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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第5章 41歳の女性が教えてくれない答え

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第90話 選ばれなかった夜

十一月十四日、日曜日。


午後九時過ぎ。


健太は、ひとみから届いたメッセージを何度も読み返していた。


『私、最近お付き合いを始めた人がいるんです』


短い文章だった。


それ以上の説明はない。


健太はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。


ひとみとは、何度か食事に行った。


話も合ったし、一緒にいて楽しかった。


仕事が忙しいと言われてから、しばらく連絡が途絶えていたが、また連絡が来たときには、少し期待していた。


もしかすると、もう一度会えるのではないか。


そんな気持ちがあった。


しかし、彼女には別の相手ができていた。


健太は返信を考えた。


『そうなんですね。おめでとうございます』


それだけでは、少し冷たい気がした。


『実は、また会えたらいいなと思っていました』


そう書きかけて、消した。


今さら伝えても、彼女を困らせるだけかもしれない。


最後に、こう送った。


『そうなんですね。おめでとうございます。ひとみさんが幸せになれるといいですね』


送信した後、健太はスマートフォンをテーブルに置いた。


胸の奥に、何とも言えない重さが残っていた。


     *


翌朝。


健太は、いつもより少し早く目を覚ました。


朝食を食べながら、母の美代子が声をかけた。


「昨日、夜遅くまで起きてたん?」


「ちょっとな」


「何かあったん?」


「別に」


母親には、何でも見透かされるような気がした。


健太は食器を片付け、出勤の準備を始めた。


会社に着くと、同僚の木村亮が声をかけてきた。


「大野さん、今日ちょっと元気ないですね」


「そうか?」


「寝不足ですか?」


「まあ、そんなところや」


木村は、それ以上聞かなかった。


その距離感が、今の健太にはありがたかった。


     *


昼休み。


健太は藤井に電話をした。


「ひとみさん、彼氏ができたらしい」


「そうか」


「俺、何か間違えたんかな」


「いや、そこは分からんやろ」


「もう少し積極的に誘ってたら、違ったんかな」


藤井は少し考えてから答えた。


「可能性の話を始めたら、いくらでも考えられる。でも、本人が別の人を選んだ。それが今の結果や」


「そうやな」


「ただ、それはお前の価値が低いって意味じゃないで」


健太は黙っていた。


「相手が誰を好きになるかは、こっちで決められへん。お前ができるのは、自分の気持ちを伝えることと、相手の答えを受け止めることや」


「分かってるつもりなんやけどな」


「分かるのと、納得するのは別やからな」


健太は小さく笑った。


「お前、たまにはええこと言うな」


「たまにはな」


     *


その夜。


健太は、まみにメッセージを送ろうとしていた。


『今日はありがとうございました。また会いたいです』


文章を作って、送信ボタンの前で指が止まった。


ひとみとのことがあったから、誰かに早く選ばれたいと思っているだけではないか。


まみとの関係を、寂しさを埋めるために利用してはいないか。


健太は考えた。


まみは、仕事や息子との生活について悩んでいる。


恋愛を急ぐつもりはないと言っていた。


その気持ちを尊重すると言いながら、自分だけが答えを求めていたのではないか。


健太は文章を少し変えた。


『今日はありがとうございました。話を聞かせてもらえてよかったです。また都合が合うときに会えたら嬉しいです』


送信した。


しばらくして、まみから返事が届いた。


『こちらこそありがとうございました。またお話ししましょう』


短い返事だった。


それでも、健太は画面を閉じた。


返事の長さに意味を探すのは、もうやめようと思った。


     *


十一月二十日、土曜日。


ドリーム・エース・ナインの練習試合。


健太は三塁を守っていた。


一回表。


相手打者の打球が三遊間へ飛んできた。


健太は一歩目が遅れた。


ボールはグラブの先を抜け、レフト前へ転がった。


「大野、惜しい!」


田村の声が聞こえた。


健太は立ち上がり、土を払った。


試合は続いた。


三回裏、健太は打席に立った。


初球、外角のストレート。


見送った。


二球目、低めの変化球。


空振り。


三球目も振り遅れ、三振だった。


ベンチに戻ると、石田が声をかけてきた。


「まあ、次や次」


「今日は全然あかんな」


「そんな日もあるわ」


石田は笑っていた。


試合が終わった後、田村が全員を集めた。


「来月の忘年会、家族連れでも参加できるようにしようと思う」


「ええやん!」


何人かが賛成した。


結婚している者も、恋人がいる者も、少しずつ増えてきた。


健太は、その輪の中にいた。


誰かに選ばれなかったからといって、ここに居場所がないわけではない。


そう思おうとした。


     *


帰り道。


健太は、ひとみとのやり取りをもう一度開いた。


彼女からは、それ以上メッセージは届いていない。


健太は画面を閉じた。


恋愛がうまくいかなかったとき、これまでは自分を責めるか、相手の気持ちを疑うか、そのどちらかだった。


今回は、少し違う。


残念だった。


悔しかった。


もっと仲良くなりたかった。


その気持ちは、確かにある。


それでも、ひとみが別の人を選んだことを否定する理由にはならない。


健太は夜空を見上げた。


三十六歳。


恋愛経験は、ほとんどない。


周囲の人間は、少しずつ人生を進めているように見える。


自分だけが、同じ場所に立ち止まっている気がした。


それでも、明日になれば仕事がある。


野球の練習もある。


そして、まみとの関係も、まだ答えが出ていない。


健太は歩き出した。


選ばれなかった夜を、誰かのせいにすることなく。


ただ、自分の気持ちを抱えたまま。

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