第97話 恋愛相談をする女
二〇二二年一月二十二日、土曜日。
健太は、木村から届いた食事会の連絡を確認していた。
開催日は二月五日。
参加者は前回と同じメンバーを中心に、数人が新しく加わるらしい。
『今回は女性も何人か来ます。気楽に参加してください』
木村からのメッセージに、健太は返信した。
『了解です。楽しみにしています』
以前なら、女性が参加すると聞いただけで期待していた。
どんな人なのか。
自分に興味を持ってくれるだろうか。
連絡先を交換できるだろうか。
そんなことばかり考えていた。
しかし、今回は少し違った。
「まずは普通に話す。それだけや」
健太はスマートフォンを机に置いた。
*
二月五日、土曜日。
午後六時半。
大阪市内の居酒屋に、九人が集まった。
木村が健太に声をかける。
「大野さん、こちらが今日初参加の小川さんです」
「小川です。よろしくお願いします」
「大野です。よろしくお願いします」
小川理恵、三十四歳。
肩までの髪に、落ち着いた服装。
話し方は柔らかく、初対面の相手にも自然に笑顔を向ける女性だった。
仕事は事務職。
休日は友人と食事に行ったり、映画を見たりすることが多いという。
「大野さんは、野球をされているんですよね?」
「はい。草野球ですけど」
「すごいですね。私、運動が苦手なんです」
「見るだけでも面白いですよ」
会話は自然に続いた。
健太は、彼女の話を聞きながら、無理に自分をよく見せようとはしなかった。
*
午後七時半。
食事が進むと、話題は恋愛のことになった。
「最近、出会いってありますか?」
女性の一人が尋ねた。
理恵は苦笑いした。
「私は全然ですね。いいなと思う人がいても、なかなか進まなくて」
「好きな人がいるんですか?」
「いるというか、ちょっと気になる人はいます」
健太は何気なく聞いていた。
理恵は続けた。
「でも、その人が私のことをどう思っているのか分からないんです」
「聞いてみたらいいんじゃないですか?」
木村の妻が答えた。
「そんな簡単に聞けたら苦労しませんよ」
理恵は笑った。
「相手の態度が優しいと期待してしまうんです。でも、誰にでも優しい人なのかもしれないし」
その言葉に、健太は少し反応した。
自分にも思い当たることがあった。
「それ、難しいですよね」
健太が口を開いた。
「優しくされたら、自分だけ特別なんかなって思ってしまうことがあります」
「大野さんもそうなんですか?」
「あります。何度も勘違いしてきました」
理恵は意外そうな顔をした。
「正直ですね」
「最近は、そういうのを直そうと思ってるんです」
「どうやって?」
「相手の言葉を、そのまま受け取るようにしています。自分に都合よく解釈しないように」
理恵は少し考えた。
「それができたら、楽になりそうですね」
*
午後八時。
店の外に出て、参加者たちは駅へ向かう準備を始めた。
理恵が健太に声をかけた。
「大野さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったです」
「実は、恋愛の話をあんなに普通にできると思っていませんでした」
「俺も、女性と恋愛の話をするのは苦手でした」
「そうなんですか?」
「経験が少ないんで」
健太は隠さずに答えた。
理恵は笑った。
「私も、うまくいかないことばかりですよ」
その言葉を聞いて、健太は少し安心した。
恋愛に悩むのは、自分だけではない。
そんな当たり前のことを、改めて感じた。
「また、みんなで集まる機会があればお願いします」
理恵はそう言って、木村たちの方へ歩いていった。
健太は、連絡先を聞かなかった。
彼女からも聞かれなかった。
それでよかった。
*
二月六日、日曜日。
健太は藤井に、前日の食事会について話した。
「小川さんって女性と話したんやけど、恋愛相談みたいな話になってな」
「ほう」
「相手の優しさが、自分への好意なのか分からんって悩んでた」
藤井は笑った。
「それ、誰でも悩むことあるんちゃうか」
「そうやな」
「で、どう思った?」
「俺も同じような失敗をしてきたから、ちょっと分かる気がした」
「それはええことやな」
健太は少し考えてから言った。
「ただ、話が合ったからって、相手が俺に興味あるとは限らんよな」
「その通り」
藤井は即答した。
「話が合うことと、恋愛感情があることは別や。友達として話しやすい人もおる」
「分かってる」
「分かってるなら、焦らんことや」
*
二月八日、火曜日。
健太のスマートフォンに、木村から連絡が届いた。
『先日はありがとうございました。小川さんが、大野さんと話せて楽しかったと言っていましたよ』
健太は画面を見つめた。
楽しかった。
その言葉に、少しだけ期待が膨らむ。
しかし、続けて届いたメッセージを読んで、健太は手を止めた。
『また恋愛相談に乗ってほしいとも言っていました』
恋愛相談。
健太は思わず笑ってしまった。
自分自身の恋愛も満足に進んでいないのに、誰かの相談に乗ることになるとは思わなかった。
『俺でよければ、みんなで集まったときに話しますよ』
そう返信した。
健太はまだ、理恵が気になっていた。
しかし、彼女が自分を相談相手として見ている可能性もある。
それを勝手に恋愛の入口に変えてはいけない。
その夜、健太は久しぶりに早く眠りについた。
恋愛の答えは、まだ見つからない。
それでも、誰かの言葉を自分に都合よく変えないこと。
それが今の健太にできる、最初の一歩だった。




