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「待って。その兎は決して私達を襲わないわ。ただの、」
風の唸り声と共に二人の目の前に表れた大きな陰。
リリィがその正体に気付いた瞬間、その陰は消えていた。
スターラビット
「星兎は流れ星のような早さと高い知能を持っています。魔物に取付かれるとは……哀れな」
二人の足元には大きな兎の屍。
兎を斬った大剣には真っ黒な血。
かり血を鎧に浴びたルジュは前髪を掻き上げ、冷めた瞳で兎を見下した。
その背後で悲しそうに顔を地に向け、悔しそうにスカートの裾を握るリリィ。
この人は何かが違う。心の中で感じた。
「時間の無駄です。先へ急ぎましょう」
まるで何事も無かったように歩き始めるルジュ。急いでいる様子もなく、焦りも感じられない。
リリィにはルジュが城へ行くのをためらっているようにもみえた。
「あなたは勇者?それとも、」
「愚問ですね。否定も肯定も出来ません。世界が認めても僕は認めていませんから、こんな出来損ないの勇者なんて……」
探るように問いかけた言葉は馬鹿馬鹿しいと遮られ、答えは返ってこない。
絶え間なく降り続ける雨はリリィの頬を伝って涙のように流れ落ちた。
悲しい悲しい哀れな勇者。
魔王を倒して世界の導いた道を歩むか、倒されて哀れな罪人として世界から迫害されるかはこの偽りの勇者次第。
さぁ、選びなさい。
自分の庭先を散策するように歩くルジュ。
その背中を無表情で見つめるリリィの瞳には何も写されてはいなかった。




