第88話 好意と期待のすれ違い
十月二十四日、日曜日。
大野健太は、昨夜のひとみとの食事を思い返していた。
会話は楽しかった。
ひとみはよく笑い、健太の話にも興味を持ってくれた。
「話しやすいですね」
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
(もしかしたら、俺に興味を持ってくれているのかもしれない)
そう考えると、自然と笑顔になった。
しかし、すぐに自分を戒めた。
話しやすいと言われただけで、好意があると決めつけるのは早い。
それでも、次に会いたい気持ちはあった。
*
十月二十六日、火曜日。
昼休み。
ひとみからメッセージが届いた。
『先日はありがとうございました。とても楽しかったです』
健太はすぐに返信した。
『こちらこそ、ありがとうございました。また食事に行きましょう』
『はい。また予定が合えばお願いします』
健太は画面を見つめた。
また予定が合えば。
悪い返事ではない。
しかし、具体的な日程は決まっていない。
(これは脈があるのか、それとも社交辞令なのか)
健太は、返信を何度も読み返した。
その日の午後は、仕事に集中できなかった。
*
十月二十八日、木曜日。
健太は、久しぶりに姉の真紀と電話で話した。
「ひとみさんとはどうなったん?」
「この前、二回目の食事に行った」
「それで?」
「楽しかったで。向こうも楽しかったって言ってくれた」
「よかったやん」
「でも、次の予定は決まってない」
真紀はため息をついた。
「また始まったな」
「何が?」
「相手の一言を分析する癖」
「いや、気になるやろ」
「気になるのは分かる。でも、相手の言葉の裏側を勝手に想像しても答えは出えへん」
健太は黙った。
「次に会いたいなら、普通に誘えばええやん。それで相手がどう返すかを見たらいい」
「断られたら?」
「断られることもあるやろ」
真紀はあっさり答えた。
「それが嫌で何も言わんのなら、ずっと分からんままやで」
健太は苦笑した。
*
十月三十日、土曜日。
午後七時。
健太はひとみにメッセージを送った。
『もしよかったら、来月また食事に行きませんか?』
送信した後、スマートフォンを机に置いた。
返事を待つ時間は長く感じられた。
一時間後、返信が届いた。
『ありがとうございます。実は最近、仕事が忙しくて、しばらく予定が立てられそうにありません。また落ち着いたら連絡しますね』
健太の表情が曇った。
また落ち着いたら。
その言葉を、健太は何度も読んだ。
(断られたんかな)
しかし、確かめるようなメッセージを送るのは違う。
『分かりました。お仕事頑張ってください。また機会があればお願いします』
そう返信した。
ひとみからは、笑顔の絵文字が届いた。
そこで会話は終わった。
*
十一月二日、火曜日。
仕事帰り。
健太は木村と駅まで歩いていた。
「ひとみさんとは?」
「しばらく会えないみたいや」
「そっか」
「忙しいらしい」
木村は少し考えてから言った。
「それなら、それでええんちゃうか」
「俺に興味がなくなったんかな」
「それは分からん」
木村は正直に答えた。
「本当に忙しいのかもしれんし、今は恋愛を進める気がないのかもしれん。どっちにしても、本人が言ってないことを決めつけたらあかん」
「そうやな」
「お前は、女性からの返事で一喜一憂しすぎや」
「分かってる」
「自分の生活も楽しめよ。恋愛だけが人生ちゃうで」
健太はうなずいた。
*
十一月五日、金曜日。
午後九時過ぎ。
健太のスマートフォンに、思いがけないメッセージが届いた。
送り主は、佐藤まみだった。
『こんばんは。お久しぶりです。少し落ち着いてきました』
健太は、画面を見つめた。
連絡を控えたいと言われてから、約一か月。
彼女から連絡が来るとは思っていなかった。
『こんばんは。連絡ありがとうございます。少し落ち着いたんですね。よかったです』
返信すると、まみから続けてメッセージが届いた。
『息子のことも、少しずつ落ち着いてきました。元夫との話はまだ続いていますが、以前よりは冷静に考えられるようになりました』
健太は返信した。
『それならよかったです。無理はしないでくださいね』
少し間が空いた。
そして、まみから届いた。
『もしよかったら、またお会いできませんか?』
健太の胸が大きく跳ねた。
もう一度会いたい。
そう思っていた相手からの誘いだった。
しかし、健太はすぐに返事をしなかった。
嬉しさだけで予定を決めるのではなく、彼女の状況も確認したかった。
『もちろんです。まみさんの都合がよい日を教えてください』
『ありがとうございます。来週の土曜日なら、午後に少し時間が取れそうです』
『大丈夫です。楽しみにしています』
*
その夜。
健太はベッドに横になりながら、二人の女性のことを考えていた。
ひとみとは、次の予定が決まらなかった。
まみとは、もう一度会えることになった。
自分の気持ちは、どちらに向いているのだろう。
ひとみとの出会いは楽しかった。
まみには、もっと知りたいと思う部分がある。
ただ、どちらの女性も、自分を好きになってくれると決まったわけではない。
健太はスマートフォンを置いた。
そして、心の中でつぶやいた。
(今度は、相手の気持ちを勝手に決めつけない)
そのとき、まみからもう一通メッセージが届いた。
『実は、今度会ったときに聞いてほしいことがあります。私自身のこれからについて、少し考えていることがあるんです』
健太は画面を見つめた。
彼女のこれから。
それは、自分との関係についての話なのだろうか。
それとも、まったく別の人生の話なのだろうか。
健太には、まだ分からなかった。




