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こんな人間にもできること  作者: 雪桜と紅葉
終章ーこんな人間にもできること
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終章ー自分にできること 33

かなり久しぶりの投稿となります。しかもこんな遅い時間……大変お待たせしました。

今回は神と人の対決となります。そして次の更新がコエくんたちの最後の物語となります。もっと細かな描写や設定を望んでいた読者の皆様が多くいたと思いますが、これが今現在の筆者の力量です。良くも悪くも等身大の筆者を皆様にお見せできればと思います。

 快晴の空の中、天上から舞い落ちる純白の花弁が境内を白銀の世界へと変えていく。地に落ちた花弁がそのまま根を張り、美しい花を咲かせてた。それは冷たく透き通った花だけであり綺麗ではあるが、どこか寂しさを覚える景色だと見た者は述べるだろう。


「ヴェルさん、よろしくお願いします」


 武器化した状態で何も発することのないフールを聲はヴェルベルヒンに手渡した。彼女たちは神が発するプレッシャーに委縮してしまい言葉を発することができないでいた。しかしそれでもお互いに目線だけは交わし、聲は彼女に信頼を、ヴェルベルヒンは彼に不安と心配を送った。


「雪月花」は神の領域を凍らせ、侵食することはできた。人の力では到底成し得ない偉業を彼は今この場で成し得ている。初代勇者はその生命を以てして天照大神を封印した。彼は神が創り出した世界を打ち消すのではなく、全てを包み込んで封印したのだ。創り出された社も広大な境内も、あらゆるものを初代勇者は生命と引き換えに隔離し、封印した。聲と初代勇者の違い、生きながらにして神の力を削いでいる彼と生命を賭けたことで封印を成し得た彼の違い、それはただ単に魔術の相性のみであった。聲の魔術は「浄化」であり、そこには一切の攻撃要素が本来はない。女神が手掛けた特殊な水魔法があることで結果的に攻撃性を獲得したに過ぎないのだ。対して初代勇者の魔術は「時間」であり、攻撃から防御まで時間経過を必要とする全てのものに対する圧倒的な干渉力を宿していた。それ故に分霊とはいえ神を封印することができ、それ故に時間経過とは関係ない神の力を直接どうにかすることができなかった。


 しかし、神と人間では根本的な力の差が存在する。神や悪魔といった超常の存在は理不尽な力を振るう。そんな存在に対して人はいつだって挑んできた。力が無いのなら知恵を使い、勇気が無いのなら団結して互いを支え合った。


 しかし、聲は独りである。後ろには守るべき存在がいるが、彼女たちは満身創痍であり戦う力はおろか、神の威光を前にして立っていることさえ難しい状態である。


「ほう、我が子もなかなかに粋な計らいを思い付くものよ」


 雪が触れることなく消えていく。天照大神の周囲には雪の一片さえ積もっていない。


「この景色を見ていると新たな年の始まりを思い起こさせる。あれは良い日だと思わんか、我が子よ?日々神への信仰を忘れている子供たちが、あの日だけは昼夜問わず社に足を運ぶのじゃぞ?あのような人数が1度に来るもんじゃから、とても全てを叶えてやることはできんが、わらわとしては嬉しさでつい奮発してしまうのう」


 地に根を下ろした雪が、美しき透明な花を辺り一面に咲かせた。


 踏み込むと同時に周囲に咲いていた花が砕け散り、氷の破片が宙を舞う。聲はフールの次に使い慣れた片手剣を振り被り、直進の勢いそのままに振り下ろした。愚直なまでの直線的な振り下ろし。騎士ネメアから教わった技術も多くの敵を相手にして盗んできた技もなにもない、ただの振り下ろしを神に向けて放った。


 自身よりも段違いに強い相手に対して自分自身が取れる行動とは何か。その答えが聲の無意識の行動にあった。愚直な攻撃、まっすぐな攻撃、それらに技術は必要ない。神に人間の積み重ねてきた技術が通用するか、否である。そもそも圧倒的に力量の離れた相手に対してフェイントや小細工は隙でしかない。それならば人間にできること、超常の存在に対して唯一できること、それは感情の発露である。


 聲が発したとは思えない気合いの籠った叫び声と共に愚直な一閃が天照大神に襲い掛かる。ただの片手剣は道半ばにして見えない壁に阻まれ、甲高い音を伴って折れて砕けた。魔力すら纏っていない片手剣ではただの鋼鉄程度の強度しかない。そのようなものでは神に触れることすら叶わない。

 折れた武器を投げ捨て次の行動に転ずる。腰を捻り、腕の筋肉を引き絞る。流れるような動きで渾身の掌底を放ち、彼はその成果を確認することなく次の攻撃へと流れる。止めどなく響く重たい音、わずかにだが大地が揺れていると錯覚させるほどの猛攻が繰り出される。先ほどの愚直な一閃とは違い、どこまでも効率的な一撃を怒涛の連撃で放っていく。


「やめよ、我が子よ。もう手が血だらけではないか」


 見えない壁は依然として砕ける様子がない。放たれる掌底によって壁を揺らすことはあっても決してそれは(ほころ)びを見せることはなかった。一撃を放つたびに鮮血が舞い散り、骨の軋む音が響き渡る。大地に根を張った雪花が飛び散った鮮血を吸い上げ紅き花弁を掲げている。


「もうわかったであろう?いくら下等な生物でない我が子であったとしても、わらわに傷を負わそうなど叶わんのだ。その傷はわらわが治してやるゆえ、もうやめよ。母として子の反抗を見守ることはできるが、傷つく姿など見とうない」

「だったら……!俺の大切なものを奪おうとするな!」


 天照大神は聲の叫び声を聞いて悲しそうに眉尻を下げた。片や自身の負傷も厭わず必死の猛攻を掛けているのに対して、もう一方は戦っているという認識すらない。それほどまでに神と人間には覆しようのない差が存在する。どこまでも足掻いたところで人間では神に敵わない。聲のように神から魔術(ちから)を授かっていたとしても、それは所詮人間が使えるようにダウングレードしたものに過ぎない。神の領域を侵食できたとしても神自身を犯すことなど不可能なのである。


「そうは言ってものう。我が子が大切にしているのが人形ならともかく、あれは虫ぞ?わらわとて我が子を誑かすような虫を見す見す傍に置くほど落ちぶれておらん。傍仕えなら適当なものを用意するゆえ、あの虫どもは諦めよ。我が子にとって良い影響など与えん」


 神の助言に対して聲は拳を以て答える。既に拳を握るだけの力もなく、ただそこにある腕を叩きつけるだけとなっているが、それでも彼は攻撃を止めようとはしなかった。襤褸雑巾のようになった両腕を見えない壁に叩きつける。骨は既に自然完治ができないほどに砕け、滴る血が雪と氷の大地に線を描く。

 ヴェルベルヒンたちは涙を流しながら静止の声を上げた。もうやめて、もうそれ以上傷つくことをしないで、と声を張り上げて訴え掛けた。彼女たちの心は既に屈している。女神エシャクと相対したことのあるヴェルベルヒンであっても明確な敵意と悪意を以て彼女たちを見る神を前にして、彼女たちは勝とうなどという意思は芽生えなかった。


 しかし、それを咎めることなど誰もできない。


 彼女たちは勇者ではない。


 彼女たちは英雄などではない。


 彼女たちは誰もが辛い過去、忘れたい過去を大なり小なりもっているが、それでも彼女たちは平穏な日常を望む人間に過ぎない。彼女たちは好き好んで戦闘技術を培ってきたわけではない。この過酷な世界で生きていくために必要だから、その力がないと守りたいものを護れないから、そのために彼女たちは力を磨いてきた。そんな彼女たちに、超常の存在である神を相手に大立ち回りを演じろということのほうが酷であろう。どんなに守りたいものであっても、自分が守りたいものの隣に並び立ちたいと思っていても、困難な道を選ぶことでしか守れないわけではないなら人間は楽な道を選んでしまう。


 それを非難できるのは勇者や英雄といった人外だけである。


 自分たちが死ねば、死を受け入れれば大切な人が守れる。これ以上傷つかなくて済む。そんな甘い誘惑と大切な人が傷つく姿をもう見たくないという気持ちが、彼女たちに静止の呼び声を叫ばせる。死への恐怖は当然あり、もう隣に並び立つことはおろか、後ろを付いて行くことすらできなくなる悲しみが胸中を占める。しかし、しかしそれでも、彼女たちは自分たちの死を望んだ。神という存在に対して彼女たちは立ち向かうことを諦めたのだ。


「虫どもが言うようにもうやめよ。腕が折れた程度であれば完治など容易いが、わらわとしても我が子が苦しむのは本意ではない」

「誰が何と言おうが関係ない!」


 彼は心からの叫びを上げる。痛む腕など気にも掛けず、飛び散る血など気にも留めず。ただ譲れないもののためにその矮小な力を振るう。


「俺が守りたいから守るんだよ!それがどんなに自分勝手でも、どんなに無謀でも、俺は俺のやりたいようにやる!」






「そうか……。ならば辛いが仕置きをせねばな」


 戦闘を開始して初めて天照大神が明確な動きを見せた。右手に持った神楽鈴を聲に向かって振り上げる。たったそれだけの動き、たったそれだけの所作で聲の両腕が肩から切断された。神の力によって切断面から血が噴き出ることはないが、言いようのない激痛が聲の全身を駆け巡る。


 突きそうになる膝を必死に伸ばし、是が非でも屈しないという意思を込めて彼は眼の前の神を睨みつける。例え彼女にとって自分が矮小な存在だとしても、自分が彼女にとってどれだけ無力な存在だとしても、彼は自分の生命、魂を燃やして立ち上がる。


 晴天の境内、辺り一面に四散した血によって彩られた紅の雪花。降っていた雪はその勢いを増し、いつしかそれは吹雪となって周囲を白銀の世界へと変えた。




 魂を燃やす




 ヴェルベルヒンたちに吹き付ける雪はどこか暖かさを感じさせ、その雪が彼女たちの心に染み入る。


 吹き付ける雪は神が創造した世界を雪原へと変えていき、神の現身(うつしみ)たる樹木や社までもわずかではあるが凍らせていく。



 魂を燃やす




 自身の世界が侵食されているにも関わらず、天照大神が聲に向ける視線はどこまでも我が子のことを想っていた。下等な世界で独りいる愛しい存在を想って、悲しみに胸中を支配されながらも仕置きとして我が子に刃を向けていた。


「何度でも言うぞ、我が子よ。そなたがどこまでも聞き訳がないとしても……、どんなにわらわを恨んだとしても言うぞ。もうやめよ。それ以上、己を追い詰めるのはよさんか。わらわが傍におる、わらわが無限の愛を注ごう、ゆえにこれ以上はやめよ」


 両腕を失い、血の気の引いた我が子を優しく受け止め、そして諭す。


 我が子の頑張りに称賛の気は生まれても、苛立ちや不快感が湧くことなど無い。我が子が自らの意思を明確に示してくれたことが嬉しかった。例えそれが間違った方向であっても、虫に対するどうしようもなく無意味な感情であったとしても、天照大神にとっては我が子が成長していると実感できたことが嬉しく、またそれが自分に向けられていないことが悲しかった。


「そうじゃ、仲直りをしよう。何か望みはないか?腕は心配せずとも治すゆえ、他のことを申してみよ。わらわがなんでも叶えてやるぞ?」

「ひ……ひとつ、だけ」

「うん?なんじゃ?ゆっくりでよいぞ」

「たかまがはら、がみてみたい……です」


 彼女は少しばかり眼を見開き、その真意を問うかのように聲を見つめた。


「……。人が作ったわらわの社では満足できんかったか?よいよい、ならば我が子にわらわの統べる世界を見せようではないか。真のものこそ今は用意できんが、写しであればここでも再現できよう」


 天照大神を祀っていた神社がその姿を霞へと変えていき、それに追随するように新たな風景が世界を構築していく。清き流れが場を席巻し、次々と世界を一新していく。空との境界線がなくなってしまったかのように錯覚してしまうような景色。彼の神が隠れたことで有名な雨の岩戸が見え、そこには天照大神に関わった多くの神々が立ち並んでいた。


「どうじゃ、我が子よ?これこそが高天原であり、わらわの治める場であるぞ。ちょっとばかし天に近いが、わらわがおれば何不自由なく暮らせよう。この下等な世界を清浄なものにした後、わらわと共に真の高天原にゆこうな」

「ありがとう、ございます」


 高天原が顕現した。まるで聲はそれを待っていたかのように身体中から白銀の魔力を迸らせた。


 白銀の光は水を得た魚のように高天原を駆け巡り、世界そのものを覆い尽くさん速度で広がっていく。立ち並ぶ神々も、樹木や小石のひとつに至るまで何の抵抗もなく光の奔流に呑まれていく。


「おれは、あなたに……たいする、けっせいのようなものだったんでしょうね」


 白銀が駆け抜けていく世界で彼らは見つめ合っていた。高天原を形成した時点で部外者たるヴェルベルヒンたちは弾き出されてしまった。新たに出現した神々が光に呑み込まれてしまった今、この消えゆく世界に残っているのは小さきものと偉大なる神のみである。


「ここなら、せかいから、きりはなせます」


 天照大神と対峙した時点で聲には魔力など少しも残っていなかった。ロンゴミニアドに貯蔵していた浄化の魔力も使い切り、精神的にも満身創痍。そのため彼が取った行動は魂を燃やすことだった。「魔術」はその人のありように最も合致したものが授けられ、魔力ではなく精神力をもとに起動する。つまり、精神の根源たる心、魂を燃料にすることで最大効率を叩き出すことができる。


 聲の魔術は「浄化」である。不自然を自然なものにするという使い勝手が悪いこの力は、天照大神にとっては盲点を突くような力だった。完全な善意から高天原を顕現させた。神の社のような世界の上書き、テキスチャーの変更などではない、正真正銘の確変を行ったのだ。そして、それは決定的なまでに不自然だった。本来存在しない神の世界が下界に存在する。魔法などの小さな不自然などではない、世界規模での不自然。当然、それはこの上ないほどに「浄化」の力が働きやすい条件だった。


「我が子よ……そなたはそうまでして虫どもを守りたいのか?」

「えぇ」

「魂を燃やしてまでのことか?あの虫どもにそんな価値はなかろう?」

「あなたが……おれをおもうように、おれも……おもってるだけです」


 至高の世界、その全てが白に染まっていく。不自然は消えていき、自然な状態へと揺り戻されていく。


 彼女はいつまでも我が子を宝物を扱うように抱き締めていた。

 そこに怒りも憤りも不満もありはしない。

 母とは、我が子を見守るものとはこうあるべきだと言わんばかりの優しげな雰囲気を彼女は漂わせていた。


「よいよい、わらわは我が子の雄姿が見れて満足ぞ」


 そして世界から世界がひとつ消えた。

誤字脱字などありましたら感想などでご連絡いただければ幸いです。

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