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こんな人間にもできること  作者: 雪桜と紅葉
終章ーこんな人間にもできること
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温かい場所

皆さん、まずはお礼を申し上げます。1年にも満たない短い時間ではありましたが、コエくんたちの冒険を共に歩んでくれてありがとうございました。これだけの作品が描けたことは筆者にとって、とても思い出深いものとなりました。


皆さんの頑張りがあったからこそ、今日この時を迎えることができました。私の描く「こんな人間にもできること」の終わりを、コエくんたちの冒険、そのひとつの終わりを記します。


今後も執筆活動を行うかもしれませんし、行わないかもしれません。しかし今後がどうあれ、私はこの作品を皆さんに読んでもらえて心から嬉しく思います。本当にありがとうございました。


最後のお話です、是非ともお付き合いください。

 あの日から5年も経った。

 あの日から5年も経ってしまった。


 忌々しいあの日から5年。

 私の、私達の世界から色が失われてから5年。


 きっと他の人にとっては、たかが5年程度で済ませることができる。騎士団の任務で遠方に派遣されることなんて珍しくもないし、外交官がその忙しさからほとんど家族と会えない期間だってある。


 そう、世間的にはたった5年だけ。でも、そんな時間が私にとっては狂ってしまいそうなほどに酷く心を蝕んだ。いっしょに旅をした時間なんて1年程度で、この5年間よりも遥かに短い。そんな1年間が私にとっては何にも代えがたいもので、この5年間が他に比肩するものがないほどには辛かった。


 これが失敗に終わったら、きっと私は壊れてしまう。

 これだけが私の希望だった。これだけが私を繋ぎ止める楔だった。

 彼女なら諦めずにまた研究を始めるかもしれない。彼女なら恵まれない他者を救うことで気を紛らわせるかもしれない。




 でも……私には無理だ。




 あの人に会いたい。どんなものを犠牲にしてでも会いたい。会って抱きしめたい、会って言葉を交わしたい、会って笑顔で「おかえり」と言いたい。やりたいことはたくさんあるし、話したいことは湯水のように溢れてくる。もし、もしも、言葉が交わせなくても構わない。触れ合えればそれでいい、言葉は交わせなくてもお互いに意思を示し合えればそれでいい。私の隣に居てくれるだけでいい、私たちの傍に居てくれるだけでいい。それだけでいい。


 5年間も待った。5年間も我慢した。

 今日この時だけを迎えるために奔走してきた。毎夜悪魔に(うな)されて、毎朝温もりを求めて無意識に手を伸ばしていた。


 今日を迎えることだけに縋ってきた。

 今日だけを拠り所にしてきた。


 駄目だったら、私はもう生きていけない。

 1度でも温もりを知ってしまった私にはもう耐えるなんて無理だ。

 また出会えたなら、私は精一杯の笑顔を浮かべて抱き着こう。

 もう出会えないのなら、私から向こうに行こう。

 ここにいるよりもきっと……。


 彼女たちを裏切ることになるかもしれない。最後に裏切ってしまうことになるかもしれない。それでも、どんなに恨まれても、私にはこんな現状を我慢できるだけの余裕なんてない。こんな色の無くなった世界で、ご飯の味も感じられない世界で、こんな冷たい世界で生きていくなんて私にはできない。


 温かい場所を知った私に、温かい場所を教えてくれた人のいない世界なんて耐えられない。





















「遠征部隊に配属された冒険者はヴェルベルヒンさんたちを含む3人を除き……消息不明。また遠方からの簡易偵察の結果、「雷帝」ヴェーガ・マナを含む行方不明者は全員が生存を絶望視されています」


 冒険者ギルド内に鉛のように重苦しい雰囲気が流れる。遠征部隊に配属されなかった冒険者、そのうち国境周辺などの警備に駆り出されていない冒険者たちが生気の感じられない顔でその報告に耳を傾ける。


「ヴェルベルヒンさんたちの報告から、現在確認されている異常の元凶、その解決には成功したようです。依然、予断を許さない状態ではありますが、警備当たっている皆さんは引き続き厳戒態勢でお願いします」


 Aランク冒険者の生存が絶望視されている。その報告はどんな凶報よりも冒険者の心をどん底に突き落とすものだった。あの「雷帝」が生還すらできない。多くの熟練冒険者が例外なく消息不明であり、その生存はほとんど期待することすらできない。唯一の帰還者であるヴェルベルヒンを含む3人もパーティーリーダーである前川聲を失っている。

 確かに元凶と思われた魔力溜まりは消え去った。それこそ最初から存在しなかったかのように、その残滓すら感じられないほどに消えてしまった。


 誰もが夢なら覚めてくれ、と心の底から願った。冒険者ギルドが設立して以来、他に類を見ないほどの大災害。過去にドラゴンが暴れた事件があったが、それでさえここまで甚大な被害が及ぼされることはなかった。


 冒険者たちは異常の元凶が取り除かれたにも関わらず、その胸中を占めるのは不安と焦りだけであった。長年の経験から、彼らは自らが行うべき行動を遂行しようと動き出す。ある者は戦闘によって不足したポーションの調達に、ある者は己が生命を預ける武器の整備に、ある者は不測の事態の陥ったとしても問題の無いように食料の調達に、全員が胸に不安を抱きながらもやるべきことをやろうとその足を進めるのだった。











「…………すみません、しばらくひとりにさせてください」


 それだけを告げるとヴェルベルヒンは部屋の中に入っていった。その声はどこまでも沈んでおり、普段彼女が見せる快活とした様子とは似ても似つかないものだった。


「コエ様……どこに行ってしまったのでしょうか」


 聲が天照大神に抱き寄せられて、何かを彼女へ口にした。その瞬間、フェデルタたちは神が創り出した神々しい世界から放り出された。そして茫然としていたところを襲った突然の光。それは神が生み出した世界の全てを包み込み、空を覆っていた魔力波の雲すらも白銀の光に呑み込まれていった。


 それは良く知った光だった。それは良く知った温かさだった。

 そしてそんな優しい光は、神が生み出した全てを包み込むと霞のように消えてなくなった。


「……分かりません。ただ、コエ様はあんな規模の魔術を行使できる余力なんてありませんでした。それこそ、何かを代償にでもしない限り……」


 光が消え去ってからも彼女たちはその場で待っていた。彼が帰ってくると信じて、その場で待っていた。











 そして帰ってくることはなかった。











 フールは今もなお、意識を取り戻していない。ヴェルベルヒンはあの日を境に笑わなくなった。宗教国から人国への道のりで彼女はひと言も発することはなかった。その目に光はなく、その瞳には本当に世界が写っているのかすら怪しかった。


「結局、フールが起きるのを待つしかありませんね。彼女たちなら契約でコエ様と繋がってますから、もしかしたら居場所も分かるかもしれませんし」


 今の彼女たちにとって、聲の居場所を探す手掛かりはフールだけだ。彼女たちは過去に聲が居る場所を大雑把ではあるが言い当てていた。それは聲も知らない間に、意図せずして交わしたフールとの契約のせいではあるが、現状ではフェデルタたちに残された最後の希望でもある。











「ご主人様は……この世界にはいません」


 無慈悲にフールから発せられた言葉はこの場にいるフェデルタとシルビアに言いようのない絶望を与えた。


 もう前川聲はこの世界にはいない。


 突き付けられた事実はあまりにも救いがなく、たったそれだけの言葉が心に重く圧し掛かった。シルビアは頭の隅で考えていた最悪の予想、それが事実であったことに耐え切れず、その場で膝を突いて顔を両手で覆った。重苦しい空気が支配する空間で彼女たちの言葉を聞いていたもうひとりの存在が、その空気を払拭するように声を上げた。


「……フール、あなたたちはコエ様と契約をしているはずですよね。どうして()()()()()()()()()?」


 それは事情の知らないものが聞いたなら、意味の分からない不明瞭な問いかけだろう。


 フールは聲と半ば強引にではあるが契約を交わしている。


『私たちは貴方を唯一の主人と認め、貴方の生涯に、貴方の魂に寄り添い続けましょう。貴方がもたらす全ての恩を仇と悪夢で返す私たちではありますが、どうかよろしくお願い致します』


 この契約によってフールは聲を感じることができる。この契約によって聲はフールが近くにいる限り、永遠とフールが生前に経験したことを夢の中で疑似体験することになる。


 そしてこの契約にある一文がフェデルタが呈した疑問の理由でもあった。


「唯一の主人と認め、生涯に、魂に寄り添う」


 これはつまり、フールと聲は一心同体であるということである。フールは聲が生きている限り、決して傷つくことはない。聲が生きている限り、決して死ぬことはない。聲がこの世界にいないにも関わらず、フールが依然として存在していることが客観的に見て不自然なものだった。


「ご主人様は……死んではいません」


 涙を流していたシルビアが縋るような思いでフールに視線を送る。


「ただ……生きてもいない、でしょう。少なくとも私たちの中での結論として、ご主人様は私たちや精霊と同じような存在、それよりも不安定な存在に今はあると考えています」


 死んでいないが、生きてもいない。

 フールや精霊といった特殊な存在に近いが、彼女たちとは比べものにならないほどに弱々しい。


 聲の現状を聞かされたフェデルタはその言葉の真意を理解することができず、シルビアの眼には微かにだが生気が感じられるようになっていた。


「フールさん、コエ様は……魂だけの状態で存在しているということですか?」

「はい、ただ……魂にかなりの傷を負っているようで、とても不安定で微弱なものとなっています」


 そこでいったん言葉を止める。そしてフールは今までに見せたことがない懇願するような表情で、シルビアとフェデルタに向かって頭を下げた。


「私はなんとしてもご主人様をお助けしたいです。ですからどうか……私たちに力を貸してください!」


 シルビアだけでなく、フェデルタにまで彼女たちは頭を下げた。たったそれだけのことで彼女たちの本気が窺える。そしてそんな心からの叫びを無下にするほどフェデルタとシルビアは人情がないわけではないし、なおかつ彼女たちとしても彼を助け出す算段があるなら、例えどんなに困難なことであってもやり遂げて見せる覚悟があった。


「フール、教えてください。頼んでくるってことは助け出す手段があるってことですよね?」

「お願いします、フールさん」


 彼女たちにとって救いであり、また苦しみにも成り得る日々が始まった。
















 あの日から彼女たちはその全てを聲救出に注いできた。


 シルビアは自身の持つ全ての知識、技術を総動員してこの5年間を過ごしてきた。家族で暮らせるほどの大きさの家を購入し、そこで研究のために必要な工房を拵えた。他人の手を一切入れない、全てをシルビアの手だけで作り上げた工房はそれだけで国の研究機関に匹敵するものだった。研究者ならば喉から手が出えるほど欲しい、そんな工房を彼女は愛する者のためだけに使った。


 聲の魂は非常に弱っている。そのため彼女は魔法的側面からそれを打破しようと研究を進めた。

 希少な触媒を湯水のように使い、魂だけとなった彼がこの世界にいるための(からだ)を作った。至る所に魔法的処置を施したその器は元の聲の身体とは比べるのも烏滸がましいほどに強靭なものとなっていた。それは彼を思ってのことでもあり、弱ってしまった魂を護るための策でもあった。


 そして最大の懸念だったシルビアの余命、浄化の魔力が底を尽くという事態は良くも悪くも裏切られることになった。


 聲が最後に行使した「雪月花」の雪が彼女の身体に沁み込むことで、彼女の体質は大きく変わっていた。そのどれもが悪い作用を及ぼすものではなく、中でも浄化の魔力を自力で生み出せるようになったことに、彼女は嬉しさと悲しさを同時に味わうこととなった。天照大神と相対した時点で、彼は自分の死を前提に考えていた。魂を燃やしてまで行使した白銀の世界は神を退けること、そしてなにより、自分を救うためだったと知って嬉しさが込み上げた、悲しさが込み上げた。






 ヴェルベルヒンとフールは東西南北を駆け回った。常に家を空けている、といったことこそなかったが、彼女たちは家にいることのほうが少なかった。


 ヴェルベルヒンは聲を助け出せると知った後も精神状態が安定せず、フールに催眠を施してもらうことで危うい均衡を保っていた。しかし、それさえも幻術をしようできるようになった彼女の耐性によって無力化されてしまうことがあり、そのたびにフールは彼女のカウンセリング行った。


 彼女たちの行っていたことは召喚魔法の調査。

 魂だけとなってしまった聲は精霊に近い存在となっている。そのためこの世界に呼び出すにはまず、あちらとこちらを繋ぐ道を作り出す必要があった。しかし、それは既存の召喚魔法陣では実行にさえ移すことができない。呼び出すものそれぞれに合った魔法陣が必要であり、しかも多くある個体からどれかを呼び出すのではなく、聲という個人だけを呼び出さなければならない。


 そんな要求条件の高い魔法陣を作り出すために彼女たちは世界を駆け巡った。エルフの森に行き、そこに眠る多くの文献を読み漁った。流動する魔族の住む島を見つけ出し、交渉の末に魔族に伝わる多くの秘文に目を通した。時には国の中枢に入り込み、世間には喧伝できない非人道的な文献にまで手を伸ばした。


 彼女たちの行いが表に出れば処罰は免れないだろう。国の中枢に忍び込むということは、紛れもない国家反逆罪に該当し、国は自らの汚点など平気で隠蔽する。そんなリスクがあるにも関わらず、彼女たちは一切の躊躇もなく、その手を汚していった。彼女たちにとっては取るに足らない些事でしかなかったのだ。






 フェデルタはこの5年間、最も普通の生活をしていたと言える。しかし、彼女がいなければこの5年間を維持することはできなかっただろう。


 彼女が行ったことは実に簡単なものだった。お金を稼いだ、研究に没頭するシルビアのために料理と作った、家を常に清潔な状態に保った、そして慈善活動を行った。言葉にすれば普通のことである。文字にすれば何でもないものである。


 しかし、これが彼女たちを支えていた。


 自分のことを省みる必要がない。自分のことを全て後回しにすることができる。時折、外に出てみれば顔を合わせたことのない人にも笑顔で挨拶をされ、(ねぎら)いの言葉と共におまけをされることもあった。それら全てがフェデルタの努力の結晶であり、シルビアたちが聲の救出に尽力しているとするならば、彼女は聲を含めた自分たちの今後を護るために尽力していた。


 彼女の経営する孤児院のお陰で町の治安は良くなった。彼女の声掛けによって多くの町民が笑顔でいられる時間が増えた。確かに彼女の努力は他の仲間に比べて方向性が違っていただろうし、その行いが聲の救出に直接的に影響したかと言えば、否と答えるしかない。しかし逆に言えば、フェデルタは自分の仲間を信じていた。その信頼と信用が彼女を未来のために動かしたのだ。




















「それでは…………始めます」


 家の地下に作られた緻密で巨大な魔法陣。それはこの世に存在する既存の召喚魔法陣、そのどれとも似ても似つかないものだった。


 起動した魔法陣は、周囲に配置された大量の魔石から注がれる膨大な量の魔力を湯水のように消費して、その輝きを徐々に強めていく。1つに見えた魔法陣から4つの魔法陣が浮かび上がり、合計5つの魔法陣が眩い光を伴ってその役割を全うしようと動いて行く。


 彼の天照大神を呼び出した魔法陣は三重だったが、聲を救うために使用されたこの魔法陣は五重にも及んでいる。それは呼び出すものの存在の弱さを補強するためのものであり、より成功する確率を上げるためのものでもあった。


 砂漠においてオアシスを見つけ出すことは簡単なことではないが、不可能なことではない。しかし、砂漠でたったひとつの砂粒を見つけ出すことは不可能である。況してや、それが他の砂粒以上に存在感が希薄なものであれば尚更である。そんな無謀なことを彼女たちは5年間も掛けて追いかけた。それほどまでに彼女たちとって聲は代えがたい存在であった。


 魔法陣の中心に安置された(からだ)。眩い輝きがそれを中心に光の奔流を作り出し、魔力の尽きた魔石が次々と砕け散る。そして、それでもなお足りないと魔法陣は魔力を求めて暴れまわる。そんな莫大な魔力の流れに耐え切れず、地下室を支える外壁に(ひび)が走る。それでも彼女たちはその場を動こうとはしない。気にも留めない。胸の前で手を握る者、ただ魔法陣を見つめる者、それぞれがそれぞれの方法で祈りを捧げるが、全員が同じ思いを抱きながらその成功を切に願っていた。


 その輝きはどれだけ続いただろうか、その輝きはどれだけの魔力を消費しただろうか。

 もしかしたらその輝きは数秒にも満たないものだったかもしれない。もしかしたらその輝きは数日にも及ぶものだったかもしれない。そんな次元すら歪めてしまいそうなほどの魔力の奔流はいつしか器に収縮し始めた。






 そして遂にその時はやってきた。


 これまで以上に眩い光が地下室全体を満たし、その場にいた者は例外なく目を瞑った。そして次に目を開けた時に映った光景に全員が息を飲んだ。


 寸分違わず作り上げられた聲と同じ容姿の器が上半身を起こしていた。


 魔法陣の輝きがなくなり暗くなった地下室、魔力灯も壊れてしまい一切の光源がない地下室はただの人でしかないフェデルタにとっては暗黒でしかなく、周囲を見回している器にとっても同じであろう。

 シルビアは震えた声で言葉を紡ぎ、魔法で作り出した光の玉を周囲に浮かべた。気配や暗視でしか見えてなかった器の動きが明確に彼女たちの前に晒しだされる。そして器は眩し気に目を細めると、光源の発生源である彼女たちのほうを見据えた。


 器は言葉を紡ごうとして口を動かしたが、そこから漏れ出たのは掠れた音だった。器は喉に手を当て咳き込んだ。それを茫然と見つめるヴェルベルヒンたちに気付き、苦笑いを浮かべた器は恥ずかし気に改めて言葉を発した。


「えっと…………ただいま?」

「ーーーッ、おかえりなさいッ!!!」


 いの一番に飛び込んだヴェルベルヒンが彼の胸の中で涙を流す。そんな彼女をしっかりと抱き締めた彼は丁寧にやさしく彼女の頭を撫でる。もう手に入れることはできないだろうと諦めながらも、無様に縋り続けた希望が紡ぎ出した奇跡が彼女を包み込む。再び得ることはないだろうと覚悟していた温かさがそこにはある。


 強く抱きしめれば、それに応えるように抱き締め返してくれる。そんな今までは当たり前だったことが嬉しくて嬉しくて彼女は涙を流す。自分に幸せを、生きる意味を、温かい場所を与えてくれた人に再び出会えたことが嬉しくて嬉しくて彼女は声を上げて涙を流す。


「おかえりなさい、コエ様。随分遅いご帰宅でしたね?」

「ただいま?いや、えっと……よく状況が理解できてないんですけど」


 彼女は声を上げて泣くことも、感極まって抱き着くこともない。

 それが彼女の日常だから。それが彼女なりの喜びの示し方だから。

 そんな思いと共に彼女は満開の笑顔で彼を出迎えた。


「ご主人様ーーー!!!」


 ヴェルベルヒンに先を越されたことで若干不貞腐れたような顔で彼女たちが抱き着く。


 ヴェルベルヒンと共に世界中を駆け回った彼女たちは主人の帰還を確信していた。自分たちが頑張ればそれだけその確信は現実のものとなっていた。しかしそれでも寂しさは彼女たちを蝕んだ。最悪の過去を経験し、その泥沼の中から救い出してくれた光を1度は失った。いくら信じていたとしても不安と悲しみは際限なく彼女たちの心を蝕んでいった。


 そんな5年間だった。ヴェルベルヒンと違い、多くの人格が居たからこそ正気を保っていられた。そんな時を過ごしたからこそ、彼女たちの感情は爆発し、その全てが同じ感情を持って主人を抱き締めた。


主様(ますたー)……おかえりなさい。言いたいことはたくさんありますけど、ひとまずはまた会えて良かったです」

「ただいま?いや、本当によく分からないんですけど」

「覚悟、しておいてくださいね?」

「…………はい」


 5年の月日を経て彼と彼女たちは再び出会うことができた。

 この時間が長いものなのか、短いものなのか、それは人それぞれだろう。

 しかし、彼女たちにとって永遠とも思えるほどに長いものであり、地獄のように辛い時間でもあった。


 止まっていた時は動き出す。

 荒れ果てていた大地に今再び潤いがもたらされた。


 彼らをこれからも数多の脅威が襲うだろう。この世界とはそういう場所である。

 ただ今だけは、いや、これからも永遠に、彼らは幸せに過ごしていけるだろう。


 それが温かい場所なのだから。それが地獄のような日々の中で、彼女たちが必死に求めたものなのだから。

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