第106話 彼女のゴルフ歴
2022年4月9日。
健太は、いつものゴルフ練習場に来ていた。
今日の参加者は田村、森川、石田、松田、山本、藤井の六人。
前回より人数が増え、練習場の打席も賑やかだった。
「健太、今日は自分のクラブを買うんか?」
松田が尋ねた。
「まだ買わへんよ。続けられるか分からんし」
「それなら中古でもええと思うで。最初から高いもんを買う必要はない」
「そうやな。もう少し考えるわ」
健太はレンタルクラブを受け取り、打席に向かった。
最初の数球は、相変わらず安定しなかった。
ボールの手前を叩き、次は右方向へ大きく曲がる。
「なんで同じように振ってるのに、毎回違う方向へ飛ぶんやろ」
「毎回同じように振れてないからやろ」
藤井の冷静な指摘に、健太は苦笑した。
練習を始めて三十分ほど経った頃、受付付近から女性の声が聞こえた。
「こんにちは」
振り向くと、小野寺みほが立っていた。
前回と同じように、きれいに整えられたゴルフバッグを持っている。
「あっ、小野寺さん。こんにちは」
健太が挨拶すると、みほは軽く会釈した。
「また来られたんですね」
「はい。まだ初心者なので、練習しないと全然上達しなくて」
「最初はそんなものですよ。私も昔は苦労しました」
「十年続けているんですよね?」
「そうですね。途中で何度か休みましたけど」
みほは隣の打席に入り、準備を始めた。
健太は自分の練習に戻った。
しばらくすると、みほが休憩に入った。
「大野さん、少しアドバイスしてもいいですか?」
「えっ、いいんですか?」
「構えたときに、少し肩に力が入っているように見えます。まずは力を抜いてみてください」
みほは自分のクラブを持ち、ゆっくりと構えを見せた。
「腕だけで振ろうとしないで、体全体を使う感じです」
「なるほど」
健太も同じように構えてみる。
「そうです。今の方が自然ですね」
教えてもらった通りに振ると、ボールは前回よりも高く飛んだ。
「おおっ!」
健太は思わず声を上げた。
「今の感覚を忘れないようにしてくださいね」
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
その様子を少し離れた場所から見ていた松田が、健太のところへやってきた。
「ええなあ。女性に教えてもらえるなんて」
「いや、普通にアドバイスしてくれただけやで」
「分かってるって」
松田は笑った。
練習後、健太たちは休憩スペースで飲み物を買った。
そこへ、みほもやってきた。
「皆さん、仲間同士で練習されているんですね」
田村が答える。
「そうなんです。もともとは野球仲間なんですけど、最近ゴルフも始めまして」
「野球をされていたんですか?」
「今も草野球をしています」
みほは興味深そうに頷いた。
「野球とゴルフでは体の使い方が違うので、最初は戸惑うかもしれませんね」
「まさに今、それを感じています」
健太が答えると、みほは笑った。
「でも、ゴルフは長く楽しめるスポーツですよ。年齢を重ねても続けられますし」
「そうですね。できれば長く続けたいです」
「それなら、焦って道具を揃えなくてもいいと思います。自分に合うものが分かってから選んだ方がいいですよ」
その言葉に、健太は頷いた。
高級クラブを持つみほの口から出た言葉だったので、意外に感じた。
「小野寺さんは、どうしてそんなに高いクラブを使っているんですか?」
健太は少し迷いながら尋ねた。
「高いものが必ず自分に合うわけではないんですけどね。私は何度か試して、今のものが使いやすかったので」
「なるほど」
「それに、道具を選ぶのも趣味の楽しみの一つなんです」
みほはそう言って、自分のゴルフバッグを見た。
健太はその言葉に納得した。
高い道具を持っているからといって、見栄を張っているとは限らない。
自分が好きで選んだものなのだ。
その日の夜、健太は美咲とメッセージを交わした。
『今日もゴルフの練習に行ってきました』
『続いていますね。楽しいですか?』
『難しいですけど、少しずつ当たるようになってきました』
『よかったですね。私も昔やっていたので、また機会があれば練習してみたいです』
健太は画面を見つめた。
『もしよかったら、いつか一緒に練習しませんか?』
送信してから、少しだけ不安になった。
しかし、美咲からの返事は思っていたより早かった。
『いいですね。予定が合えばぜひ』
健太は嬉しくなった。
ただ、具体的な日程はまだ決まっていない。
そのことを理解しながら、スマートフォンを置いた。
一方、ゴルフ仲間の松田は、自宅で新しいクラブを調べていた。
「やっぱり、次は高級ドライバーやな」
彼は以前から道具にこだわっていた。
そして、みほが使っていたクラブのメーカーを調べ始めた。
数日後、松田は健太たちに一つの提案をすることになる。
それは、初心者の自分たちには少し贅沢すぎるゴルフ場でのラウンドだった。
そして、その場所には、みほとは別の女性がいた。
彼女の名前は、まだ誰も知らなかった。




