第104話 高級クラブを持つ女
2022年3月26日。
健太は、前回の練習から一週間ぶりにゴルフ練習場を訪れていた。
今回は田村、森川、石田に加えて、山本と松田も参加している。
「今日は前回より飛ばすで!」
森川は自信満々だった。
「前回もそんなこと言ってたやろ」
田村が笑う。
健太はレンタルクラブを借り、空いている打席に向かった。
まだボールにまともに当たらないこともあるが、前回よりは少しだけ感覚をつかんでいた。
「力を抜いて、ゆっくり振るんやな」
そうつぶやきながらスイングする。
ボールは低い弾道で飛んでいった。
「おっ、今のは当たった!」
健太は思わず声を上げた。
「よかったやん」
藤井が笑う。
そのとき、隣の打席に一人の女性がやってきた。
年齢は三十代半ばくらいだろうか。
長い髪を後ろでまとめ、白いゴルフウェアに身を包んでいる。
彼女は大きなゴルフバッグを置くと、中から一本のクラブを取り出した。
健太は思わず目を向けた。
クラブのヘッドには、有名メーカーのロゴが入っている。
それだけではない。
バッグもシューズも、明らかに高級そうだった。
女性は慣れた手つきで準備を済ませると、迷いなくボールを打った。
鋭い音が響く。
ボールは高く上がり、きれいな弧を描いて飛んでいった。
「うまいな……」
健太がつぶやくと、松田が反応した。
「クラブもええもん使ってるな。あれ、かなり高いやつやで」
「そんなに違うんか?」
「違うと思うで。道具に金をかける人は、ゴルフへの本気度も高いんや」
松田は自分のクラブを眺めながら言った。
実際、松田も野球用品にはかなりのお金を使っている。
道具にこだわる気持ちは理解できるのだろう。
しばらくすると、隣の女性が休憩に入った。
健太は少し迷った後、声をかけた。
「すみません。すごくきれいなスイングですね」
女性は振り向いた。
「ありがとうございます」
「ゴルフは長いんですか?」
「もう十年くらいですね。最初は会社の付き合いで始めたんですけど、今は趣味になりました」
「十年ですか。やっぱり続けると違いますね」
「そうですね。でも、まだまだですよ」
女性は控えめに笑った。
「私は初心者で、まだ全然当たりません」
「最初はそんなものですよ。焦らず練習すれば大丈夫です」
「ありがとうございます」
女性は自分のバッグを整理しながら、名前を教えてくれた。
「私は小野寺みほです」
「大野健太です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
短い会話だった。
みほはそれ以上話を広げることなく、再び練習を始めた。
健太も自分の打席に戻った。
しかし、彼女のことが気になっていた。
(十年もゴルフを続けているのか。仕事もできそうな雰囲気やな)
練習が終わり、仲間たちと休憩スペースに集まった。
松田が興奮した様子で話し始める。
「さっきの女性のクラブ、かなり高いで。ドライバーだけでも相当すると思う」
「そんなに高いんか?」
石田が驚く。
「ゴルフは道具に金がかかるからな」
松田は自分の経験を語り始めた。
「俺も最初は安いセットやったけど、結局買い替えたからな。最初からいいものを買った方が長く使える場合もある」
「でも、初心者の俺らにはまだ早いやろ」
田村が冷静に言った。
「まずは続けられるかどうかやな」
健太も頷いた。
その日の帰り、健太はみほのことを思い出していた。
美咲との関係は、まだこれからだ。
ゴルフも始めたばかり。
新しいことが増えていくのは楽しかった。
ただ、気になる女性が現れるたびに、頭の中で恋愛の可能性を考えてしまう自分もいた。
その夜、姉の真紀と電話で話す機会があった。
「最近、ゴルフを始めたんやって?」
「うん。会社の仲間と一緒にな」
「楽しそうやん」
「今日、すごくゴルフが上手い女性と知り合ったんや」
「また女性の話?」
真紀は呆れたように笑った。
「別にええやろ」
「ええけど、相手のことをまだ何も知らんのに、勝手に期待を膨らませたらあかんで」
「分かってるって」
「それに、趣味は女性と知り合うためだけにやるものじゃないやろ。自分が楽しめるかどうかも大切やで」
健太は少し考えた。
確かに、ゴルフそのものを楽しめているのか。
それとも、女性との出会いを期待しているだけなのか。
まだ自分でも分からなかった。
翌日、美咲から連絡が届いた。
『映画の件ですが、来週の日曜日なら時間が取れそうです』
健太はすぐに返信した。
『ありがとうございます。では、日曜日に行きましょう』
今度は具体的な予定が決まった。
健太は嬉しかった。
けれど、今度こそ焦らずに相手を知っていこうと思った。
そして、次の日曜日。
健太は美咲と映画を観に行くことになる。
その一方で、ゴルフ練習場では小野寺みほとの接点が少しずつ生まれ始めていた。
高級クラブを使いこなす彼女の生活は、健太が想像していたものとは大きく違っていた。




