↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第6章 接客スマイルは俺だけのもの?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/116

第96話 断られた後の距離

二〇二二年一月十日、月曜日。


健太は、朝から少し落ち着かなかった。


昨日、藤井たちに話したことで、なるみへの気持ちは整理できたつもりだった。


しかし、スマートフォンを開くたびに、彼女の名前が頭に浮かぶ。


連絡先は知らない。


個人的なメッセージを送る手段もない。


次に会えるのは、木村が企画する食事会か、共通の知人が集まる機会だろう。


「また会いたいな……」


口に出してから、健太は苦笑した。


二人で会うことは考えていない。


そう言われたばかりなのに、もう次の機会を期待している。


それ自体が悪いわけではない。


ただ、その期待を相手に押しつけてはいけない。


健太は仕事着に着替え、家を出た。


     *


昼休み。


工場の休憩室で、同僚の木村と顔を合わせた。


「大野さん、正月はゆっくりできました?」


「まあまあやな。木村は?」


「子どもと公園に行ったり、実家に顔を出したりですね」


木村はスマートフォンに映った子どもの写真を見せた。


小さな男の子が、両手を広げて笑っている。


「かわいいな」


「ありがとうございます。最近、何でも自分でやりたがるんですよ」


「大変そうやな」


「大変ですけど、面白いですよ」


木村は笑った。


健太は写真を見ながら、結婚生活というものを想像した。


恋人ができれば、その先に結婚があるかもしれない。


しかし、結婚は恋愛の延長にあるだけではない。


仕事、家事、子育て、金銭感覚、生活習慣。


毎日の積み重ねが必要になる。


自分には、まだ知らないことが多かった。


「大野さんも、今年はいい出会いがあるといいですね」


「そうやな」


健太は笑って答えた。


     *


一月十二日、水曜日。


仕事帰り、健太はスーパーに立ち寄った。


夕食の弁当と飲み物を買うためだった。


レジに並んでいると、前にいた女性が財布の中を探していた。


「あれ、ポイントカードが……」


女性は少し困った様子だった。


健太は後ろで待ちながら、店員が対応するのを見ていた。


以前の健太なら、すぐに声をかけていたかもしれない。


しかし、今は店員が対応している。


自分が割って入る必要はない。


女性はカードを見つけ、会計を済ませた。


健太の番になった。


「お待たせしました」


店員の女性が笑顔で対応する。


「お願いします」


健太も普通に会計を済ませた。


店を出てから、ふと思った。


誰かに親切にすることは悪くない。


けれど、親切にしたからといって、相手から何かを返してもらえるわけではない。


それは恋愛でも同じなのだろう。


     *


一月十五日、土曜日。


ドリーム・エース・ナインの練習日。


グラウンドには、久しぶりに十二人が集まっていた。


田村がキャッチャーミットを構える。


「健太、今日はバッティング中心でいくぞ」


「了解」


練習が始まると、健太は打席に立った。


一球目。


空振り。


二球目。


ファウル。


三球目。


内野ゴロ。


「おいおい、全然当たらんやないか」


森川が笑った。


「うるさいわ。まだ肩が温まってないんや」


「言い訳やな」


周囲から笑い声が起きた。


休憩中、藤井が健太の隣に座った。


「そういえば、なるみさんとはどうなった?」


「別に何も。二人で会うのは断られたし」


「そっか」


「でも、みんなで会うなら話せるって言ってた」


「なら、そのとき普通に話したらええやん」


「そうやな」


藤井はスポーツドリンクを飲んだ。


「ただな、相手が断ったことを忘れたふりして、何度も誘うのはあかんで」


「分かってるって」


「分かってるならええ」


健太はグラウンドを見つめた。


自分の気持ちを伝えることはできる。


しかし、相手が望まないなら、そこで止まることも必要だ。


     *


一月十八日、火曜日。


健太のスマートフォンに、佐藤まみからメッセージが届いた。


『お久しぶりです。最近どうしていますか?』


健太は少し驚いた。


まみとは、息子や元夫の問題があってから、以前ほど連絡を取っていなかった。


『元気にしています。まみさんはどうですか?』


しばらくして返信が届く。


『仕事のことで少し動きがありました。まだ決まっていませんが、勤務時間を見直せるかもしれません』


『それはよかったですね』


『ありがとうございます。まだ考えることは多いですけど』


健太は、すぐに会おうとは言わなかった。


以前なら、連絡が来たことを好意の証拠だと考え、次の約束を急いでいたかもしれない。


しかし、まみには生活がある。


息子との時間もある。


彼女自身が決めるべきこともある。


『無理せず、納得できる形になるといいですね』


そう送ると、まみから短い返事が届いた。


『ありがとうございます』


それ以上、会話は続かなかった。


     *


一月二十日、木曜日。


健太は帰宅後、ノートを開いた。


そこには、これまでの恋愛で失敗したことが書かれていた。


相手の笑顔を好意だと思い込んだ。


親切にしたから、好かれると思った。


連絡が来ないと、何度もスマートフォンを確認した。


断られても、理由を探してしまった。


相手の気持ちより、自分が選ばれることを優先していた。


健太はペンを置いた。


「結局、俺は自分のことばっかり考えてたんかな」


誰に聞かせるでもない言葉だった。


恋愛経験が少ないことは、仕方がない。


しかし、それを理由に相手の気持ちを考えなくていいわけではない。


健太はノートを閉じた。


そのとき、スマートフォンが鳴った。


木村からだった。


『来月、また何人かで食事に行こうと思っています。大野さんもどうですか?』


健太は返信した。


『参加します』


今度は、誰か一人に期待を集中させるのではなく、その場にいる人たちとの時間を楽しもう。


そう考えた。


だが、健太はまだ知らなかった。


次の食事会で出会う女性が、これまでとは違う形で、彼の思い込みを揺さぶることになるとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。