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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第4章 双子の女と、二人分の妄想

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第66話 姉の秘密、妹の作戦

五月二十三日、日曜日。


午前九時四十分。


大野健太は、草野球場のベンチでグローブの手入れをしていた。


今日、つかさとつばさが練習を見学に来る。


先週の試合に続き、二度目の訪問だった。


「おい、健太。今日はずいぶん早いな」


声をかけてきたのは、一塁手の石田雄二だった。


「いつもこのくらいだろ」


「いや、今日は練習開始までまだ二十分あるぞ。普段ならギリギリに来て、慌てて準備してるじゃないか」


「……たまには早く来ることもあるだろ」


石田は健太の顔をじっと見た。


「さては、あの双子が来るからだな?」


「声が大きい!」


健太は慌てて周囲を見回した。


すでに森川や田村たちが、こちらを見て笑っている。


「お前ら、いい加減にしろよ!」


「いやいや、いいことじゃないか。女性と知り合って、身だしなみに気を遣うようになるのは」


田村が穏やかに言った。


「ただし、野球をおろそかにするなよ」


「分かってるよ」


健太はグローブをはめた。


今は恋愛のことばかり考えるのではなく、目の前の練習に集中する。


そう決めていた。


午前十時。


グラウンドの入口に、見覚えのある二人の姿が現れた。


つかさは白いシャツに薄いグレーのカーディガン。


つばさは動きやすそうなパーカーに、黒いパンツを合わせている。


二人は並んで歩きながら、グラウンドを見渡していた。


「おはようございます!」


つばさが先に手を振った。


「おはよう。来てくれてありがとう」


健太が挨拶すると、つかさも丁寧に頭を下げた。


「今日は見学させていただきます。よろしくお願いします」


「そんなに堅くならなくても大丈夫だよ。気楽に見ていって」


健太は二人をベンチ近くの見やすい場所へ案内した。


つばさは早速、選手たちの動きを興味深そうに眺めている。


一方、つかさは少し離れた場所から、静かに練習を見ていた。


健太は、二人の違いを少しずつ理解できるようになっていた。


つばさは気になったことをすぐに質問する。


つかさは、まず自分で観察してから質問する。


同じ双子でも、確かに性格は違う。


しかし、それが恋愛の相性につながるかどうかは、まだ分からなかった。


*


練習が始まって三十分ほど経った頃。


休憩時間に、つばさが健太のところへやって来た。


「大野さん、ちょっと聞いてもいいですか?」


「何?」


「姉のことなんですけど」


健太は、思わず背筋を伸ばした。


また、つかさの恋愛についての相談らしい。


「つかささんがどうかした?」


つばさは、少し声を落とした。


「姉、実は最近、気になってる人がいるみたいなんです」


健太は目を見開いた。


「えっ?」


「でも、全然自分から動こうとしなくて。相手から誘われても、予定が分からないとか、もう少し考えたいとか言ってるんです」


「そうなんだ……」


健太は、何と答えるべきか迷った。


つかさに好きな人がいる。


その事実を聞いて、なぜか胸の奥がざわついた。


まだ、つかさを好きだと決めたわけではない。


それなのに、自分以外の男性を意識していると聞くと、少し残念な気持ちになる。


健太は、その感情を認めたくなかった。


「でも、慎重になる理由があるのかもしれないよ。無理に急がせないほうがいいんじゃないかな」


そう答えると、つばさは頬を膨らませた。


「それは分かってるんです。でも、姉って、失敗するのが怖いから何もしないところがあるんですよ」


「失敗するのが怖い……」


健太は、その言葉に反応した。


自分も、恋愛で失敗することを恐れている。


相手に嫌われたくない。


恥をかきたくない。


だから、相手の言葉を何度も考え、都合のいい意味を探してしまう。


つかさも、同じような気持ちを抱えているのだろうか。


「つばささんは、どうしてそこまでお姉さんの恋愛が気になるの?」


健太が尋ねると、つばさは少し困った顔をした。


「姉には幸せになってほしいんです。私、昔から姉に助けてもらってばかりだったから」


「助けてもらってばかり?」


「私、昔から思い立ったらすぐ行動するタイプで。失敗して落ち込むと、姉がいつも話を聞いてくれたんです」


つばさは、遠くにいる姉を見つめた。


「だから今度は、私が姉の背中を押したいんです。でも、押しすぎると怒られちゃうんですよね」


健太は苦笑した。


「大切だからこそ、難しいんだな」


「そうなんです」


つばさはうなずいた。


そのとき、背後から声がした。


「つばさ。何を話してるの?」


つかさだった。


つばさの顔が一瞬で固まった。


「あ、いや……野球の話!」


「野球の話で、どうして私の名前が出るの?」


「えっと、それは……」


つばさは目を泳がせた。


健太は、すぐに助け舟を出した。


「つかささんが、練習を見ていてどう感じたか、話してたんだよ」


嘘ではない。


ただし、話のすべてでもなかった。


つかさは健太を見つめたあと、妹に視線を戻した。


「そう。なら、いいけど」


そう言って、ベンチへ戻っていった。


つばさは、ほっと息を吐いた。


「ありがとうございます、大野さん」


「いや、別に……」


健太は、少しだけ複雑な気持ちになった。


つかさの恋愛について、本人の知らないところで話している。


姉を心配する妹の気持ちは理解できる。


しかし、つかさ本人が話したくないことまで、勝手に踏み込んでいいわけではない。


「つばささん」


「はい?」


「お姉さんのことを心配するのは分かるけど、本人が話したくないことなら、無理に聞き出さないほうがいいと思う」


つばさは、少し驚いた顔をした。


「……そうですよね」


「背中を押すのと、無理に動かすのは違うから」


その言葉を口にした瞬間、健太自身も考えさせられた。


自分は、女性から好意を持たれたいと思うあまり、相手の気持ちを自分の望む方向へ動かそうとしていなかっただろうか。


相手の意思を尊重する。


それは、相手が自分を選んでくれない場合にも必要なことだ。


つばさは、少し考えてから微笑んだ。


「大野さんって、思ったより真面目なんですね」


「思ったよりって何だよ」


「もっと勢いだけの人かと思ってました」


「おいおい……」


二人は笑った。


健太は、こうした何気ない会話が嬉しかった。


恋愛につながるかどうかは関係ない。


相手と自然に話せること自体に、意味がある。


そう思えた。


*


練習が終わる頃には、午後一時を過ぎていた。


つかさとつばさは、チームメイトたちに挨拶をして帰る準備を始めた。


「今日はありがとうございました。実際に見ると、やっぱり面白いですね」


つかさが言った。


「私は、ちょっとやってみたくなりました!」


つばさは楽しそうだった。


「本当に? だったら、まずは見学からでもいいし、簡単な練習を体験してみてもいいよ」


健太が提案すると、つばさはうなずいた。


「姉と相談してみます!」


「そうだね。私も、もう少し考えてみます」


つかさも笑った。


二人は並んで歩き出した。


その背中を見送りながら、健太はふと思った。


つかさには、気になっている男性がいる。


つばさは、姉の恋愛を心配している。


そして自分は、二人のことを知り始めたばかりだ。


それなのに、どこかで自分が二人の恋愛に関わる存在になれることを期待している。


健太は苦笑した。


「俺も、まだまだだな」


*


帰宅した午後四時過ぎ。


健太のスマートフォンに、つかさからメッセージが届いた。


『今日はありがとうございました。妹も楽しかったようです』


健太は返信した。


『こちらこそ、来てくれてありがとう。つばささんが興味を持ってくれたなら、よかったよ』


すると、つかさから、もう一通届いた。


『大野さんは、どうしてそんなに人の相談に乗ってくれるんですか?』


健太は画面を見つめた。


なぜだろう。


人に頼られると嬉しいから。


誰かの役に立ちたいから。


そして、もしかすると、頼られることで自分の価値を確かめたいから。


正直に考えると、理由はいくつもあった。


健太は、少し時間をかけて返信した。


『人の役に立てるのは嬉しいからかな。でも、相手のためと言いながら、自分が必要とされたいだけのときもあると思う』


送信してから、少し恥ずかしくなった。


こんなことを言う必要はなかったかもしれない。


しかし、つかさからの返信は意外なものだった。


『……私も、そういうところがあるかもしれません』


その一文を読んだ健太は、画面から目を離せなかった。


つかさにも、自分と似たところがあるのだろうか。


彼女が慎重になっている理由。


気になっている男性に踏み出せない理由。


その一端を、少しだけ知ることができた気がした。


けれど、健太はすぐに自分を戒めた。


似ているところがあるからといって、相性がいいとは限らない。


分かったつもりになるのも、まだ早い。


『もし話したいことがあれば、無理のない範囲で聞くよ』


健太はそう返した。


つかさからの返信は、しばらく来なかった。


そして夜になって届いたメッセージは、健太が予想していなかった内容だった。


『ありがとうございます。でも、今はまだ、自分で考えてみたいです』


健太は、その文章を静かに読み返した。


以前なら、断られたように感じて落ち込んでいたかもしれない。


しかし今は、少し違った。


つかさは、自分で考えたいと言っている。


ならば、その気持ちを尊重すればいい。


健太は短く返信した。


『分かった。応援してるよ』


それ以上は、何も聞かなかった。


スマートフォンを置いた健太は、窓の外を眺めた。


恋愛は、誰かを説得して手に入れるものではない。


相手が自分で選ぶことを、待てるかどうか。


それもまた、大切なことなのかもしれない。


ただし、健太はまだ知らなかった。


つかさが気になっている男性と、つばさが健太に話そうとしていること。


その二つが、近いうちに思いがけない形で交差することを。

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