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『性欲と肉体のナイトゲーム』  作者: こうた
第2章 2020年夏――恋愛作戦会議、開幕

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22/77

第22話 経験者は語る。ただし、正解とは限らない

 七月十八日、土曜日。


 大阪の空は、朝から蒸し暑かった。


 新型コロナウイルスの影響で、以前のように気軽に集まることが難しくなっていた。それでも、ドリーム・エース・ナインの男たちは、久しぶりに顔を合わせることになった。


 場所は、いつもの大衆食堂「まる福」。


 テーブルの上には、唐揚げ定食、焼きそば、豚の生姜焼き、そして誰が注文したのか分からない大盛りのカツ丼が並んでいる。


「おい、石田。お前、また大盛りか」


 大野健太が向かい側の男を見た。


 石田雄二は、箸を持ったまま顔を上げた。


「何や。食べたらあかんのか」


「いや、先週も大盛り食うてたやろ」


「先週は先週、今日は今日や」


「その理屈でいったら、お前、一生大盛りやんけ」


「せやから何やねん。食べることは生きることや」


「名言みたいに言うな!」


 テーブルに笑い声が広がった。


 田村剛が、手を叩いた。


「はいはい、食べるのはええけど、今日は大事な話があるんや」


「また作戦会議か?」


 森川信也が面倒くさそうに言った。


「当たり前や。俺らは今、人生を変えようとしてるんやぞ」


「人生変える前に、森川の体重を変えたほうがええんちゃうか」


 中村拓郎が茶化した。


「誰が太った言うた!」


「誰も太ったとは言うてへん。体重を変えたほうがええと言うただけや」


「それを太った言うんや!」


 また笑いが起きた。


 健太も笑っていた。


 こうしていると、高校時代に戻ったような気分になる。


 ただし、あの頃と違うのは、全員が三十代半ばになり、仕事や家族、金銭、健康といった現実を抱えていることだった。


 そして、もう一つ。


 彼らは今、全員で恋愛を何とかしようとしていた。


 もっとも、その方法については、誰一人として確かな答えを持っていなかった。


     *


「ほな、始めるで」


 田村がスマートフォンをテーブルに置いた。


「前回の目標は覚えてるな?」


「女性と飯を食う」


 森川が即答した。


「正確には、年末までに、相手の気持ちや都合を尊重しながら、女性と食事に行くことや」


 田村が訂正する。


「何やねん、その細かい条件。食事くらい気軽に行かせてくれや」


 岡本修が不満そうに言った。


「その気軽さで失敗してきたから、今こうして集まってるんやろ」


 藤井直樹が笑った。


 岡本は口をつぐんだ。


「今日は藤井に話してもらう。こいつは俺らの中では、比較的、女性と付き合った経験があるからな」


「比較的って何や。俺を何やと思ってんねん」


「恋愛経験者」


「そのまんまやないか!」


 田村が手を挙げた。


「藤井、頼むわ」


「分かった、分かった」


 藤井は水を飲んでから、全員を見回した。


「まず聞くけど、お前ら、恋愛経験がある男って、どんな男やと思う?」


「彼女がおる男」


 石田が答えた。


「まあ、それも一つやな」


「女の扱いがうまい男やろ」


 森川が続いた。


「それも違うとは言わんけど、必ずしもそうやない」


「何やねん。もったいぶらんと答えろや」


 中村が急かした。


 藤井は苦笑した。


「俺な、これまで何人かの女性と付き合ったことがある」


「知っとるわ!」


「高校のときの彼女もおったし、社会人になってから付き合った人もおる。デートもしたし、旅行にも行ったことがある」


 男たちは、それぞれの反応を見せた。


 羨ましそうな顔をする者。


 興味深そうに聞く者。


 明らかに面白くなさそうな顔をする者。


 健太は黙って藤井を見ていた。


 自分には、一度も経験のない話だった。


「でもな」


 藤井は続けた。


「付き合ったことがあるからって、相手の気持ちが分かるようになるわけやない」


「何でや?」


 田村が尋ねた。


「俺も、付き合ってた頃は、自分では相手のことを分かってるつもりやった。でも、今考えたら、分かってへんかったことが多い」


「例えば?」


「相手が疲れてるときに、何で元気がないんやって聞いたりな。俺は心配してるつもりやった。でも、相手からしたら、疲れてる理由をいちいち説明するのもしんどかったかもしれん」


「それくらい普通にあるやろ」


 森川が言った。


「せやな。普通にある。問題は、そのあとや」


「そのあと?」


「相手が『今日は疲れてるから、ゆっくりしたい』って言うたとするやろ。そこで俺は、『せっかく会えたのに』って思ってしまうことがあった」


 藤井は、少し苦い顔をした。


「相手が休みたいと言うてるのに、自分が会いたい気持ちを優先してたんや。相手のために会いに行ってるつもりで、実際には自分が会いたかっただけやった」


 テーブルの上から、笑い声が消えた。


「……それで別れたんか?」


 健太が尋ねた。


「それだけやない。ほかにもいろいろあった。でも、そういう小さいことが積み重なっていくんやろな」


 藤井は肩をすくめた。


「俺は恋愛経験がある。けど、恋愛がうまいかと言われたら、自信はない」


 その言葉に、健太は少し驚いた。


 藤井は、いつも明るかった。


 女性と自然に話せる。


 冗談も言える。


 連絡先を交換することにも、食事に誘うことにも、それほど抵抗がない。


 健太から見れば、恋愛に関する悩みなど、少ない人間に思えていた。


 しかし、藤井にも失敗があった。


 それも、健太が想像していたような、単純な失敗ではなかった。


     *


「ほな、質問や」


 田村が身を乗り出した。


「女性と付き合うには、何が一番大事なんや?」


「いきなり正解を聞くなや」


 藤井が笑った。


「経験者やろ。教えろや」


「経験者でも分からんことはあるって、今、話したとこやろ」


「それでは作戦会議にならんやないか!」


「お前、恋愛を野球の作戦会議と同じに考えてへんか?」


 藤井の言葉に、田村は黙った。


 健太は、そのやり取りを聞きながら考えていた。


 野球なら、作戦を立てられる。


 相手の投手の癖を調べる。


 打順を考える。


 守備位置を決める。


 練習を繰り返せば、少しずつ上達する。


 しかし、恋愛では、相手も自分と同じように考え、感じ、行動する。


 こちらが正しいと思った方法でも、相手には合わないことがある。


 こちらが喜ばせようとしてしたことでも、相手が望んでいなければ、負担になることもある。


「健太はどう思う?」


 突然、藤井に名前を呼ばれた。


「えっ、俺?」


「そうや。お前は、女性と付き合うには何が大事やと思う?」


 健太は腕を組んだ。


 正直に言えば、分からない。


 清潔感か。


 会話力か。


 経済力か。


 見た目か。


 どれも大切なのだろう。


 けれど、それだけで恋愛が成立するわけではないことも、最近、少しずつ分かってきた。


「……相手の気持ちを、勝手に決めつけへんことやと思う」


 健太が答えた。


 藤井はうなずいた。


「そうやな」


「俺、これまで、女性が優しくしてくれたら、自分に気があるんちゃうかって考えてた。でも、そんなこと、本人に聞かな分からへんし……そもそも、相手は普通に接してくれてるだけかもしれん」


「うん」


「あと、自分が何かしてあげたら、相手に喜んでもらえると思ってた。でも、相手が何をしてほしいか聞いてへんかったら、こっちの自己満足になることもあるんやなって」


 健太は、そこで言葉を切った。


 先日の病院での出来事が、頭に浮かんでいた。


 父親が話している途中で、自分が代わりに答えようとしたこと。


 医師に、本人が話すのを待つように言われたこと。


 あれは、恋愛とは直接関係のない出来事だった。


 しかし、根本にあるものは、同じなのかもしれない。


「お前、ちょっとずつ変わってきたな」


 藤井が言った。


「いや、まだ全然や。頭で分かってても、実際にできるかは別やし」


「それが分かってるだけでも、前進や」


 健太は照れくさくなり、唐揚げに手を伸ばした。


「まあ、食べながら考えようや」


「お前は何でも食べる理由にするな!」


 田村の突っ込みに、再び笑い声が起きた。


     *


 そのとき、森川が腕を組んだまま口を開いた。


「でもな、結局、男は自信がないとあかんと思うねん」


「また始まった」


 中村が小さくつぶやいた。


「何や、その顔は」


「いや、森川の自信は、昔の球速の話しかないからな」


「高校時代、俺は百三十キロ近く出してたんやぞ!」


「今は?」


「……今は測ってへん」


「測ってへんのに、近く出してたって言い切るんかい!」


 笑いが起きる。


 森川は不満そうに鼻を鳴らした。


「野球でも恋愛でも、自信がない男はあかん。堂々としてる男のほうがモテるに決まってる」


「自信と、思い込みは違うんちゃうか」


 健太が言った。


 森川が、ゆっくりと顔を向けた。


「何やと?」


「いや、ほら。自分に自信を持つんは大事やと思う。でも、相手が自分を好きやって思い込むのは、違うやろ」


「誰もそんなこと言うてへんやろ!」


「いや、今の話からしたら……」


「健太、お前は恋愛経験ゼロやろ。経験もないのに、分かったようなこと言うなや」


 その言葉に、健太の胸がちくりと痛んだ。


 確かに、自分には経験がない。


 付き合ったこともなければ、女性と二人きりで食事に行ったこともない。


 そんな自分が、経験者に意見するのは、間違っているのだろうか。


 しかし、藤井が口を挟んだ。


「森川、経験があることと、正しいことを言えることは別やで」


「お前まで何やねん!」


「俺も経験はあるけど、失敗してきたって話したやろ。経験したからこそ分かることもある。でも、経験したことを全部正しいと思い込んだら、何も学べへん」


 森川は、しばらく黙っていた。


 やがて、面白くなさそうに水を飲んだ。


「……まあ、そういう考え方もあるんやろな」


 完全に納得したわけではなさそうだった。


 それでも、これ以上言い争うことはなかった。


 健太は、少しだけほっとした。


 自分の経験のなさを指摘されると、やはり悔しい。


 しかし、経験がないからこそ、相手の言葉をそのまま受け取らず、自分なりに考えられることもあるのかもしれない。


 大切なのは、経験の有無だけではない。


 失敗したあと、何を学ぶか。


 その違いなのだろう。


     *


「ほな、次の議題に移るで」


 田村が、ホワイトボード代わりのノートを開いた。


「各自、年末までに女性と食事に行く。そのために、まず何をするかを決めよう」


「お前、ほんまに計画好きやな」


 石田が笑った。


「計画もなしに動いて、うまくいくと思うか?」


「計画しても、うまくいってへんやろ」


「うるさい!」


 田村は咳払いをした。


「森川は?」


「まずは自分を鍛える。体を絞って、見た目を変える。自信をつけて、女性を誘う」


「ええやん。具体的に何キロ落とすんや?」


「……五キロ」


「いつまでに?」


「年末までに」


「半年近くあるやないか!」


「無理してリバウンドしたら意味ないやろ!」


「それは正論やな」


 藤井が笑った。


 森川は少し得意そうな顔をした。


「中村は?」


「金を貯める」


「お前、パチンコやめるんか?」


「……それとこれとは別や」


「別ちゃうわ!」


 全員が声を上げた。


「何でやねん! パチンコは趣味やろ!」


「趣味に金を使いすぎて、デート代がないって言うてたやないか」


 田村に指摘され、中村は顔をしかめた。


「分かった、分かった。月に使う金額を決める」


「それ、守れるんか?」


「……努力する」


「信用できへんなあ」


 次々と笑いが起きた。


 山本和也は、スマートフォンに何かを入力していた。


「俺は、女性との会話を分析する」


「分析?」


 健太が尋ねた。


「どんな話題に反応がいいか、質問の回数と相手の発言時間の割合とか、そういうのを記録して……」


「待て待て。会話をデータにするんか?」


「何が悪い?」


「いや、相手は機械ちゃうで」


 藤井が苦笑した。


「傾向を知るのはええと思う。でも、相手が今日は何を話したいかまで、データで決めることはできへんやろ」


 山本は、少し考え込んだ。


「……確かに、個人差はあるな」


「個人差だけやない。その日の気分もあるし、仕事で嫌なことがあったかもしれん。会話が弾まへんからって、相手が自分を嫌ってるとは限らん」


「なるほど。状況変数も必要か」


「いや、そういう話ちゃうねん!」


 田村が頭を抱えた。


 健太は、腹を抱えて笑った。


 しかし、笑いながらも、自分にも似たところがあると思った。


 女性にどう話しかければいいのか。


 何を言えば好かれるのか。


 どんな行動をすれば、恋愛に発展するのか。


 正解を探してばかりだった。


 相手を一人の人間として知るよりも、成功する方法を知りたかった。


 それでは、相手が誰であっても、同じような接し方になってしまう。


 それは、本当に相手を知ろうとすることなのだろうか。


     *


「井上は?」


 田村が尋ねた。


 井上雅人は、困ったように笑った。


「俺は……頼まれたことを断れるようになりたいかな」


「何や、恋愛と関係あるんか?」


「あると思う。俺、相手に嫌われるのが怖くて、何でも引き受けてしまうねん。仕事でもそうやし、友達の頼みでもそうや」


「それで、しんどくなるんか?」


「うん。しんどいのに、断ったら嫌われると思ってしまう」


 井上は、手元のグラスを見つめた。


「でも、何でも引き受けて、あとから不満をためていくのも違うと思う。付き合う相手ができても、同じことをしてしまいそうやし」


 健太は、その言葉に耳を傾けた。


 自分とは、少し違う。


 健太は、相手のために何かをしようとして、相手の気持ちを確認しないことがある。


 井上は、相手に嫌われないために、相手の望みを断れない。


 どちらも、相手との関係を大切にしているようでいて、実は自分の不安に振り回されているのかもしれない。


「井上、断ることは悪いことちゃうで」


 健太は言った。


「相手のことを大切にするんと、自分を犠牲にするんは、違うと思う」


 井上が顔を上げた。


「……健太、それ、ええこと言うやん」


「いや、俺も最近、気づいたことやけどな」


「お前ら、何か急に真面目になったな」


 石田が唐揚げを頬張りながら言った。


「お前は、もうちょっと自分の健康を大切にせえ」


「健康のためにも食事は大事や!」


「お前の場合、量の問題や!」


 また笑いが起きた。


 井上も笑った。


 少なくとも、この場では、自分の弱さを口にしても、誰かがすぐに否定するわけではなかった。


 それは、彼らにとって、意外と大切なことだった。


     *


 会議が終わりに近づいたころ、藤井が健太に声をかけた。


「健太」


「何や?」


「お前、最近、女性と話すときに気をつけてることあるか?」


 健太は少し考えた。


「相手の話を途中で取らんこと。あと、勝手に相手の気持ちを決めつけへんこと」


「それはええな」


「でも、気にしすぎて、何も話せんようになるのも違うと思ってる」


「そうやな」


 藤井はうなずいた。


「相手を尊重することと、自分を消すことは違う。自分の気持ちを伝えるのも、相手の話を聞くのも、どっちも必要や」


「……難しいな」


「簡単やったら、俺ら全員、こんなところで作戦会議してへんわ」


 藤井が笑った。


 健太も笑った。


「藤井は、次に何をするんや?」


「俺か? 俺は、昔付き合ってた人とのことを、もう一回考えてみようと思う」


「元カノ?」


「そう。自分ではうまくやってたつもりやったけど、今考えたら、相手の話をちゃんと聞いてへんかったこともあったんやろな」


「連絡するんか?」


「いや、今さら連絡するつもりはない。相手には相手の生活があるしな。自分が反省したいからって、向こうを巻き込む必要はないやろ」


 健太は、はっとした。


 自分が何かを学んだとしても、その確認のために、相手を利用していいわけではない。


 謝りたいから。


 もう一度話したいから。


 自分の気持ちを整理したいから。


 そうした理由があっても、相手がそれを望んでいるとは限らない。


 藤井は、経験者だった。


 けれど、経験者だからこそ、何でもできるわけではない。


 むしろ、経験したからこそ、やってはいけないことが分かる場合もあるのだろう。


「藤井」


「ん?」


「俺、まだ全然分かってへんけど……今までみたいに、何でも自分の都合で考えるのは、やめたいと思う」


 藤井は、少しだけ表情を和らげた。


「それでええんちゃうか。最初から全部できる人間なんか、おらんやろ」


「せやな」


「ただし、分かったつもりになるなよ」


「……それ、今日何回も言われてる気がするわ」


「大事なことやからな」


     *


 店を出ると、空には薄い雲が広がっていた。


 雨は降っていないが、空気は相変わらず重かった。


 男たちは、駅へ向かう道を歩いていた。


 森川は、年末までに五キロ痩せると宣言していた。


 中村は、パチンコに使う金額を決めると言っていた。


 山本は、会話を分析する方法を考え直すらしい。


 井上は、無理な頼みを断る練習をするという。


 田村は、女性を食事に誘う前に、まず職場での会話を増やすことにした。


 それぞれの目標は違っていた。


 しかし、全員に共通していることが一つあった。


 これまで、自分のやり方を変えようとしてこなかったことだ。


 うまくいかなければ、相手が悪いと思う。


 自分に魅力がないからだと決めつける。


 経験がないから無理だと諦める。


 あるいは、過去にうまくいった方法にしがみつく。


 彼らは、それぞれ違う理由で、同じ場所に立ち止まっていた。


「ほな、次回までに一つずつ実行すること。ええな?」


 田村が念を押した。


「分かった、分かった」


 森川が適当に返事をする。


「お前、絶対忘れるやろ」


「忘れへんわ!」


「ほな、明日、体重計に乗って写真送れ」


「何でやねん!」


 笑い声が、夏の商店街に響いた。


 健太は、その声を聞きながら、少しだけ気持ちが軽くなった。


 自分だけが、何も知らないわけではない。


 自分だけが、うまくいっていないわけでもない。


 経験があっても、失敗する。


 結婚していても、相手の気持ちを理解できないことがある。


 長く付き合っていても、相手を自分の思いどおりにしようとしてしまうことがある。


 恋愛に正解があるとすれば、それは誰かから教えてもらえる万能の方法ではないのだろう。


 相手の気持ちを聞き、自分の気持ちも伝え、うまくいかなかったときには、自分の行動を振り返る。


 その繰り返しなのかもしれない。


 健太は、ポケットからスマートフォンを取り出した。


 ノートのメモ欄に、新しい一文を打ち込んだ。


『経験がないことを恥じるより、経験がないから分からないことを、分からないままにしない』


 入力を終え、画面を閉じた。


 まだ、女性と二人きりで食事をしたことすらない。


 恋愛のスタートラインに立てたのかどうかも、分からない。


 それでも、少しずつ考え方は変わり始めていた。


 ただし、頭で理解することと、実際に行動できることは違う。


 その日の夕方、健太のスマートフォンに、地域の買い物支援ボランティアの連絡が届いた。


 次回の活動日についての案内だった。


 健太は、参加するかどうかを考えた。


 そこには、以前から気になっている女性、佐藤真紀が来るかもしれない。


 そう思った瞬間、胸が少し弾んだ。


 そして、すぐに自分に問いかけた。


 自分は、本当に誰かの役に立ちたいのか。


 それとも、真紀に会いたいだけなのか。


 答えは、簡単には出なかった。


 けれど、今度は、その気持ちをごまかしたまま行動するのはやめようと思った。


 誰かに会いたいと思うこと自体は、悪いことではない。


 問題は、その気持ちを理由に、相手に何かを求めてしまうことだ。


 健太は、参加の返事を送った。


 そして、スマートフォンを机の上に置いた。


 恋愛強化計画は、まだ始まったばかりだった。


 彼らが本当に変わるためには、作戦会議で正しいことを言うだけでは足りない。


 自分の弱さと向き合い、現実の人間関係の中で、何度も失敗しながら学ぶ必要がある。


 そして健太には、まだ知らないことがあった。


 人に親切にすること。


 人に好かれたいと思うこと。


 誰かを好きになること。


 その三つは、似ているようで、まったく同じではない。


 次に真紀と会ったとき、健太はその違いを、もう一度試されることになる。

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