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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第4章 双子の女と、二人分の妄想

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第67話 姉が好きな男

五月二十九日、土曜日。


午後六時二十分。


大野健太は、仕事帰りの電車の中でスマートフォンを見つめていた。


つかさからメッセージが届いている。


『大野さん、少し相談してもいいですか?』


先週、つかさは「今はまだ、自分で考えてみたい」と言っていた。


その彼女から、改めて相談したいと連絡が来たのだ。


健太の胸は高鳴った。


頼ってもらえたことが嬉しい。


だが、同時に、気をつけなければとも思った。


相談されたからといって、自分が特別な存在だと決まったわけではない。


健太は、落ち着いて返信した。


『もちろん。話せる範囲で大丈夫だよ』


ほどなくして、つかさから返事が来た。


『できれば、直接お話ししたいです。明日か明後日、ご都合はどうですか?』


直接。


健太は思わずスマートフォンを握り直した。


二人きりで会うことになるのだろうか。


そう考えた瞬間、先走りそうになる自分を止めた。


相談したいことがあるから、直接話したい。


それだけだ。


『明日の午後なら大丈夫だよ。駅前のカフェでどうかな?』


『ありがとうございます。では、午後二時にお願いします』


約束が決まった。


健太は画面を閉じたあと、窓に映る自分の顔を見た。


三十六歳。


自動車部品工場で働き、草野球を続ける独身男性。


女性と二人で会う約束ができただけで、これほど心が揺れる。


自分でも、少し情けなかった。


それでも、明日が楽しみだった。


*


五月三十日、日曜日。


午後一時五十分。


健太は駅前のカフェに到着した。


約束の十分前。


店内を見回すと、窓際の席に、つかさが座っていた。


淡いベージュのブラウスに、紺色のスカート。


いつもより少し緊張しているように見えた。


「ごめん、待たせた?」


「いえ、私も今来たところです」


健太が向かいに座ると、店員が注文を取りに来た。


二人ともコーヒーを頼んだ。


注文が運ばれてくるまで、天気や仕事の話をした。


しかし、つかさは時折、言葉を探すように視線を落としていた。


「それで、相談って?」


健太が尋ねると、つかさは小さく息を吐いた。


「実は……気になっている人がいるんです」


健太の胸が、わずかに沈んだ。


つばさから聞いていた話だった。


それでも、本人の口から聞くと、やはり違った。


「うん」


「その人とは、仕事関係の集まりで知り合いました。何度か話す機会があって、話しやすい人だなと思って」


つかさはコーヒーカップに目を落とした。


「先日、向こうから食事に誘われたんです。でも、返事を迷ってしまって」


「どうして?」


「本当に私に興味があるのか分からなくて。誰にでも親切な人なのかもしれないし、食事も単なる付き合いかもしれないし……」


健太は、思わず顔を上げた。


その悩みには、覚えがあった。


相手の優しさに意味を探す。


言葉の裏に何かがあるのではないかと考える。


期待して、傷つくのが怖くなる。


自分も何度も繰り返してきたことだった。


「その人とは、二人で食事に行ったことはあるの?」


「まだありません」


「だったら、一度行ってみてもいいんじゃないかな。食事に誘われた理由を、今の段階で決めつけなくてもいいと思う」


つかさは顔を上げた。


「でも、もし相手が私を恋愛対象として見ていなかったら……」


「それなら、それが分かったってことだよ」


健太は言葉を選びながら続けた。


「もちろん、期待して違ったら落ち込むと思う。でも、行く前から断ってしまったら、相手がどういう人なのか知る機会もなくなるから」


つかさは黙って聞いていた。


健太は、少しだけ笑った。


「俺も、相手の言葉を勝手に解釈して失敗したことがあるんだ。だから、今はなるべく、分からないことを分からないままにしておこうと思ってる」


「大野さんも、そういう経験があるんですね」


「まあ、いろいろね」


健太は、Yumiのことを思い出した。


彼女が好きだった。


彼女の相談に乗ることが嬉しかった。


けれど、彼女が自分以外の男性を好きだと知ったとき、簡単には気持ちを整理できなかった。


あの経験があったからこそ、今の言葉を口にできたのかもしれない。


「相手の気持ちを確かめるために、食事に行く必要はないと思う。まずは、一緒に過ごして自分がどう感じるか、相手がどんな人なのかを知ればいいんじゃないかな」


つかさは、しばらく考えていた。


やがて、少しだけ表情が和らいだ。


「……そうですね。私、失敗する前から、失敗したときのことばかり考えていたのかもしれません」


「俺も、そういうところがあるよ」


二人は顔を見合わせて笑った。


その瞬間、健太は心地よさを感じた。


つかさは、自分の言葉を真剣に聞いてくれた。


自分も、彼女の悩みを理解しようとした。


それは、確かに嬉しいことだった。


ただし、相談に乗ったからといって、彼女が自分を好きになるわけではない。


健太は、そのことを忘れないようにした。


*


午後三時。


カフェを出る頃には、つかさの表情は少し明るくなっていた。


「今日はありがとうございました。話してよかったです」


「それならよかった」


「食事の件、前向きに返事をしてみようと思います」


「うん。自分が行きたいと思うなら、行ってみたらいいと思うよ」


つかさは微笑んだ。


「大野さんって、恋愛経験が豊富なんですか?」


「……いや、全然」


健太は苦笑した。


「むしろ、失敗ばかりだよ」


「そうなんですか? でも、話していて落ち着きます」


その言葉に、健太の心臓が跳ねた。


話していて落ち着く。


以前にも、女性から似たようなことを言われた気がする。


そして、以前なら、その言葉を恋愛感情の証拠にしていたかもしれない。


だが、今回は違った。


「ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」


それだけを返した。


つかさは駅へ向かう前に、もう一度頭を下げた。


「また相談してもいいですか?」


「もちろん。でも、俺の意見が正解とは限らないからね」


「分かっています」


彼女は笑顔で手を振り、改札へ向かっていった。


健太は、その背中を見送った。


自分の言葉が、少しでも彼女の役に立ったなら嬉しい。


それ以上を望むのは、今は違う。


そう思いながらも、胸の奥には小さな寂しさが残っていた。


つかさには、気になっている男性がいる。


そして、自分はその男性との関係を進めるための相談相手になっている。


その現実は、やはり少し苦かった。


*


その日の夜。


健太が風呂から上がると、スマートフォンにメッセージが届いていた。


つばさからだった。


『大野さん、今日、姉と会いましたよね?』


健太は驚いた。


『うん。相談したいことがあるって言ってたから、話を聞いたよ』


すぐに返信が来た。


『姉、少し元気になってました。ありがとうございます』


健太は、ほっとした。


『それならよかった』


そこで会話は終わると思った。


しかし、つばさからもう一通届いた。


『大野さんって、姉のこと好きなんですか?』


健太は固まった。


スマートフォンを持つ手に、力が入る。


好きなのか。


自分は、つかさのことが好きなのだろうか。


今日、二人で話していて楽しかった。


彼女の役に立てたことも嬉しかった。


もっと知りたいと思ったのも事実だ。


だが、それが恋愛感情なのか、まだ自分でも分からなかった。


健太は、すぐに答えを出さず、正直に返信した。


『まだ分からないよ。つかささんのことを、もっと知りたいとは思ってる』


送信。


つばさからの返事は、すぐには来なかった。


五分後。


『そうなんですね』


その一言だけだった。


健太は、画面を見つめた。


つばさは、なぜ自分にそんな質問をしたのだろう。


姉のために、相手の気持ちを確かめたかったのか。


それとも、別の理由があるのか。


考え始めると、また答えの出ない迷路に入りそうだった。


健太はスマートフォンを置いた。


今は、分からないことを分からないままにしておこう。


そう決めたはずだ。


しかし、翌朝。


つばさから届いたメッセージによって、健太は再び戸惑うことになる。


『実は、大野さんに聞いてほしいことがあるんです。姉には、まだ内緒にしておいてください』

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