↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第4章 双子の女と、二人分の妄想

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/71

第65話 好きな人はいますか?

五月十五日、土曜日。


午後四時三十二分。


大野健太は、自宅のソファに座り、スマートフォンの画面を見つめていた。


つばさから届いたメッセージ。


『今日はありがとうございました! 実は、もう一つ聞きたいことがあるんですけど……』


その続きが、ようやく届いたのだ。


『大野さんって、今、好きな人いますか?』


「……え?」


健太は声を漏らした。


もう一度読む。


好きな人はいますか。


確かに、そう書いてある。


野球のことでも、運動のことでもない。


恋愛の話だった。


健太の心臓が、急に忙しくなった。


――何で、そんなことを聞くんだ?


――俺に興味があるのか?


――それとも、単純に恋愛話が好きなのか?


いくつもの考えが頭の中を駆け巡る。


以前の健太なら、すぐに都合のいい結論を出していただろう。


「これは脈ありだ!」


そう決めつけ、期待を膨らませていたに違いない。


しかし、今は少しだけ違った。


彼はスマートフォンを置き、深呼吸した。


質問されたことは事実。


その理由は、まだ分からない。


ならば、まずは正直に答えればいい。


健太は文章を打ち始めた。


『今は特にいないかな。最近、知り合った人と話す機会は増えたけど、まだ誰かを好きだと言えるほどではないよ』


送信する。


嘘はつかなかった。


つかさとつばさのことは気になっている。


だが、二人のことをほとんど知らない段階で、恋愛感情だと言い切るのは違うと思った。


数分後、返信が届いた。


『そうなんですね! 実は、姉のつかさにも同じことを聞こうと思ってたんです』


健太は首をかしげた。


つかさにも?


さらにメッセージが続く。


『姉って、恋愛になると慎重すぎるところがあって。私はもう少し積極的になったらいいのにって思うんです。大野さんは、どう思いますか?』


健太は、ゆっくりと息を吐いた。


なるほど。


これは、自分への恋愛的な関心を示す質問ではなく、姉について相談するための前置きだったらしい。


もちろん、そうだと決まったわけでもない。


だが、少なくとも、つばさの文章から読み取れるのは、姉の恋愛について話したいということだった。


健太は、正直なところ少しだけ残念だった。


それでも、以前のように勝手に期待して、勝手に傷つくよりはいい。


『人それぞれだと思うよ。慎重なのが悪いわけじゃないし、積極的なのが正解とも限らないからね』


そう返すと、つばさからすぐに返信が来た。


『やっぱり、そうですよね。私、姉のことになるとつい口を出しちゃうんです』


『仲がいいんだね』


『仲はいいですよ! でも、姉は私の恋愛にも口を出してくるんですけどね(笑)』


健太は思わず笑った。


双子だからといって、いつも意見が一致するわけではない。


姉には姉の考えがあり、妹には妹の考えがある。


当たり前のことだ。


だが、自分は二人を、まだ「双子の女性」として見ている部分があった。


つかさという一人の女性。


つばさという一人の女性。


それぞれの考えや悩みを知るには、まだ時間が必要だった。


*


翌日、五月十六日。


健太は草野球の練習を終え、チームメイトの藤井直樹とファミレスに立ち寄った。


藤井は三十三歳。社交的で、恋愛経験も健太より多い。


ただし、本人いわく、交際が長続きしないのが悩みらしい。


「それで、双子の妹から恋愛相談を受けたって?」


健太が昨日のメッセージについて話すと、藤井はポテトをつまみながらうなずいた。


「別に珍しいことじゃないだろ。知り合いに恋愛の話を聞くことくらいある」


「でも、好きな人がいるか聞いてきたんだぞ」


「うん」


「それって、何か意味があると思わないか?」


藤井はしばらく健太を見つめた。


「大野。お前、何を期待してる?」


「……いや、別に」


「別にって顔じゃないな」


健太は苦笑した。


「少しは、俺に興味があるのかなって」


「そりゃ、人としての興味はあるかもしれない。でも、恋愛感情かどうかは分からないだろ」


「分かってるよ」


「本当に?」


その問いに、健太は黙り込んだ。


藤井は、責めることなく続けた。


「俺も昔、女性に相談されたとき、頼られてるのが嬉しくて、勝手に特別な存在だと思ったことがある。でも、相談相手と恋人は別なんだよな」


「……そうだな」


「だから、相談されたこと自体を喜べばいい。相手が何を考えてるかは、本人が話してくれるまで決めつけない。それでいいんじゃないか?」


健太はコップの水を飲んだ。


以前、Yumiの恋愛相談に乗っていた頃を思い出す。


自分は彼女に頼られるたびに、少しずつ期待を膨らませていた。


相談される。


感謝される。


優しいと言われる。


その一つ一つを、恋愛の可能性につなげてしまった。


結果、Yumiが別の男性と付き合い始めたとき、自分だけが置いていかれたような気持ちになった。


彼女は、最初から恋人になる約束などしていなかったのに。


「俺、また同じことをしそうになってた」


健太が言うと、藤井はうなずいた。


「気づけたなら、前よりマシだよ」


「でも、期待する気持ちは消えないな」


「消さなくていいだろ。好きになること自体は悪くない。ただ、相手の気持ちを自分の期待で塗り替えないことだ」


その言葉は、健太の胸に残った。


*


その日の夜。


健太は、つかさにもメッセージを送った。


内容は、次の練習日についての連絡だった。


つばさが運動に興味を持っているなら、見学できる日を知らせておいたほうがいいと思ったのだ。


『来週の日曜日、午前中に練習する予定だよ。見学するなら、無理のない範囲で来てね』


しばらくして、つかさから返信があった。


『ありがとうございます。妹と相談してみますね』


そのあと、もう一通届いた。


『ところで、大野さんは、つばさと何か話しましたか?』


健太は画面を見つめた。


姉から妹のことを聞かれた。


何かあったのだろうか。


彼は慎重に返事をした。


『昨日、少しだけメッセージで話したよ。つかささんの恋愛について、妹さんが心配してるみたいだった』


送信すると、つかさから返信が来るまで、少し時間がかかった。


『そうなんですね。あの子、昔から私のことを心配しすぎるんです』


続いて、


『私は私で、妹のことが心配なんですけどね』


健太は、思わず微笑んだ。


同じ顔をした二人が、お互いのことを心配している。


その関係は、健太が想像していた恋愛ドラマよりも、ずっと自然で温かいものに思えた。


『お互いに大切なんですね』


そう送ると、つかさは短く返信した。


『はい。大切な妹ですから』


その言葉に、健太は少しだけ胸が温かくなった。


そして、同時に気づいた。


自分はまだ、二人のことを知らない。


つかさが恋愛に慎重になった理由も。


つばさが姉を心配する理由も。


二人が何を大切にしているのかも。


それを知る前に、どちらかを恋愛対象として選ぼうとするのは、順序が違うのかもしれない。


健太はノートを開き、今日の出来事を書き込んだ。


『質問されたからといって、好かれているとは限らない。相談されたからといって、特別な存在とは限らない。相手を知ることと、相手に選ばれることを混同しない』


書き終えたところで、スマートフォンが震えた。


つばさからだった。


『大野さん、来週の練習、姉と一緒に見に行きます! あと、今度は姉も交えて恋愛の話を聞いてもいいですか?』


健太は、思わず笑った。


恋愛の話。


つかさも一緒に。


また新しい期待が生まれそうになる。


だが、今度はすぐに結論を出さなかった。


『もちろん。話せる範囲なら、いつでもどうぞ』


そう返して、スマートフォンを置いた。


二人の姉妹が、自分に何を求めているのか。


まだ答えは分からない。


ただ、これだけは分かっていた。


健太は、彼女たちの物語の主人公ではない。


彼女たちには、彼女たち自身の人生がある。


そのことを忘れずにいられるかどうか。


次の日曜日、健太はもう一度、試されることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。