっくりしたよ。中学校のときって、そこまで成績よくなかったでしょ」

「勉強嫌いだったしな」

「伊織莉さんに何があったの? 頭でも打った?」

「おまえの頭打ってやろうか」


 コヤツめ。


「あたしさ、中学校のときに花凛にかばってもらって、うれしかったんだよな」 

「え? わたし?」

「あのとき花凛さ、宮川にカッター突きつけながら先生は間違ってるって言ってただろ?」

「うん」

「そのときにさ、言ってたんだよ。あたしは服装も校則守ってるし、園芸委員の水やりもちゃんとやってるし、掃除当番も真面目にやってる。でも、先輩は服装も校則守ってないし、委員会も掃除もさぼって、自分に嫌がらせしてるって。普段の生活態度すら先生は見てないのかって」

「……言ったっけ」

「言ったんだよ。なんで花凛はあたしのことをそんなに見てるんだって。あたしだけじゃなくて、みんなのこと見てただけなんだけどさ。でもさ、そのとき思ったんだよ。こいつと張り合いたいって」

「張り合うって、何よ」

「張り合うっていうか、肩を並べるっていうか。負けたくないって思って。花凛、成績よかったから、そこからあたしも対抗しようと思って勉強するようになったんだよな」

「初めて聞いたよ、そんな話」

「あんまり言うことでもねえからな」


 よく分かんない動機だけれど、伊織莉らしいと思う。


「だから、あたしも大学で花凛に会ってびっくりしたけど、でも、けっこう誇らしかったんだよな。これで肩を並べて歩けるって思った」

「中学のときだって、肩を並べて歩いてたでしょ」

「でも、どっか負けてる感じはあったんだよな」

「じゃ、今度はわたしが伊織莉に負けないようにしないとね」

「負けてねえだろ」

「負けてるよ」

「どこが?」

「この前、伊織莉に甘えて泣いちゃった」

「泣くくらいいいだろ」

「じゃ、伊織莉もわたしに甘えて泣いてよ」

「泣きたくなったらな」


 こいつが泣きたくなることとかないだろ。

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