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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第4章 双子の女と、二人分の妄想

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第72話 秘密を守るということ

六月二十五日、金曜日。


午後九時十八分。


大野健太は、つかさから届いたメッセージを前に、返信できずにいた。


『つばさが好きな人って、もしかして、私が気になっている人と同じ会社の方なんでしょうか?』


同じ会社。


つばさから聞いた話では、姉と妹が好きになった男性は、同じ職場に関係しているらしい。


しかし、健太は詳しいことを知らない。


そして、つばさからは、姉にまだ話さないでほしいと頼まれていた。


ここで「そうだよ」と答えれば、つばさの秘密を勝手に明かすことになる。


「違うよ」と答えるのも、知らないことを断言することになる。


健太はスマートフォンを机に置いた。


自分は、二人の相談相手になっている。


その立場を利用して、どちらかの情報をもう一方に流すようなことはしたくない。


しばらく考えたあと、返信した。


『ごめんね。そこは俺から答えられないよ。つばささんが自分で話すことだと思うから』


送信。


数秒後、既読がついた。


そして、つかさから返事が届いた。


『そうですよね。変なことを聞いてしまってすみません』


健太は、続けて送った。


『つかささんが心配しているのは分かるよ。でも、つばささんにも自分のタイミングがあると思う』


『はい。分かっています』


そこで会話は終わった。


健太は、少し疲れたように椅子にもたれた。


正しいことをしたつもりだった。


それでも、誰かの期待に応えられないと、少し申し訳ない気持ちになる。


自分は昔から、相手に嫌われないように振る舞うことが多かった。


頼まれたら断れない。


相談されたら最後まで聞こうとする。


相手が喜んでくれるなら、自分の気持ちを後回しにする。


だが、それが本当に優しさなのかは分からない。


健太は、ノートを開いた。


『秘密を守ることは、誰かの味方になることとは違う。自分で決められないことまで、背負わない』


その一文を書き終え、ノートを閉じた。


*


六月二十六日、土曜日。


午後一時。


健太は、駅前のカフェにいた。


つばさから、直接話したいことがあると連絡があったのだ。


待ち合わせ時間から五分ほど遅れて、つばさが店に入ってきた。


「すみません、お待たせしました!」


「大丈夫だよ」


つばさは席に座ると、アイスティーを注文した。


そして、少し緊張した様子で話し始めた。


「姉に、話しました」


「そうなんだ」


「好きな人がいることと、その人が姉の気になっている人と同じ会社で働いていること」


健太は、黙ってうなずいた。


「姉、驚いていました。でも、怒ってはいませんでした」


つばさはストローを指で回した。


「ただ、少し複雑そうでした」


「それは、そうかもしれないね」


「姉の好きな人と、私の好きな人は別人です。でも、二人は同じ会社の人なんです」


「うん」


「姉は、その会社の人たちと知り合う機会があって、そこで今の好きな人と出会ったんです。私は、別の友達から紹介されて知り合いました」


健太は、少しずつ事情が見えてきた。


つまり、姉妹がそれぞれ好きになった男性は、同じ会社に勤めている別々の人物なのだ。


「それで、姉は何て?」


「私に、どうして今まで話してくれなかったのかって」


つばさは苦笑した。


「私は、姉が自分の恋愛で悩んでいるときに、余計な心配をかけたくなかったんです。でも、それが逆効果だったみたいです」


「お互いに気を遣っていたんだね」


「はい。姉も、私が何か隠しているんじゃないかって心配していたみたいです」


つばさは、少しだけ表情を明るくした。


「でも、最後には応援するって言ってくれました」


「よかったね」


「はい」


健太は、素直にそう思った。


姉妹の間にあった秘密が、ようやく一つ解けた。


それだけでも、今日ここに来た意味はあったのだろう。


ところが、つばさはそこで少し声を落とした。


「実は、もう一つ問題があるんです」


「問題?」


「姉の好きな人と、私の好きな人。二人とも、来月の会社のイベントに参加するみたいなんです」


「会社のイベント?」


「そうです。私も友達と一緒に参加する予定なんですけど、姉も来ることになって」


つばさは困ったように笑った。


「そこで、姉と私の好きな人たちが、同じテーブルになるかもしれないんです」


健太は少し考えた。


それは確かに、気まずい状況になる可能性がある。


だが、二人の男性は別人だ。


それぞれに好意を持つ女性が、同じ場所にいる。


それだけなら、何も問題はないはずだった。


「二人とも、相手に恋人がいるわけじゃないんだよね?」


「今のところは、そう聞いています」


「だったら、普通に参加すればいいんじゃないかな。無理に二人を近づけたり、逆に離したりしなくてもいいと思う」


つばさは、うなずいた。


「そうですよね」


「それに、姉妹だからって、恋愛まで同じように進める必要はないよ」


「……はい」


つばさは、少し安心したようだった。


そのあと、二人は仕事や趣味の話をした。


会話は楽しかった。


しかし、健太の中には、少しだけ別の感情もあった。


つばさは、自分に秘密を話してくれる。


相談もしてくれる。


だが、彼女の恋愛は別の男性へ向かっている。


それを分かっているのに、つばさと話している時間が楽しい。


その矛盾を、健太はまだうまく整理できなかった。


*


六月二十七日、日曜日。


午後四時。


健太は、実家に顔を出していた。


居間では、母の美代子が洗濯物をたたんでいた。


「最近、休みの日に出かけることが増えたね」


「まあ、ちょっと知り合いができたから」


「女の人?」


健太は、思わず笑った。


「何で分かるんだよ」


「顔を見れば分かるわよ」


母は、楽しそうに笑った。


健太は、双子の姉妹と知り合ったことを簡単に話した。


ただし、二人の恋愛事情や秘密については話さなかった。


母は、うなずきながら聞いていた。


「いいじゃない。人と知り合うのは大事よ」


「でも、二人とも好きな人がいるんだよ」


「それは、それでいいじゃない」


「よくないだろ。俺は相変わらず彼女もいないんだから」


母は、少し困ったように笑った。


「健太。誰かと知り合うたびに、彼女になるかどうかを考えなくてもいいんじゃない?」


「……」


「友達でもいいし、話し相手でもいい。人とのつながりが増えること自体、悪いことじゃないでしょう」


健太は、黙っていた。


母の言葉は、簡単なようで難しかった。


彼女が欲しい。


恋人が欲しい。


誰かに必要とされたい。


その気持ちは、今も変わっていない。


けれど、それだけを目的にして人と接していたら、相手のことを本当に知ることはできないのかもしれない。


「まあ、焦らずやってみるよ」


「そうしなさい」


母は、洗濯物をたたみながら微笑んだ。


*


六月二十九日、火曜日。


午後八時三十分。


健太のスマートフォンに、つかさから連絡が届いた。


『大野さん、妹から聞きました。先日、話を聞いてくださったそうですね。ありがとうございました』


『大丈夫だよ。つばささんも、少し安心したみたいだった』


『そうですか。私も、あの子とちゃんと話せてよかったです』


健太は、二人の関係が落ち着いたことを嬉しく思った。


ところが、つかさは続けてメッセージを送ってきた。


『ところで、来月の会社のイベントのあと、もしよかったら三人で食事に行きませんか?』


健太は、画面を見つめた。


三人で食事。


また、つかさとつばさと会える。


それは素直に嬉しかった。


『いいよ。予定が合えば行こう』


返信すると、つかさから返事が来た。


『ありがとうございます。実は、その日に大野さんにも紹介したい人がいるんです』


健太は首をかしげた。


紹介したい人。


誰だろう。


つかさの好きな男性なのか。


それとも、つばさの好きな男性なのか。


健太が尋ねる前に、つかさから次のメッセージが届いた。


『私たちの恋愛とは関係なく、大野さんと話が合いそうな人です』


健太は、少しだけ期待した。


新しい出会いかもしれない。


もしかしたら、今度こそ自分の恋愛につながるのではないか。


そんな考えが浮かんだ。


しかし、すぐに思い直した。


相手がどんな人なのかも分からない。


会ってみなければ、何も始まらない。


『ありがとう。楽しみにしてるよ』


健太は、そう返信した。


スマートフォンを机に置く。


六月も、残りわずかだった。


双子の姉妹との出会いは、思っていた以上に複雑だった。


二人の恋愛は、少しずつ動いている。


そして、健太にも新しい出会いが訪れようとしていた。


ただし、それが幸せにつながるかどうかは、まだ分からない。


彼は知らなかった。


七月に出会う女性が、これまでの自分の恋愛観を、まったく違う角度から揺さぶることになるとは。

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