24. 貰い物
「花凛さん、俺って貰い物だったの?」
「うん。去年までお花屋さんでバイトしてたんだけど、そのときもらったの」
「バイト先で? プレゼント?」
「そう。わたしね、サークルで地域のお店の取材行ったりしてたって話したことあると思うんだけど、そのときに行ったお花屋さんがおじいちゃんとおばあちゃんの二人でやってるところで、人手が足りないって言われたから、手伝いますって言ってバイトすることになったの。で、そのお店に毎月お花を買いにくる子がいて。小学生の女の子だったんだけど、お母さんの月命日にお花を供えるからって買いに来てたの。お店のおじいちゃんとおばあちゃんからしたら孫くらいの子だから、二人ともかわいがってて。買いに来るたびにお菓子あげたりお茶出したりしてて、わたしも仲良くなって。宿題見てあげたり、一緒に店番したりとかしてたんだよね。それで、ちょうど一年くらい前かな。おじいちゃんが腰を悪くしちゃって、お店を閉めることになって。最後にその子がおじいちゃんとおばあちゃんにお手紙を書いて持ってきてくれたんだよね。で、わたしにはこのぬいぐるみをくれたの。お父さんと二人で作ったって」
まさかの手作り。そういうのが得意な子だったんだろうか。でも、ぬいぐるみ作成キットみたいなのもあるし、意外と作れるものなのかもしれない。
「子どものころに使ってたぬいぐるみは全部前の家に置いてきちゃってたから、もらったのがうれしくて大事にしてたの」
俺は彼女の実家のアパートに並んでいたぬいぐるみを思い出す。全寮制の高校に進学したときに、全部置いていったと話していた。それにしても、俺のこと大事にしてるというわりには、何回も刺そうとしてるよな。
「そういえば、クマさん、一回会ったことあるよ」
「え? 誰に?」
「ぬいぐるみくれた子。結希ちゃんっていうんだけど」
言われて思い出した。くりくりした目が印象的な愛らしい子。
「けっこう前に駅前で会った子?」
「そう。よく覚えてたね」
俺の存在に気付いたから焦ったんだった。さすがに覚えてる。
「でもそのときって、あの子のお母さんも一緒にいなかった?」
「そうなんだよね。多分、あの人ってお母さんだよね。再婚したのかな」
年齢的に姉ではなさそうだった。親戚や父親の友人という可能性もないではないけれど、お母さんって考えるのが自然な気がする。
「ただ、わたし一回お父さんにも会ってるんだけど、あんな人だったかなあって思ったんだよね」
「どういうこと?」
「最後に結希ちゃんが手紙とぬいぐるみを持ってきてくれたときにお父さんも一緒にお店に挨拶に来たの。一度きりだし、あんまり覚えてないんだけれど、なんかちょっと雰囲気が違ったような気がして。あんなにこんがりしてなかったと思うんだけどなあ」
言われて俺は、あの時に見た父親の姿を思い出す。日焼けサロンに通っているとしか思えないほど焼けていた。
「そのおっさんが再婚した相手の趣味とかじゃねえの」
「えー。そんなことあるかなあ」
「好きな人もいるかもしれねえし。あたしはあんま好きじゃねえけどな」
「わたしも。こんがりし過ぎてるのはちょっと」
「あー、そういや、けっこう前に、あたしのバイトしてる塾に、日焼けした黒いおっさんが子ども連れてきてたな」
「え? 送り迎えってこと?」
「いや、塾のカリキュラムとかそういうの聞きにきてた」
「じゃあ、見学?」
「見学ってか説明聞きに来た感じ。あたしのバイトしてる塾って、勉強苦手な子が勉強好きになったり、勉強できない子が授業についていけるようになるのを目指したりとかするとこなんだけど、そのおっさん、子どもの学力伸ばして難関中学に子ども入れたいって言い張ってて。塾長が塾の方針と合わないって説明してたのに納得いってなかったみたいで」
「教育熱心な人だね」
「塾長が言うには、初めから子ども入れる気なくて、いちゃもんつけたくて来たっぽいって言ってた。子どもも恥ずかしそうにうつむいてたって言うし」
「それ、何しに来たの?」
「分かんねえんだよな。塾長もストレス発散にでも来たのかなってボヤいてた」
「へえ。変な人もいるんだねえ」
伊織莉のバイト先って塾だったのか。まさか塾講師じゃないよな。塾で重い荷物運んだり、チョーク並べたりするお仕事だよな。
「で、クマ、おまえ、結局おじさんじゃねえんだよな?」
「……違うと思う。こういうこと言うのもアレだけど、おじさんの話を聞いたときに吐き気がした。俺じゃないって信じたい」
断言できないのが辛い。
「わたしも、クマさんはおじさんじゃないと思うよ」
「なんか違うっぽいよな」
そう言ってもらえると救われる気がする。
「花凛の知ってる人でそれっぽい人って、他にいねえの?」
「わたしの周りで亡くなったのって、お姉ちゃんとおじさんくらいだよ」
「花凛がバイトしてた花屋のじいさんとかは? まだ元気にしてんの?」
「どうだろうね。連絡取ってないけど。久しぶりだし、会いに行ってみようかな」
俺って、おじいちゃんって言われるほど歳いってないと思うんだけどなあ。そんなこと考える時点で歳いってるのかなあ。
「でも、おじいちゃんだったらマズイよね。刃物向けちゃった」
「あたしも腕つかんで振り回しまくったな」
「わたしも振り回したことあるよ」
「記憶戻んない方がいいんじゃねえの」
「おじいちゃんだったら気まずいしね。でも、もう刃物はやめないとね」
刃物やめるってなんだよ。やってる時点でおかしいんだよ。
「花凛、刃物なしでいけるの?」
「練習する」
話が見えない。
「花凛さん、刃物に思い入れでもあるの?」
「思い入れっていうか。勇気がほしいんだよね」
「勇気?」
「誰かに立ち向かったり、強い言葉を使ったりするときって勇気がいるから。刃物でも持ってないとできないの」
その発想はおかしい気がする。けれど、今まで花凛が刃物を持っていたときを思い出すと分からなくもない。
宮川に教育方針が間違っていると立ち向かったとき。正体不明の俺と対峙したとき。おじさんのふりをした俺を問い詰めたとき。さっき、俺に注意しようとしたとき。自分に足りない勇気を補強するための武器として刃物を使う。分からなくもないけど、やめた方がいい。何かあってからじゃ遅いし。
「刺さないだけ偉いんじゃねえの」
普通は刺さねえよ。
「けどさ、花凛、花屋のじいさんと連絡とれんの?」
「家とお店が一緒になってたから、引っ越してなければまだあそこにいると思うけど」
「ちょっと遠かったよな」
「自転車でニ十分くらいだね」
その言葉で、一つ思い出した。
「花凛さんも運転苦手なの?」
「あー。お姉ちゃんの話だよね?」
「うん。車か原付だったら楽なのにって思って」
「お姉ちゃん、運転が苦手だったわけじゃないと思うよ」
「え? どういうこと?」
「お父さんとお母さんがひき逃げされてるから、運転したくなかったんだと思う。わたしも運転するの怖いもん」
そういうことか。自分が加害者になる可能性を恐れていたのか。
「じゃ、花凛さん、免許取らない気?」
「どうしようね。ないと不便だろうなとは思うけど」
「免許だけ取って運転しなきゃいいんじゃねえの。大学生の間に取らないと、取るのめんどくせえぞ」
「やっぱりそうかなあ」
「身分証になるしな。マイナンバーカード持ち歩いてもいいけど、なくすとめんどくさそうだし」
「伊織莉さんは免許持ってるの?」
「持ってるぞ」
「運転するの?」
「いや、ペーパー。車持ってねえし」
伊織莉の運転って、やばそう。よくコイツ免許とれたな。学科試験で落ちるだろ。
「おまえ、今、失礼なこと考えただろ」
なんで分かるんだよ。




