第49話 「告白するタイプ?」その質問に、俺は三つの答えを用意した
二〇二一年三月七日、日曜日。
スマートフォンの画面には、ゆみから届いたメッセージが表示されていた。
『そういえば、大野さんって、好きな人ができたら自分から告白するタイプ?』
俺は、その一文を何度も読み返していた。
自分から告白するタイプか。
そんなもの、決まっている。
告白したことがないのだから、タイプも何もない。
だが、正直に答えてしまっていいのだろうか。
いや、待て。
そもそも、なぜ彼女はそんなことを聞いてきたのだろう。
俺に興味があるから?
俺の恋愛経験を知りたいから?
それとも、誰かに告白しようとしていて、男の意見を聞きたいだけなのか。
最後の可能性を考えた瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなった。
俺は返信欄に文字を打ち込んだ。
『好きな人ができたら、告白すると思うよ』
消した。
これでは、いかにも恋愛経験がある男のようではないか。
次に打った。
『実は今、好きな人がいるんだよね』
慌てて消した。
これでは、ゆみに気があると告白しているようなものだ。
いや、実際に気はある。
だが、今ここで伝えるべきなのか。
俺はスマートフォンを置き、冷蔵庫から水を取り出した。
水を飲んでも、答えは出なかった。
結局、十分ほど悩んだ末に、俺はありのままを送った。
『今まで告白したことがないから、正直よく分からないかな。でも、本当に好きになったら、自分の気持ちは伝えたいと思うよ』
送信。
既読がついた。
心臓が跳ねた。
『そっか! ちゃんと伝えたいって思えるのはいいことだと思うよ』
続けて、もう一通。
『実はね、友達が気になってる人がいるらしくて。どうやって距離を縮めたらいいのかなって話になったんだよね』
……友達。
俺は画面を見つめた。
なるほど。
そういうことだったのか。
いや、待て。
友達の相談というのは、本当なのだろうか。
恋愛相談をするために、わざわざ俺に質問した。
それなら、俺のことを少しは信頼してくれているのかもしれない。
しかし、信頼と恋愛感情は別だ。
最近、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。
『友達の話なら、相手がどういう人なのかにもよるんじゃないかな。まずは普通に話すところからでいいと思う』
送ると、ゆみから笑顔のスタンプが返ってきた。
『大野さん、意外と真面目だね!』
意外と。
その言葉が少し引っかかった。
俺は彼女に、どんな男だと思われているのだろう。
真面目で、優しくて、話しやすい。
それは悪い評価ではないはずだ。
だが、それだけで恋愛対象になれるわけではない。
俺はスマートフォンを伏せた。
今日は、これ以上考えない。
そう決めたはずだった。
*
翌週、職場で木村亮にその話をした。
「それ、脈ありなんじゃないか?」
木村は昼休みの弁当を食べながら、あっさり言った。
「えっ、そう思う?」
「いや、知らんけど」
「知らんのかよ!」
「だって、ゆみの本心なんて本人にしか分からんだろ。友達の相談って言ってるなら、まずはそのまま受け取ればいいんじゃないか」
正論だった。
俺が勝手に期待しているだけで、ゆみは何も約束していない。
「でもさ、わざわざ俺に聞く必要あるか?」
「お前が恋愛経験ないって知ってるから、聞きやすかったんじゃないか?」
「それ、慰めてる?」
「事実を言ってるだけ」
木村は笑った。
俺は弁当の唐揚げを口に入れた。
悔しいが、否定できなかった。
「それより、大野。今度、ゆみたちとまた飲みに行くことになったぞ」
「えっ?」
「美穂とあかねも来る。お前も来るだろ?」
「もちろん!」
返事が早すぎた。
木村がにやりと笑う。
「お前、ゆみがいると元気になるな」
「そ、そんなことないだろ」
「じゃあ、来なくてもいいぞ」
「行く!」
「はいはい」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
好きな人がいる場所に行きたい。
それ自体は、悪いことではないと思う。
ただ、ゆみと会えることばかりを目的にして、彼女が自分を好きになってくれるはずだと考え始めたら、また同じ失敗をする。
俺は、彼女と話せる時間を楽しもう。
それ以上のことは、まだ分からない。
*
飲み会は三月十三日の土曜日に決まった。
集合場所や時間を確認していると、ゆみから個別にメッセージが届いた。
『大野さん、今度の飲み会、楽しみにしてるね!』
俺は思わず笑った。
だが、すぐに返信する。
『俺も楽しみにしてるよ。みんなでゆっくり話そう』
送信してから、少しだけ迷った。
本当は、二人きりで会いたかった。
でも、今の俺には、彼女が二人きりで会いたいと思っているのかどうかさえ分からない。
ならば、分からないことを勝手に決めつけない。
それだけだ。
スマートフォンを机に置き、俺はランニングシューズを履いた。
外はまだ肌寒かった。
走り始めて数分で息が上がり、足も重くなった。
それでも、以前より少しだけ長く走れるようになっていた。
恋愛は、努力した分だけ結果が出るものではない。
走ることだって、すぐに理想の体になれるわけではない。
それでも、続けた分だけ自分に残るものはある。
俺は息を整えながら、夜の道を走った。
ゆみに好かれたい。
その気持ちは、まだ消えていない。
けれど、彼女の気持ちを勝手に決めることだけは、少しずつやめていきたいと思った。
土曜日の飲み会で、俺はどんな話をするのだろう。
そして、ゆみが相談していたという友達は、本当にただの友達なのだろうか。
答えはまだ、分からない。
ただ一つ分かっているのは――。
俺はもう、彼女から届くメッセージだけで、自分の人生のすべてを決めたくはなかった。




