第39話 クリスマスまでに彼女を作る、男たちの無謀な計画
十一月二十二日、日曜日。
ドリーム・エース・ナインのメンバー十二人は、久しぶりに全員そろってファミリーレストランに集まっていた。
テーブルの上には、ハンバーグ、唐揚げ、ポテト、山盛りのライス。
食事の量だけなら、全員が高校球児のようだった。
「もうすぐクリスマスやな」
中村拓郎が、ポテトをつまみながら言った。
「それがどうした?」
田村剛が尋ねる。
「どうしたもこうしたもあるか! 今年も彼女なしで終わるんか、俺らは!」
「俺らって言うな。全員を巻き込むな」
藤井直樹が冷静に突っ込んだ。
「少なくとも、森川はデートしてるやろ」
石田雄二が言うと、森川信也は照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、順調と言えば順調やな。次も会う約束してるし」
「くそっ! こいつだけ先に進みやがって!」
岡本修が悔しそうにテーブルを叩いた。
その勢いで、取り皿のポテトが一本落ちた。
「まずは食べる量を減らしたらどうや」
山本和也が、岡本の腹を見ながら言った。
「なんでやねん! 恋愛と食事は関係ないやろ!」
「健康状態と生活習慣は関係ある。あと、食べながら怒鳴ると、口の中のものが飛ぶ」
「お前、ほんまに分析ばっかりやな!」
テーブルが笑いに包まれた。
健太も笑った。
こうして仲間たちと騒いでいる時間は、楽しかった。
だが、彼らの話題が恋愛になるたび、健太は自分だけが取り残されているような気持ちになった。
*
「よし、決めた!」
中村が突然、両手を叩いた。
「今年のクリスマスまでに、全員、恋愛で何か一歩進める!」
「何やねん、その目標」
田村が眉をひそめた。
「目標がないから、みんなダラダラしてるんや! 期限を決める! 行動する! 結果を出す!」
「恋愛は営業成績ちゃうぞ」
藤井が言った。
「分かってるわ! でも、何もせんよりええやろ!」
中村の言葉に、健太は少しだけ心を動かされた。
期限。
目標。
行動。
仕事なら、当たり前に考えることだった。
恋愛にも、同じような計画があればいいのではないか。
「具体的には、どうするんや?」
健太が尋ねた。
「まずは身だしなみを整える。次に、異性と話す機会を増やす。チャンスがあったら食事に誘う!」
「そのチャンスって、どう判断するん?」
山本が尋ねた。
「そら、相手の反応やろ」
「反応の判断基準は?」
「……楽しそうかどうか?」
「笑顔なら好意があるとは限らんぞ」
「山本、お前は黙っとけ!」
また笑いが起きた。
健太は、笑いながらも考えていた。
自分には、具体的な目標が必要なのかもしれない。
いつか恋人ができたらいい。
そんな曖昧な願いでは、何も変わらない。
ただし、クリスマスまでに彼女を作るという目標は、少し違う気もした。
相手の都合や気持ちを無視して、期限までに結果を出そうとする。
それは、恋愛を仕事のように扱うことではないだろうか。
「健太は、どうするん?」
田村に聞かれ、健太は少し考えた。
「俺は……まず、普通に女性と話せるようになりたい」
「ええやん」
石田がうなずいた。
「そのうえで、気になる人がいたら、相手の都合を考えて食事に誘えるようになりたい」
「おお、具体的やな!」
中村が満足そうに笑った。
「ただ、断られたら、ちゃんと引く」
健太が付け加えると、藤井がうなずいた。
「それなら、ええ目標やと思う」
健太は、少しだけ胸を張った。
初めて、自分で考えた目標だった。
*
会議は、いつの間にかダイエットの話へ移っていた。
「恋愛以前に、体力が落ちすぎてる」
森川が、自分のランニングシューズの話をした。
「この前、ゆかりさんと歩いたんやけど、途中で疲れそうになってな。情けなくて、翌日から走り始めた」
「お前、ほんまに変わったな」
田村が感心した。
「いや、まだまだや。体重も落とさなあかんし」
石田も、自分の食生活を見直していると話した。
「俺、夜に食べすぎてたわ。仕事終わって腹減ってるから、つい二人前くらい食べてまうねん」
「二人前で済んでるんか?」
中村が笑った。
「うるさいわ!」
山本は、全員の生活習慣を記録して比較する案を出したが、藤井に止められた。
「健康のためにやるんやろ。人の体重を勝手に公開するなよ」
「分かってる。希望者だけで記録すればええ」
田村は、週に二回、練習のない日に歩くことを提案した。
無理な食事制限はしない。
高価な道具を買うことより、続けられる運動を優先する。
体重だけでなく、疲れにくさや睡眠も意識する。
そんな話が、少しずつまとまっていった。
「健太も参加するか?」
藤井が尋ねた。
「……するわ」
健太は答えた。
「恋愛だけやなくて、体もちゃんと整えたいしな」
それは本心だった。
最近、仕事から帰ると疲れが抜けない。
夜更かしも増えている。
食事の時間も不規則になりがちだった。
このままではいけない。
そう思うきっかけが、ようやくできた気がした。
ただ、健太はまだ気づいていなかった。
仲間たちの中には、恋愛の成功をきっかけに生活全体を変え始めている者がいることを。
彼らは、誰かに好かれるためだけではなく、自分の人生を少しずつ良くするために動き始めていた。
*
午後四時。
ファミリーレストランを出た健太は、駅まで一人で歩いていた。
街には、クリスマスの飾りつけが増え始めていた。
店のショーウインドーには、赤や緑の装飾が並んでいる。
恋人たちが楽しそうに歩いていた。
健太は、その姿を見て、胸の奥が少し痛くなった。
自分も、あんなふうに歩いてみたい。
クリスマスの夜に、誰かと食事をして。
寒いね、と笑いながら、同じ方向へ帰る。
そんな普通の時間を過ごしてみたい。
スマートフォンを取り出すと、真紀とのメッセージ画面が目に入った。
最後のやり取りは、ボランティア活動への参加確認。
新しいメッセージはない。
健太は、何か送ろうかと考えた。
しかし、今は用事がない。
クリスマスまでに彼女を作る。
仲間たちは、そういう目標を掲げた。
けれど、真紀を自分の目標達成のための相手にしてはいけない。
健太は、その考えを忘れないようにした。
そして、スマートフォンをしまった。
*
その夜。
健太は、ノートを一冊取り出した。
表紙には、何も書いていない。
最初のページに、ゆっくりと文字を書いた。
『クリスマスまでにやること』
一つ目。
『清潔感を意識する。服装、髪型、口臭など、基本を整える』
二つ目。
『女性と話すとき、相手の話を最後まで聞く』
三つ目。
『相手の笑顔や親切を、勝手に好意だと決めつけない』
四つ目。
『誘うときは、相手が断りやすい言い方をする。断られたら、しつこくしない』
五つ目。
『週に二回は歩く。夜更かしを減らす』
書き終えた健太は、ノートを見つめた。
これなら、できるかもしれない。
恋人ができるかどうかは、自分だけでは決められない。
けれど、自分の行動なら変えられる。
それは、仕事でも野球でも同じだった。
健太は、少しだけ前向きな気持ちになった。
ただ、ページの一番下に、小さく書き足した。
『できれば、クリスマスまでに彼女を作る』
結局、そこだけは消せなかった。
相手の気持ちを尊重したい。
無理に期待を押しつけたくない。
そう考える一方で、誰かに選ばれたいという願いも、強く残っていた。
健太はノートを閉じた。
十二月二十五日まで、あと三十三日。
彼はまだ、自分の目標がどんな結果をもたらすのか知らない。
仲間たちは、少しずつ変わり始めている。
森川は、ゆかりとの関係を焦らず育てようとしていた。
田村は、自分の考えを相手に押しつけないよう意識し始めていた。
石田は、食事の量を見直すことを決めた。
それぞれが、小さな一歩を踏み出していた。
健太も、同じように歩き始めたつもりだった。
しかし彼の心には、まだ一つの大きな思い込みが残っていた。
努力を重ねれば、いつか恋愛は報われる。
その信念が崩れるまで、彼は何度も期待し、何度も傷つくことになる。
そして、クリスマスは確実に近づいていた。




