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こんな人間にもできること  作者: 雪桜と紅葉
終章ーこんな人間にもできること
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終章ー自分にできること 32

 天照大神が祀られている神社、その総本山を思わせる世界で天照大神の分霊は聲に誘いをかけた。


 ともに清き地にしようではないか、という言葉は受け取り方によっては世界をものにしようとも聞こえる。彼女が口にした過去でのやり残しが何であれ、聲たちに降り掛かっている現在の状況は最悪であり災厄である。概念魔法「夢現」を使用するモルテ、「鏡面」を用いたキリーグル、2人が創り出した疑似世界とは違う本当の世界が眼の前に広がっている。ヴェルベルヒンたちは見たこともない建物とそれから醸し出される雰囲気に呑まれていた。そして聲は定期的に足を運んでいた神社という場所に望郷の念を抱くと共に、自らを天照大神と名乗った女性が本物であると納得せざる得なかった。この風景は異世界にはない独特なものであり、その形成には多くの時間と文化の積み重ねがあったはずだ。それをこうも簡単に作り出せる者がわざわざ嘘を吐く理由もない。


 膨大な魔力によって形作られた世界、それは文字通りの意味で膨大な魔力が使われている。「夢現」によってもたらされた世界のように無限の魔力を夢見たわけではない。「鏡面」のように現実世界の模写のみをすることでリソースの削減を図っているわけでもない。世界を偽装するにとどまらず、世界そのものを塗りつぶしたこの世界は局所的とはいえ異世界とは完全に隔離された世界であり、世界の構築を片手間で行った天照大神の分霊を打倒しない限りは脱出することすら困難である。


「さぁ、我が子よ。答えを聞こうではないか。わらわと共に清き地をもたらすか否かを」

「その清き地とは……何を意味しているのでしょうか?彼女達はその地に立っていられるのですか?」


 聲にとって異世界とはどこまでいっても異世界でしかない。仮にこの世界が天照大神が創り出したもので覆い尽くされても、彼はそこに感慨を抱くことはない。世界がどうなろうがそれは彼にとって住み慣れた場所から新天地へと引越しをすることと大差ないのである。そもそも前提として彼は地球からこの場へと飛ばされている。世界の変革など今更でしかない。


「わらわは言わなんだか?ここは下等な世界じゃと。なれば、ここに住まうヒトが下等な生物であるのも当然よのう?」


 我が子たる聲を気遣ってなのか、彼女は直接的な表現は避けた。彼女から出た優しい物言いは自らの子供に悟らせるようであり、その声色や下手に出る様子は神らしくないものであった。


「それでは()()願いは叶いません。天照大神様、貴方からの誘いは人にとって光栄なことでしょう。ですが、いくら譲歩を重ねられても、そこに俺の大切なものがないなら頷くわけにはいきません」


 聲は臆することなくそう言い放った。彼の前に相対するのは神であり、彼の仲間はその威光に言葉すら出せないでいた。そんな中でも彼は少しの躊躇もなしに自身の主張を言葉に乗せる。


「貴方は偉大なる神でしょう。でも、貴方は地球の数ある神話体系、そのひとつでしかありません。地球で貴方の信仰(りょうど)を広げるのならまだ分かります。ですが、ここは異世界です。貴方が踏み込んで良い場所じゃない」

「踏み込んでよい場ではないか……」


 彼女の纏っていたオーラが変質する。温かい雰囲気は鳴りを潜め、今では喉が渇いてしまうほどのプレッシャーを放っている。否、実際に周囲の温度が上昇し、物理的に空気が乾いていく。彼女の周囲を陽炎が揺らめき、それに呼応するように灯篭に灯った火が激しさを増す。


「再三言うがのう、我が子よ。この場は下等な世界じゃ。上位の存在であるわらわやわらわの世界に属しておる我が子がどうしようが一向に構わんのじゃよ。我が子はいちいち虫の寝床を潰すことに戸惑いをおぼえるかのう?己の寝床をこさえるのに地に住まうものを気にするかのう?」

「それは神である貴方だからこその視点です。人間である俺にとっては世界の違いだけで、ヴェルさん達を軽んじる理由にはなりません」


 十二単が朱にその色を染めていく。天照大神の分霊たる彼女の怒りを世界に知らしめるように、身に纏う着物が激しく燃え上がる。


 日本の神、またはそれに類するものは数多く存在する。天照大神や須佐之男命、七福神に龍。小さきものでは付喪神や道祖神に至るまで多種多様である。その多様さは他国の神話体系との大きな差異のひとつであり、万物万象全てのものに神が宿るという考えは特異なものだろう。

 しかし、ここではもうひとつの特徴が重要となってくる。他国の神話体系においては善神と悪神が存在する。それらの神話にはある種の勧善懲悪が成立していると考えても良いかもしれない。ただ、日本の神々にはその特性が当てはまることがない。雨を司る神の一柱である善女龍王(ぜんにょりゅうおう)はその雨による恵みを大地に施し、数多の作物の芽吹きを助ける恵みの神となるだろう。しかしそれは行き過ぎれば災害となる。大豪雨は地に根付いた芽を押し流し、実った果実は恵みから害となった雨によって腐り落ちる。


 日ノ本に属する神は善神であり、悪神でもある。それは信仰を送る側である人の想いによって変化するが、過程はどうあれ、神とは人の信仰によってその身を変容させてきたといっても良い。廃れる神があれば栄える神がいる。大災害が起これば、それに関連した神がより信仰を集め、時代によっては供物として人の子を捧げたほどだ。大豪雨によって災害が起これば、雨を司る神に祈りを捧げ、怒りを治めさせようと生贄を捧げる。マッチポンプにも見えるこの行為はしかし、過去から現代に至るまで形や方法を変えて受け継がれてきた。


「良かろう、我が子よ。その後ろに居る虫どもに誑かされたのだろう?待っておれ、すぐに消してやるからのう」


 親は赤熱化した神楽鈴を右手に持ち、己が思い通りにならない不満と怒りを乗せて流麗に振り抜いた。


 子からは冷気が漏れ出た。


「そんなことさせませんよ。少なくても俺が生きてる限りはやらせません」


 聲を中心に地面が凍り付き、眼にも止まらぬ速さで凝結した範囲が広がっていく。足元は霜柱によって白く色づいていき、周囲に佇む多くの樹木にもうっすらとではあるが白ずんだ。

 天照大神の分霊が作り上げた大社、その世界が白き雪に覆われていく。ある場所では雪が積もり、ある場所では雪が水蒸気となりその身を隠す。ヴェルベルヒンたちへのプレッシャーは弱まりを見せ、身体の硬直が結んだ紐を解いたかのように緩まった。


「話し合いでは貴方は引かないのでしょう、天照大神。なら、俺はあらゆる方法を使って我を通します」

「ほぅ、我が子が母たるわらわに矛を向けるか。よい、不完全な我が身ではあるが人の母が如く全てを抱擁しようではないか」


 太陽と白銀。

 日ノ本の神たる天照大神とその子たる前川聲の戦いの火蓋が切って落とされた。

次回更新なのですが、来週12月1日土曜日となります。


筆者の遅筆さに加え、慌ただしい毎日を過ごすことになってしまっており更新が遅くなります。12月中には本作品は最終回まで持っていけると思います。終盤になって更新が遅れていますが、最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。

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