↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第4章 双子の女と、二人分の妄想

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/71

第63話 最初に届いたメッセージ

五月二日、日曜日。


午前九時十五分。


大野健太は、布団の中でスマートフォンを握りしめていた。


画面には、昨日交換したばかりの連絡先が表示されている。


つかさ。


つばさ。


たった二つの名前が並んでいるだけなのに、健太には特別なものに見えた。


「……どっちに送る?」


昨日、別れ際に二人から連絡先を教えてもらった。


理由は、草野球の試合日程を知らせるため。それ以上でも、それ以下でもない。


頭では分かっていた。


だが、いざメッセージを送ろうとすると、妙に緊張する。


つかさに送れば、落ち着いた雰囲気の彼女ともっと話せるかもしれない。


つばさに送れば、野球の話題から仲良くなれるかもしれない。


そんな考えが浮かんでは消える。


「いや、試合の連絡なんだから、両方に送ればいいだろ……」


健太は自分に言い聞かせ、まずはグループで連絡する方法を考えた。


しかし、三人のグループはまだ作っていない。


個別に送るなら、内容を変えたほうがいいのだろうか。


つかさには丁寧に。


つばさには明るく。


相手に合わせること自体は悪くない。だが、健太は文章を何度も書き直すうちに、ただの日程連絡を恋愛の作戦に変え始めていた。


結局、送ったのは次の文章だった。


『昨日はありがとうございました。草野球の試合日程が決まったら、また連絡します。よかったら木村さんも含めて、みんなで見に来てください』


送信。


健太はスマートフォンを伏せた。


「よし。これでいい」


ところが、三分もしないうちに画面を確認した。


返信はない。


五分後、もう一度確認する。


やはりない。


「日曜日だし、まだ寝てるかもしれないしな」


自分に言い訳をして、スマートフォンを机に置いた。


そのとき、通知音が鳴った。


健太は反射的に画面をつかんだ。


届いたのは、つばさからだった。


『こちらこそ、ありがとうございました! 野球の日程、楽しみにしてますね!』


最後には、笑顔の絵文字がついていた。


「おおっ……!」


思わず声が出た。


健太は布団から起き上がり、文章を何度も読み直した。


楽しみにしている。


それは、試合を楽しみにしているという意味だ。


分かっている。


それでも、わざわざ自分に返信してくれたことが嬉しかった。


『ありがとう! 日程が決まったら連絡するね』


そう返すと、健太はしばらく画面を眺めた。


会話はそこで終わった。


だが、健太の気分は午前中いっぱい明るかった。


昼過ぎ、今度はつかさから返信が来た。


『ご連絡ありがとうございます。予定が合えば、ぜひみんなで見に行きたいです』


こちらは絵文字もなく、落ち着いた文章だった。


健太は二つの返信を見比べた。


つばさは明るい。


つかさは丁寧。


そして、また余計な分析を始めた。


――つばさは、誰にでも明るいタイプなのかもしれない。


――つかさは、慎重だからこそ、言葉を選んでいるのかもしれない。


――いや、俺に対してだけ丁寧なのか?


「……何を考えてるんだ、俺は」


健太はスマートフォンを置いた。


先月まで、彼は佐々木という男性を好きな女性の相談相手になっていた。


相手の言葉を都合よく解釈し、期待を膨らませ、最後には傷ついた。


その経験を、もう忘れたのか。


健太は机の引き出しから、小さなノートを取り出した。


そこには、自分への戒めが書いてある。


『相手の親切は、恋愛の証拠ではない』


その一文を見て、健太は苦笑した。


「また同じことを繰り返すところだったな」


そう呟いたものの、心のどこかには、二人と仲良くなれるかもしれないという期待が残っていた。


それを無理に消す必要はない。


期待することと、期待を相手に押しつけることは違う。


健太はそう考えることにした。


*


その日の夕方、木村から電話がかかってきた。


「おう、大野さん。二人に連絡した?」


「したよ。試合の日程が決まったら知らせるって」


「それだけ?」


「それだけって何だよ」


「いや、余計なこと書いてないかと思って」


「書いてないわ!」


健太は少しムキになった。


電話の向こうで木村が笑う。


「ならいい。二人とも、普通に返信してくれたんだろ?」


「ああ。つばささんは明るい感じで、つかささんは丁寧な感じだった」


「へえ。それで、どっちが気になる?」


健太は黙った。


正直に言えば、二人とも気になっている。


ただし、それは恋愛感情というより、可能性を想像している段階だった。


「……まだ分からない」


「珍しいな。いつもなら、もう片方の返信を待ちながら結婚生活まで考えてるのに」


「お前、俺を何だと思ってるんだよ!」


「勘違いしやすい男」


即答だった。


健太は反論しかけたが、言葉が出なかった。


「でもさ、大野さん。今回は二人とも、最初からお前を恋愛対象として紹介されたわけじゃない。知り合いとして会ったんだ。だから、焦らず普通に付き合っていけばいい」


「分かってる」


「それと、双子だからって、二人をセットで考えるなよ。つかささんはつかささん、つばささんはつばささんだ。それぞれ別の人間なんだから」


その言葉に、健太は少し考え込んだ。


自分は、双子という珍しさに浮かれていたのかもしれない。


二人を知りたいと思いながら、実際には自分の恋愛の可能性ばかり見ていた。


「……そうだな。ちゃんと一人ずつ話してみるよ」


「その調子」


電話が終わったあと、健太はカレンダーを見た。


次の草野球の試合は、五月中旬の予定だった。


まだ日程は確定していない。


二人が本当に見に来るかも分からない。


それでも、健太は少しだけ楽しみになっていた。


試合に来てくれれば嬉しい。


来られなくても、それだけで落ち込む必要はない。


そう思える自分が、ほんの少しだけ成長した気がした。


しかし、その夜。


健太はつかさとつばさのプロフィール写真を交互に見ていた。


顔は似ている。


笑顔も似ている。


けれど、つばさの写真には明るい雰囲気があり、つかさの写真には落ち着いた印象があった。


「……やっぱり、どっちもいいな」


口にした瞬間、健太は自分の額を軽く叩いた。


「だから、まだ何も始まってないだろ!」


部屋に響いた声を聞き、母親の美代子が廊下から尋ねた。


「健太? 何を騒いでるの?」


「いや、何でもない!」


慌ててスマートフォンを伏せる。


三十六歳の男が、母親に聞かれるのを恐れながら、女性二人のプロフィールを見比べている。


その現実に、健太は少し恥ずかしくなった。


それでも、胸の奥には小さな期待が残っていた。


今度こそ、相手をよく知ろう。


勝手に答えを決めつけず、相手の気持ちを尊重しよう。


そう決意した健太は、スマートフォンを充電器につないだ。


翌週、木村から草野球の試合日程が確定したと連絡が入る。


そして、つかさとつばさの返事によって、健太は早くも自分の期待を試されることになる。


二人が見に来る理由は、健太が想像しているものとは少し違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。