↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第5章 41歳の女性が教えてくれない答え

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/110

第87話 待つことしかできない男

十月十一日、月曜日。


大野健太は、通勤電車の中でスマートフォンを眺めていた。


佐藤まみからの最後のメッセージ。


『少し連絡を控えさせてください』


それに対して、自分は返信した。


『また話せるときが来たら連絡してください』


それで終わっている。


健太は、何度もトーク画面を開いていた。


新しいメッセージはない。


当然だ。


彼女は連絡を控えたいと言ったのだから。


それでも、画面を確認してしまう。


(いつまで待てばいいんだろう)


そう考えた瞬間、健太は自分の身勝手さに気づいた。


まみは、息子との生活を優先したいと言った。


自分の都合で、彼女に答えを求めることはできない。


しかし、待つことが正しいのかどうかも分からなかった。


     *


その日の昼休み。


健太は木村亮と食堂で昼食を取っていた。


「最近、元気ないな」


「ちょっとな」


「例の女性?」


健太はうなずいた。


「子どものことで問題があって、しばらく連絡を控えたいって言われた」


「そうか」


「俺は待つしかないんかな」


木村は箸を置いた。


「待つって、どれくらい?」


「分からん」


「それなら、待つことを自分の生活の中心にせん方がええで」


健太は顔を上げた。


「どういうこと?」


「相手が戻ってくるかどうか分からん状態で、ずっとスマホを見てても仕方ないやろ」


「でも、気になるんや」


「そら気になるやろ。でも、お前にも仕事があるし、野球もあるし、生活があるやん」


木村は続けた。


「相手の事情を尊重することと、自分の時間を止めることは違うで」


健太は黙ってうなずいた。


     *


十月十三日、水曜日。


仕事帰り。


健太は久しぶりにスポーツ用品店へ立ち寄った。


野球用の手袋が傷んできたため、新しいものを探していた。


店内には、グローブやバット、スパイクが並んでいる。


以前なら、必要以上に高価な商品に目を奪われていた。


しかし、最近は違った。


使いやすさと価格を比べ、自分に必要なものを選ぶ。


「これでいいか」


健太は手袋を購入した。


帰り道、ふと考えた。


自分は恋愛がうまくいかないと、すぐにそのことばかり考えてしまう。


仕事も野球も、ほかに楽しめることはあるはずなのに。


いつの間にか、女性からの連絡が自分の一日の気分を決めるようになっていた。


それは、健全な状態ではない。


     *


十月十六日、土曜日。


ドリーム・エース・ナインの練習日。


健太はいつもより早くグラウンドに到着した。


田村が道具を準備していた。


「お、早いやん」


「今日はちょっと体を動かしたくてな」


キャッチボールを始めると、藤井がやってきた。


「最近、恋愛の方はどうなん?」


「しばらく連絡を控えたいって言われた」


「そっか」


「俺は何もできへんかった」


藤井はボールを受け取りながら答えた。


「何もできないことが、悪いこととは限らんで」


「そうかな」


「相手が自分で決めたいことなら、手を出さない方がいいこともある」


健太はボールを投げ返した。


「俺、何かしてあげたかったんやけどな」


「それは分かる。でも、助けたい気持ちと、相手が助けを求めてるかどうかは別や」


健太はうなずいた。


少しずつだが、理解できるようになってきた。


     *


十月十八日、月曜日。


午後九時。


健太のスマートフォンに、ひとみからメッセージが届いた。


『こんばんは。先日のお話ですが、来週の土曜日はいかがですか?』


健太は画面を見つめた。


佐藤ひとみ。


三十五歳。


一度会って、会話が弾んだ女性だ。


まみとの連絡が途絶えている今、ひとみと会うことに後ろめたさを感じていた。


しかし、まみとは交際していない。


連絡を控えたいという彼女の希望もある。


健太は少し考えてから返信した。


『こんばんは。土曜日なら大丈夫です。ぜひお願いします』


ひとみから、すぐに返信があった。


『よかったです。楽しみにしています』


健太はスマートフォンを置いた。


新しい出会いを楽しんでもいい。


ただ、誰かを忘れるために別の誰かを利用するのは違う。


そう自分に言い聞かせた。


     *


十月二十三日、土曜日。


午後一時半。


健太は、ひとみと待ち合わせたレストランに到着した。


「こんにちは」


「こんにちは。今日はありがとうございます」


二人は挨拶を交わし、店内へ入った。


ひとみは明るい表情で、最近行った旅行の話を始めた。


「この前、和歌山に行ってきたんです」


「いいですね。どこに行ったんですか?」


「海沿いをドライブして、地元のお店で魚を食べました」


「俺も車で出かけるのは好きです」


会話は自然に続いた。


食事をしながら、仕事の話や休日の過ごし方について話した。


ひとみは一人で過ごす時間も大切にしているという。


「結婚しても、ずっと一緒にいなきゃいけないとは思わないんです」


「そうなんですか」


「お互いの趣味や友人関係も大切にしたいですね」


健太はうなずいた。


「俺もそういう関係がいいと思います」


ひとみは笑った。


「大野さん、話しやすいですね」


その言葉に、健太の胸が少し弾んだ。


しかし、彼はすぐに恋愛感情だと決めつけないようにした。


話しやすい。


それは、話しやすいという意味だ。


それ以上でも、それ以下でもない。


     *


午後四時。


食事を終え、二人は店を出た。


「今日は楽しかったです」


ひとみが言った。


「俺もです」


「また会いましょう」


「ぜひ」


ひとみは笑顔で手を振り、駅へ向かった。


健太は、その姿を見送った。


帰宅途中、スマートフォンを確認すると、まみからの新しいメッセージはなかった。


ひとみとの時間は楽しかった。


それでも、まみのことを完全に忘れたわけではない。


健太は、誰か一人を好きになれば、すべてが解決すると思っていた。


だが、現実はそう簡単ではなかった。


恋愛には、相手の事情がある。


自分の気持ちだけでは進められない時間もある。


そして、自分自身の生活を大切にすることも必要だった。


その夜、健太は久しぶりにスマートフォンを机の上に置いたまま、テレビを見て過ごした。


誰からも連絡が来なくても、夜は過ぎていく。


その当たり前のことを、健太は少しずつ取り戻そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。