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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第一章 2020年春――恋愛活動、プレイボール!

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第9話 俺が知らないうちに、女は結婚していた

第1章 2020年春――恋愛活動、プレイボール!


第9話 


 スマートフォンの画面には、三人の男女が写っていた。


 中央で笑っているのは、女性だった。


 白いワンピースに、肩まで伸びた黒髪。


 隣に立つ男は、紺色のスーツを着ている。


 二人の前には、花束と小さなケーキが置かれていた。


 写真の下には、こう書かれていた。


『結婚しました! これから二人で力を合わせて頑張ります!』


 俺は、その文章を何度も読み返した。


 女性の名前は、山下美穂。


 高校時代、同じ野球部のマネージャーだった女性だ。


 俺が初めて、好きになった女性でもあった。


 もちろん、告白したことはない。


 二人で出かけたこともない。


 連絡先を交換したことさえなかった。


 俺が知っているのは、彼女が野球部のマネージャーで、練習中によく笑い、試合に負けたときには悔しそうな顔をしていたことくらいだ。


 それでも、当時の俺にとって、彼女は特別な存在だった。


 練習が終わったあと、彼女が「お疲れさま」と声をかけてくれた。


 俺の名前を呼んでくれた。


 試合でベンチにいる俺にも、同じように飲み物を渡してくれた。


 そのたびに、俺はうれしかった。


 そして、勝手に期待していた。


 もしかしたら、自分のことを気にしてくれているのではないか。


 いつか、告白したら付き合えるのではないか。


 だが、俺は何もしなかった。


 彼女と話す勇気もなかった。


 断られるのが怖かった。


 今の関係が壊れるのも怖かった。


 そうやって、何もしないまま卒業した。


 それから十七年。


 俺が何もしていない間に、彼女は人生を進めていた。


「……結婚したんか」


 声に出してみると、妙に現実味があった。


 俺は三十五歳。


 彼女も、もう三十五歳になっているはずだった。


 結婚していても、おかしくない。


 むしろ、何も不思議なことではない。


 分かっている。


 分かっているのに、胸が苦しかった。


 俺はスマートフォンを置いた。


 しかし、数秒後には、また手に取っていた。


 写真を拡大する。


 彼女の顔を見る。


 隣にいる男の顔を見る。


 男は、俺よりも背が高そうだった。


 体つきもすっきりしている。


 笑顔にも余裕があるように見えた。


「……そら、俺よりええ男なんやろな」


 口から出た言葉に、自分でも嫌気が差した。


 俺は、その男のことを何も知らない。


 仕事も、性格も、二人がどうやって知り合ったのかも知らない。


 それなのに、勝手に自分と比較していた。


 男の見た目だけで、自分より優れていると決めつけていた。


 俺は、スマートフォンを裏返した。


「何してんねん、俺は……」


 美穂は、俺のことを知らないわけではないだろう。


 高校時代、同じ部活にいたのだから。


 ただ、俺が彼女にとって特別な存在だったかどうかは、分からない。


 たぶん、特別ではなかったのだろう。


 その事実を、俺は初めて真正面から考えた。


     *


 翌朝。


 俺は、いつもより遅く起きた。


 昨夜はなかなか眠れなかった。


 何度もスマートフォンを見てしまい、気づけば深夜になっていた。


 母親が、台所から声をかけてきた。


「健太、朝ご飯できてるで」


「……分かった」


「どうしたん? 声、暗いで」


「別に何もないわ」


 俺は食卓に座った。


 母親が出してくれたのは、目玉焼きとウインナー、味噌汁だった。


 いつもと同じ朝食。


 しかし、食欲がなかった。


「食べへんの?」


「食べるわ」


 俺は箸を持った。


 目玉焼きを口に運ぶ。


 味は、よく分からなかった。


「何かあったんやったら、言いや」


 母親が心配そうにこちらを見ていた。


 俺は少し迷った。


 美穂が結婚したこと。


 それを知って、落ち込んでいること。


 そんな話を、母親にするのは恥ずかしかった。


「高校のときの知り合いが、結婚してん」


「あら、そうなん。ええことやないの」


「……せやな」


「健太も、そろそろええ人見つけなあかんなあ」


 その言葉に、俺は箸を止めた。


 悪気がないのは分かっていた。


 母親は、俺のことを心配している。


 結婚してほしいと思っている。


 孫ができたらうれしいのかもしれない。


 だが、その何気ない一言が、今の俺には重かった。


「分かってるって」


 少し強い口調になった。


 母親が驚いた顔をした。


「……ごめんな」


 俺は、すぐに謝った。


「いや、ええねん。お母さんも、あんたのことが心配なだけやから」


 母親は、そう言って味噌汁を飲んだ。


 俺は、うつむいた。


 自分の寂しさを、母親にぶつけてしまった。


 美穂が結婚したことは、母親のせいではない。


 自分が恋愛をしてこなかったことも、母親のせいではない。


 それなのに、俺は、自分の気持ちをうまく処理できずにいた。


 誰かに優しくしてほしい。


 誰かに分かってほしい。


 誰かに、自分は一人ではないと思わせてほしい。


 そう願う気持ちが、いつの間にか大きくなっていた。


     *


 昼過ぎ。


 俺は、ドリーム・エース・ナインのグループチャットを開いた。


 美穂の結婚写真を送ってきたのは、同じ高校の野球部だった藤井直樹だった。


 藤井は、当時から人付き合いがうまかった。


 男女を問わず、自然に話しかけることができる。


 卒業後も、同級生たちと連絡を取り合っていた。


 俺は、藤井に個別メッセージを送った。


『美穂、結婚したんやな』


 すぐに返事が来た。


『せやで。去年から付き合ってた人と結婚したらしいわ』


『去年から?』


『うん。詳しくは知らんけど、職場で知り合ったとか聞いたで』


 去年。


 その言葉が、胸に刺さった。


 去年といえば、俺は何をしていたのだろう。


 仕事に行き、草野球をして、仲間と飯を食べていた。


 恋愛については、何もしていなかった。


 美穂のことを思い出すことはあっても、連絡しようとは思わなかった。


 そもそも、連絡先を知らない。


 彼女の近況を知ろうともしていなかった。


 ただ、自分の中で、昔の思い出を大切にしまっていただけだった。


 そして今、彼女が結婚したと知って、寂しくなっている。


 俺は、藤井に尋ねた。


『俺、何か損した気分やわ』


 送信してから、すぐに後悔した。


 美穂は、俺に何も約束していない。


 俺の気持ちを知っていたわけでもない。


 彼女が誰と結婚しようと、俺が損をしたことにはならない。


 だが、藤井は、すぐには否定しなかった。


『そう感じるんは、分からんでもないで』


 その返事を見て、少しだけ気持ちが楽になった。


 しかし、次のメッセージは、予想していないものだった。


『でもな、健太。お前、美穂と何か約束してたんか?』


 俺は画面を見つめた。


 約束。


 何もない。


『いや、何もしてへん』


『二人で出かけたことは?』


『ない』


『告白は?』


『……ない』


『ほな、美穂が結婚したことで、お前が何かを奪われたわけやないやろ』


 俺は、返事ができなかった。


 藤井の言葉は、冷たく聞こえるかもしれない。


 だが、間違ってはいなかった。


 俺は、美穂を好きだった。


 しかし、その気持ちを伝えたことはない。


 彼女と関係を築こうとしたこともない。


 それなのに、心のどこかで、彼女がいつか自分の恋愛相手になる可能性を残していた。


 勝手に。


 何年も。


 彼女の人生とは関係なく。


 俺は、自分の中に残していた可能性が消えたことを、まるで誰かに奪われたかのように感じていたのだ。


『……せやな』


 ようやく、それだけ送った。


 藤井から、すぐに返事が来た。


『お前が美穂を好きやったことは、別に悪いことちゃう。でも、美穂の人生は美穂のもんや。お前の期待どおりに進む必要はない』


 俺は、スマートフォンを握りしめた。


 美穂の人生は、美穂のもの。


 当たり前のことだった。


 それなのに、俺はその当たり前のことを、心から理解できていなかった。


     *


 夕方。


 俺は、家の近所を歩いていた。


 散歩を始めてから、少しずつ歩く距離が伸びていた。


 いつもの公園を通り過ぎる。


 子どもたちの姿は少ない。


 ベンチに座っていた老人が、マスクを直していた。


 世の中全体が、どこか落ち着かない。


 新型コロナウイルスの影響で、これまで当たり前だった生活が変わりつつあった。


 俺も、会社と家を往復する日々が続いていた。


 草野球は休止。


 仲間と飲みに行くこともできない。


 休日に出かけることも減った。


 誰かと会う機会がなくなると、自分の世界が小さくなったように感じる。


 そんなとき、俺はスマートフォンを取り出した。


 もう一度、美穂の結婚写真を見ようとした。


 だが、画面を開く直前で、指が止まった。


「……もう、ええやろ」


 写真を見たところで、何かが変わるわけではない。


 美穂が幸せそうにしていることを確認して、自分と比べる。


 それを繰り返しても、俺が前に進めるわけではない。


 俺はスマートフォンをポケットにしまった。


 そして、歩き続けた。


 途中、商店街の小さな公園で、母親と幼い子どもが遊んでいるのが見えた。


 子どもは、転んで膝を擦りむいたらしい。


 泣きながら、母親に駆け寄っていた。


「痛かったな。大丈夫やで」


 母親は、子どもの膝を確認し、優しく抱きしめた。


 子どもは、しばらく泣いたあと、母親の手を握って歩き始めた。


 俺は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


 結婚。


 家庭。


 子ども。


 俺も、いつかそんな生活をしたいと思っていた。


 だが、今までの俺は、その生活を手に入れることばかり考えていたのかもしれない。


 結婚できたら幸せになれる。


 恋人ができたら寂しくなくなる。


 誰かが自分を必要としてくれたら、自分の価値を信じられる。


 そう思っていた。


 しかし、本当にそうなのだろうか。


 誰かと一緒に暮らすということは、相手の都合や気持ちを考え続けることでもある。


 自分の思いどおりにならない日もある。


 相手が疲れている日もある。


 自分が寂しくても、相手には相手の事情がある。


 俺は、そのことを考えたことがあっただろうか。


 正直、ほとんどなかった。


 俺は、自分が寂しいときに、寂しさを埋めてくれる相手を求めていた。


 相手がどんな人なのかよりも、自分を幸せにしてくれるかどうかを先に考えていた。


「……そんなん、あかんよな」


 俺は、小さくつぶやいた。


 恋愛をしたい。


 結婚もしたい。


 その気持ちは、今でも変わらない。


 だが、誰かを自分の孤独を埋めるためだけの存在にしてはいけない。


 それだけは、忘れないようにしようと思った。


     *


 その夜。


 俺は久しぶりに、父親と二人でテレビを見ていた。


 母親は、台所で翌日の準備をしている。


 テレビでは、新型コロナウイルスに関するニュースが流れていた。


 外出自粛。


 感染者数。


 医療現場の負担。


 いつもなら、俺はスマートフォンを見ながら、適当にニュースを聞き流していた。


 しかし、その日は画面を見ていた。


「大変なことになってきたな」


 父親が言った。


「せやな」


「お前の会社は、大丈夫なんか」


「今のところはな。仕事はあるで」


「そうか」


 父親は、それ以上何も言わなかった。


 しばらくして、俺は口を開いた。


「お父さん」


「何や」


「俺、結婚できると思う?」


 自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からなかった。


 父親は、少し驚いたようにこちらを見た。


「急に何やねん」


「いや……別に」


「結婚したいんか」


「……したいとは思う」


 父親は、テレビに視線を戻した。


 そして、しばらく考えてから言った。


「ほな、相手を探したらええやないか」


「そんな簡単に言うなや」


「簡単やとは言うてへん」


 父親の声は、いつもと同じだった。


「相手が見つかるかどうかは、分からん。お前のことを好きになる人がおるかどうかも、分からん」


「……」


「せやけど、何もせんかったら、何も始まらんやろ」


 俺は、父親を見た。


 父親は、相変わらずテレビを見ている。


「お父さんは、お母さんとどうやって結婚したん?」


 今度は、父親が黙った。


「……何や、その質問」


「いや、気になって」


「昔の話や」


「ええやん。教えてえな」


 父親は、面倒くさそうに頭をかいた。


「お前のお母さんとは、職場の知り合いの紹介で会うたんや」


「へえ」


「最初から結婚するつもりやったわけやない。何回か会うて、話して、それで結婚した」


「好きやったん?」


「そら、好きやったから結婚したんやろ」


「どこが好きやったん?」


 父親は、今度こそ困った顔をした。


「……ようしゃべるところやな」


「は?」


「わしが黙っとっても、勝手にしゃべってくれるからな」


 思わず、俺は笑った。


「それ、褒めてるんか?」


「悪いことやないやろ」


 父親も、少しだけ笑った。


「お前のお母さんは、昔からあんな感じや。よう笑うし、よう怒るし、よう心配する。わしとは全然違う」


「せやな」


「せやけど、何十年も一緒におったら、ええところだけやなくて、嫌なところも見えてくる」


 父親は、そこで言葉を切った。


「それでも、一緒におるんや。そういうもんちゃうか」


 俺は、何も言わずに聞いていた。


 結婚すれば、毎日が楽しい。


 そんな単純な話ではないのだろう。


 相手の欠点も、自分の欠点も、見えてくる。


 それでも、一緒にいたいと思えるか。


 相手のために、何かを我慢できるか。


 相手の話を聞き、相手の考えを尊重できるか。


 俺には、まだ分からない。


 ただ、父親と母親の結婚生活が、俺の想像していたものより、ずっと地味で、ずっと現実的なものに思えた。


「……お父さん、意外とええこと言うな」


「何やと?」


「いや、何でもない」


「お前、失礼なやつやな」


 二人で笑った。


 それだけの会話だった。


 だが、その夜の俺には、妙に心に残るものがあった。


     *


 寝る前。


 俺は、ノートを開いた。


 これまで、恋愛について思ったことを何度か書き留めてきた。


 最初は、女性と話すための作戦だった。


 何を話せばいいのか。


 どうすれば好印象を持ってもらえるのか。


 どんな服を着ればいいのか。


 そんなことばかり考えていた。


 だが、今は少し違っていた。


 俺は、ノートに新しい一文を書いた。


『自分が寂しいからといって、相手に寂しさを埋めてもらおうとしない』


 その下に、もう一つ書いた。


『相手の人生は、相手のもの』


 書き終えると、俺はペンを置いた。


 美穂の結婚を知ったとき、俺は悲しかった。


 自分が何もしてこなかったことを、突きつけられた気がした。


 だが、彼女は俺のために人生を止めていたわけではない。


 俺が告白しなかったからといって、彼女が俺を待つ理由はない。


 俺が寂しいからといって、彼女が独身でいる必要もない。


 そんな当たり前のことを、俺は三十五歳になって、ようやく理解し始めた。


 もちろん、頭で理解することと、心から納得することは違う。


 また誰かを好きになったら、俺は同じように勘違いするかもしれない。


 相手の優しさを、自分への好意だと思うかもしれない。


 断られたら、ひどく落ち込むかもしれない。


 それでも、少しずつ変わっていけばいい。


 俺はノートを閉じた。


 そして、部屋の明かりを消した。


 暗闇の中で、目を閉じる。


 美穂の結婚写真は、もう見なかった。


 彼女の幸せを、心から祝福できるほど、俺はまだ大人ではない。


 正直、悔しさもあった。


 寂しさもあった。


 自分だけが取り残されたような気持ちも、消えてはいなかった。


 それでも、彼女の幸せを壊したいとは思わなかった。


 彼女には、彼女の人生がある。


 俺には、俺の人生がある。


 その二つは、交わらないまま終わることもある。


 それでも、誰かを好きになった気持ちまで、無意味になるわけではないのだろう。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 三十五歳。


 恋人なし。


 交際経験なし。


 童貞。


 数字や言葉を並べれば、俺は確かに恋愛において何も持っていない男なのかもしれない。


 だが、これから何をするかまで、過去に決められる必要はない。


 俺は、そう思いたかった。


     *


 翌週、ドリーム・エース・ナインのメンバーに、田村から連絡が入った。


『みんな、ちょっと相談がある』


 普段なら、すぐに冗談が飛び交うグループチャットだった。


 しかし、その日は違った。


『何や?』


 藤井が返す。


『野球のことか?』


 俺も尋ねた。


『野球もやけど、今回は別の話や』


 田村は、少し間を置いてから続けた。


『俺ら、恋愛強化計画とか言うてるやろ』


『言うてるな』


『このまま、女の人と飯食うことだけを目標にしててええんかなと思ってな』


 俺は画面を見つめた。


 最初に決めた目標は、年内に一人でも女性と食事に行くことだった。


 もちろん、相手の意思を尊重するという約束もした。


 だが、田村が言いたいのは、別のことらしかった。


『俺ら、彼女を作ることばっかり考えてるけど、そもそも自分らがどういう人間なんか、ちゃんと分かってへんのちゃうか』


 その言葉に、俺は思わず姿勢を正した。


『どういう意味や?』


 中村が尋ねた。


 田村から、長いメッセージが届いた。


『俺は、今まで恋人ができへんかった理由を、出会いがないからやと思ってた。でも、よく考えたら、出会いがあっても何もしてへんかった。断られるのが怖かったし、自分から動くのも面倒やった』


 田村は、普段は冗談ばかり言う男だった。


 そんな田村が、自分のことを真面目に話している。


『お前らも、それぞれ思うところあるんちゃうか。女の人と出会う前に、自分のことを考えてみてもええんやないか』


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 自分のことを考える。


 俺は、自分のことをどれだけ知っているのだろう。


 女性に好かれたい。


 結婚したい。


 寂しくない人生を送りたい。


 それは分かっている。


 だが、誰かと一緒に生きるために、自分が何を変えるべきなのか。


 相手に何を求め、何を与えられるのか。


 それについては、まだ何も答えられなかった。


 俺は、グループチャットに返信した。


『俺も、考えてみるわ』


 その直後、藤井からメッセージが届いた。


『ええやん。ほな、次に集まれるようになったら、一人ずつ話そうや。恋愛の作戦会議やなくて、自分の話をする会にしよう』


『何やそれ。急に真面目やな』


 中村が茶化した。


『たまにはええやろ』


 藤井が返す。


 俺は、スマートフォンを机に置いた。


 恋愛活動。


 その言葉を聞くと、今までは女性と知り合うことばかり考えていた。


 だが、もしかしたら、最初に向き合わなければならない相手は、女性ではないのかもしれない。


 自分自身だ。


 自分の弱さ。


 自分の思い込み。


 自分の寂しさ。


 そして、自分が誰かを傷つける可能性。


 そこから目をそらしたままでは、誰かと出会っても、同じ失敗を繰り返すだけなのだろう。


 俺は、窓の外を見た。


 大阪の街は、静かな夜を迎えていた。


 世界は変わり始めている。


 俺の生活も、少しずつ変わっていくのかもしれない。


 ただし、変わることは、簡単ではない。


 自分の欠点に気づいても、すぐに直せるわけではない。


 寂しさを理解しても、すぐに寂しくなくなるわけではない。


 それでも、俺はもう一度、打席に立つことを決めた。


 次の打席では、ホームランを狙わなくてもいい。


 まずは、ボールをよく見る。


 相手の動きを見る。


 自分の思い込みで、勝手に振らない。


 恋愛も、野球も。


 俺に必要なのは、派手な一発ではなく、地道な練習なのかもしれなかった。


 そして、五月。


 俺は、思いもよらない女性と再び話すことになる。


 その女性は、俺に優しい言葉をかけてくれる。


 だが、その優しさの意味を、俺はまだ知らない。


 今度こそ、勘違いせずにいられるのだろうか。


 俺の恋愛活動は、まだ始まったばかりだった。

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