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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第5章 41歳の女性が教えてくれない答え

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第77話 過去から届いた電話

二〇二一年八月一日、日曜日。


健太は、朝食を食べながらテレビを眺めていた。


昨夜、かずえと話したことが頭から離れない。


誰かに必要とされたい。


自分の価値を、誰かの反応で確かめようとしていたのではないか。


そんなことを考えていると、スマートフォンが鳴った。


画面には、草野球チームの代表・田村の名前が表示されている。


「もしもし?」


『健太、今日の練習なんだけど、人数が足りない。来られるか?』


「今日は午後からなら行けるよ」


『助かる。あと、練習後に飯でもどうだ?』


「いいよ」


電話を切った健太は、久しぶりに野球のことだけを考えようと思った。


     *


午後三時。


グラウンドには、いつものメンバーが集まっていた。


「健太、最近ちょっと痩せたか?」


石田が声をかけてきた。


「そうか?」


「いや、顔が疲れてるぞ。ちゃんと食ってるか?」


「食ってるよ」


「ならいいけどな」


石田は大きな弁当箱を開けた。


その横で、中村がスマートフォンを見ながら笑っている。


「何見てるんだ?」


健太が尋ねると、中村は画面を見せてきた。


「マッチングアプリ。昨日、いい感じの女性とメッセージが続いたんだよ」


「へえ、よかったじゃん」


「今度こそいけるかもしれん」


「まだ会ってないんだろ?」


「そこが問題なんだよな」


中村は真剣な顔でうなずいた。


「会う前から期待しすぎるなよ」


健太が言うと、中村は目を丸くした。


「お前に言われるとは思わなかった」


周囲から笑い声が起こった。


健太も笑った。


自分が失敗してきたからこそ、言えることもある。


そう思えた瞬間だった。


     *


練習後、チームのメンバーは近くのファミリーレストランに集まった。


田村、藤井、石田、健太の四人。


食事をしながら、藤井が話題を変えた。


「そういえば健太、かずえさんとはどうなった?」


「どうもなってないよ」


「また相談に乗ったんだろ?」


「ああ。職場の後輩の話を聞いた」


「恋愛の話は?」


「少しだけ。昔、長く付き合っていた人がいたらしい」


田村が箸を止めた。


「その人とは、どうして別れたんだ?」


「自分を犠牲にして、相手に合わせすぎたって言ってた」


「なるほどな」


藤井がうなずく。


「かずえさんは、相手に尽くすことと、自分を大切にすることの違いを経験したんだろうな」


「そうなんだと思う」


健太は水を飲んだ。


「でも、ちょっと気になることがある」


「何だ?」


田村が尋ねた。


「かずえさんが、過去の恋愛について話すとき、少し表情が変わったんだよ。まだ何かあるような気がして」


「気になっても、無理に聞くなよ」


藤井がすぐに言った。


「分かってる」


「相手が話したくなったら話す。それでいいんじゃないか」


健太はうなずいた。


     *


八月三日、火曜日。


午後八時過ぎ。


健太のスマートフォンに、つかさからメッセージが届いた。


『健太さん、かずえさんのことで少し聞いてもらえますか?』


健太は返信した。


『何かあった?』


『実は、今日かずえさんから連絡があって、昔付き合っていた人から突然電話があったそうなんです』


健太は画面を見つめた。


昔の恋人。


何年も会っていないと言っていた相手だ。


『それで、かずえさんはどうしてるの?』


『かなり動揺しているみたいです。でも、私には詳しく話してくれなくて』


健太は少し迷った。


自分から連絡していいのだろうか。


相手が話したくないのなら、そっとしておくべきだ。


しかし、つかさは続けてメッセージを送ってきた。


『健太さん、もしよければ、かずえさんの話を聞いてあげてもらえませんか?』


健太はすぐには返信しなかった。


かずえは、自分に恋愛感情がないとはっきり伝えている。


それでも、相談相手として頼られることを嬉しく感じてしまう自分がいる。


必要とされたいという気持ちが、また顔を出していた。


健太はスマートフォンを置いた。


しばらく考えたあと、返信した。


『俺にできることがあるなら話は聞くよ。ただ、かずえさん本人が望んでいるか確認してほしい』


送信した。


     *


八月四日、水曜日。


仕事を終えた健太は、帰宅途中のコンビニに立ち寄った。


そのとき、スマートフォンが鳴った。


今度は、かずえ本人からだった。


『突然ごめんなさい。少しだけ話を聞いてもらえませんか?』


健太は立ち止まった。


『もちろんです。電話でも大丈夫ですか?』


すぐに着信が入った。


「もしもし」


『健太さん、こんばんは』


「こんばんは。大丈夫ですか?」


『大丈夫……と言いたいところだけど、少し落ち着かなくて』


かずえの声は、いつもより小さかった。


「昔の恋人から電話があったと聞きました」


『つかささんから聞いたのね』


「はい。無理に話さなくても大丈夫です」


電話の向こうで、かずえが息を吐いた。


『彼から、会いたいと言われたの』


「会いたい?」


『ええ。昔のことを謝りたいんだって』


健太は返事をしなかった。


『私、もう関係ないと思っていたの。何年も連絡がなかったし、今さら何を話すことがあるのか分からない』


「会いたくないんですか?」


『分からないの』


その声には、迷いがあった。


『嫌いになったはずなのに、電話が来たら昔のことを思い出してしまった。あの頃の自分まで戻ってしまいそうで怖い』


健太は、かずえの言葉を静かに聞いた。


『健太さんは、どう思う?』


「俺は、かずえさんが会いたいかどうかが一番大事だと思います」


『そうね』


「謝りたいと言われたからって、会う義務はないと思います。会わないと決めてもいいし、会うなら自分が納得できる条件を決めてもいいと思います」


『条件?』


「例えば、昼間に人の多い場所で会うとか。時間を決めておくとか。何より、嫌になったら帰ってもいいって決めておくとか」


しばらく沈黙が続いた。


『ありがとう。少し整理できた気がする』


「俺は聞いただけですよ」


『それがありがたいの』


かずえは、かすかに笑った。


     *


電話を切る直前、かずえは小さな声で言った。


『健太さん。実は、彼と別れた本当の理由は、まだ話していないの』


「……そうなんですね」


『あの頃、私は彼のために仕事も友人関係も後回しにしていた。でも、それだけじゃなかった』


「それだけじゃない?」


『彼に言われたことを、ずっと信じていたの。自分が悪いから、我慢しなければいけないんだって』


健太は息をのんだ。


『今でも、あの言葉が頭から離れないことがある』


「かずえさん……」


『ごめんなさい。今日はここまでにするね』


「分かりました。話してくれてありがとうございます」


『こちらこそ。おやすみなさい』


電話が切れた。


健太はコンビニの駐車場で、しばらく立ち尽くしていた。


かずえの過去には、まだ知らないことがある。


そして、彼女が長い間抱えてきたものは、単なる失恋ではないのかもしれない。


その夜、健太は初めて考えた。


自分は、かずえを助けたいのだろうか。


それとも、誰かに必要とされる自分でいたいだけなのだろうか。


答えは、まだ出なかった。

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