↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第5章 41歳の女性が教えてくれない答え

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/110

第83話 過去を話すということ

九月十二日、日曜日。


大野健太は、朝から落ち着かなかった。


昨日、佐藤まみと二度目の食事をした。


会話は楽しかった。

彼女の笑顔も印象に残っている。


帰宅後には、まみから「今日は楽しかったです。また連絡しますね」というメッセージも届いた。


それなのに、健太の頭の中には別のことが浮かんでいた。


(また連絡しますって、いつだろう)


(本当にまた会う気があるのかな)


(子どもがいるから、俺との時間は作れないんじゃないか)


考え始めると、止まらなくなる。


「またやってるな」


独り言をつぶやき、スマートフォンを机に置いた。


     *


午後。


健太は、ドリーム・エース・ナインの練習に参加していた。


「おい健太、最近スマホばっかり見てるな」


捕手の田村が声をかけた。


「そんなことないやろ」


「いや、打席に入る前も見てたぞ」


「それは通知が来たからや」


藤井が笑った。


「彼女?」


「まだ彼女じゃない」


「じゃあ、気になる人か」


健太は少し照れながらうなずいた。


「子どもがいる女性なんや」


「そうなんか」


田村はキャッチャーミットを外した。


「それなら、連絡の頻度だけで気持ちを判断したらあかんぞ。生活の優先順位が違うんやから」


「分かってる」


「分かってるって言う奴ほど、分かってないことがあるからな」


藤井が口を挟んだ。


「相手が返信できない時間を、自分への評価に変換するなよ」


健太は苦笑した。


「お前ら、恋愛の先生みたいになってきたな」


「お前が生徒として問題だらけなんや」


田村の言葉に、周囲から笑いが起こった。


健太も笑った。


しかし、心のどこかでは図星だと感じていた。


     *


九月十五日、水曜日。


午後八時過ぎ。


健太のスマートフォンに、まみからメッセージが届いた。


『こんばんは。少し相談というか、話しておきたいことがあります』


健太はすぐに返信した。


『どうしました?』


『今度会えたときに話してもいいですか?』


『もちろんです。急がなくて大丈夫ですよ』


しばらくして、まみから返信があった。


『ありがとうございます。実は、私が離婚した理由についてです』


健太の指が止まった。


ついに、彼女が過去を話そうとしている。


『分かりました。話せる範囲で聞かせてください』


そう送った。


     *


九月十八日、土曜日。


午後二時。


二人は前回と同じカフェで待ち合わせた。


まみは少し緊張した表情をしていた。


「今日は時間を作ってくれてありがとうございます」


「こちらこそ」


注文を済ませると、まみはゆっくり話し始めた。


「私、結婚していた頃、夫と価値観が合わなくなっていったんです」


健太は黙って聞いた。


「最初は普通に仲良くしていました。でも、子どもが生まれてから、生活が変わりました」


「子育てで忙しくなったんですね」


「そうです。私は仕事と育児と家事を両立しようとしていました。でも、夫は自分の生活をあまり変えようとしなかった」


まみはカップを見つめた。


「何度も話し合いました。でも、話し合いをしても、結局私が我慢することになってしまう。だんだん、何を言っても無駄だと思うようになりました」


健太は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


「それで、離婚しました」


「そうだったんですね」


「夫が全部悪かったと言いたいわけではありません。私にも反省するところはあったと思います。ただ、あのまま一緒にいるのは難しかった」


まみは一度、息を吐いた。


「今は、息子と二人で生活しています。大変なこともありますけど、穏やかに過ごせています」


「話してくれてありがとうございます」


健太はそう答えた。


本当は、もっと聞きたいことがあった。


元夫とは連絡を取っているのか。

養育費はどうなっているのか。

子どもは父親のことをどう思っているのか。


しかし、それらを今聞く必要はないと思った。


「健太さんは、どう思いました?」


まみが尋ねた。


「どうって?」


「離婚した女性と付き合うことについてです」


健太は少し考えた。


「正直、経験がないので分からないことはあります。でも、離婚したことだけで相手を判断したくないです」


「子どもがいることも?」


「それも含めて、まみさんの人生だと思います」


まみは小さくうなずいた。


「ありがとうございます。でも、簡単なことではないですよ」


「分かっています」


そう答えたものの、健太は本当に分かっているのか自信がなかった。


子どもが急に熱を出すこともある。

学校行事もある。

休日の予定が変わることもある。


それを頭で理解することと、実際に受け入れることは違う。


     *


帰り道。


駅まで歩く途中、まみが言った。


「もう一つ、お願いがあります」


「何ですか?」


「私は、すぐに再婚したいわけではありません」


健太は足を止めなかったが、胸の中が少しざわついた。


「息子のこともあるし、私自身も慎重になっています。誰かと付き合うとしても、時間をかけたいんです」


「分かりました」


「それでも、健太さんは大丈夫ですか?」


健太はすぐに答えられなかった。


自分は結婚したいと思っている。


できれば早く恋人がほしい。

誰かと一緒に過ごしたい。

自分を必要としてくれる人がほしい。


その気持ちがあるのは事実だった。


しかし、彼女に急いでほしいとは言えない。


「俺も、すぐに答えを出してほしいとは思っていません。もう少し、お互いを知っていけたらと思います」


まみは微笑んだ。


「そう言ってもらえると嬉しいです」


駅に到着すると、二人は別れた。


     *


その夜。


健太は自宅で一人、夕食を食べていた。


まみの話を思い返していた。


彼女は、過去に結婚していた。


自分には経験のない生活を送り、子どもを育て、離婚を経験した。


同じ三十代でも、歩んできた道はまったく違う。


健太は、自分の人生が遅れているように感じていた。


だが、まみの人生を聞いて、少しだけ考えが変わった。


結婚しているから幸せとは限らない。


恋人がいるから満たされるとも限らない。


それでも、健太は誰かと一緒に生きていきたいと思っていた。


その願いを捨てる必要はない。


ただ、相手にも相手の願いがある。


健太はスマートフォンを手に取った。


まみからメッセージが届いていた。


『今日は話を聞いてくれてありがとうございました。少し緊張していましたが、話せてよかったです』


健太は返信した。


『話してくれて嬉しかったです。こちらこそありがとうございました』


送信後、健太は画面を閉じた。


そのとき、別の通知が表示された。


マッチングアプリからの新しいメッセージだった。


相手の名前は、佐藤ひとみ。


三十五歳。


プロフィールには、こう書かれていた。


『休日は友人と出かけたり、一人で旅行したりしています。将来を考えられる相手と出会いたいです』


健太は、しばらくその文章を眺めていた。


まみとの関係を大切にしたい。


しかし、まだ交際しているわけではない。


自分は、ほかの女性と出会うことをやめるべきなのだろうか。


その答えを考えながら、健太はスマートフォンを伏せた。


恋愛に正解はない。


けれど、誰かを傷つけないために考えなければならないことは、確かにある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。