◆第26話:座学の自由席と、懲りないお約束
翌日。午前中の講義は、大講義室で行われる歴史と魔導理論の座学だった。
「ここ、座ってもいいですか……?」
講義室の後方に席を取って教科書を広げていると、小さく控えめな声が聞こえた。
見上げると、ノートと筆記具を抱えたウーが、どこか緊張した面持ちで立っていた。
「ウーか。もちろん空いてるぞ、座りなよ」
「はいっ、ありがとうございます……!」
嬉しそうにパッと表情を明るくし、ウーは俺の隣の席にちょこんと腰掛けた。
座学の講義はクラス合同で自由席のため、他学科のウーとも一緒に受講できるのだ。
「ゼロさん、昨日は本当にありがとうございました。なんだか、今までずっと引っかかっていた胸のつかえが取れたみたいで……」
「気にすんなって。少しコツを掴んだだけだろ。今日の放課後もまた練習行こうな」
「はい……!」
隣で小さく頷くウーの横顔を見ながらペンを走らせていると、不意に講義室の入り口付近がざわつき始めた。
「……あら? こんな底辺の席に、ゴミが二匹並んで座っているわね」
甲高くいびつな声が響き、影が俺たちのデスクを覆う。
顔を上げると、そこには一昨日の校舎裏でウーをいじめていた貴族の女子生徒たちが立っていた。
取り巻きを二人従えた中央の少女は、いかにも高慢そうな笑みを浮かべ、腕を組んで俺たちを見下ろしている。
ドレスこそ制服に変わっているが、一昨日に泥水を浴びたあの生徒だ。
「ヒッ……!」
ウーが身をすくませ、おびえたように俺の袖口をキュッと掴んできた。
「あんた……一昨日はよくもアタシに恥をかかせてくれたわね。泥水を引っかけるなんて、どんな教育を受けてきたのかしら?」
「いや、あれはただの風と清掃具の事故だろ」
「黙りなさい! 平民の分せいでアタシたちに意見するなんて万死に値するわ! ……だいたい、そっちの出来損ないも何よ。取り入る相手を間違えてるんじゃないかしら?」
貴族女子は侮蔑の混ざった視線をウーに向け、机をコンコンと爪で叩いた。
「初歩のファイアしか撃てないゴミが、同じ講義室にいるだけで不快なのよ。さっさと一番後ろの立見席にでも移動したらどう?」
(やれやれ……懲りないやつらだな。まさにテンプレート通りの悪役ムーブだ)
前世の営業時代にも、こういう理不尽に威圧してくるクライアントは山ほどいた。
俺は小さく息を吐き、頭の中で“お約束”のインジケーターが点灯するのを感じていた。
「断る。ここは自由席だ。先に来て座っていた俺たちに退く理由はない」
「なんですって……!? 平民のくせに、アタシの命令が聞けないというの!?」
キーッと金切り声を上げ、顔を真っ赤にする貴族女子。
彼女が懐から小杖を取り出し、嫌がらせの魔法でも唱えようとした――まさにその時だった。
「そこまでだ」
講義室の前方から、重々しい教官の声が響き渡った。
「授業を始めるぞ。席に着いていない者は速やかに着席しろ。さもなくば減点とする」
「くっ……! 覚えなさーい!」
教官の鋭い一言に怯み、貴族女子は悔しそうに歯噛みをしながら、捨て台詞を残して前方の席へと立ち去っていった。
(……ふぅ、間一髪だったな)
隣を見ると、ウーがホッとしたように小さな胸を撫でおろしていた。
「ゼロさん……庇ってくれて、ありがとうございました……」
「いいえ。……でも、あいつらまた何か仕掛けてきそうだな」
「う……気をつけます……」
一筋縄ではいかない学院生活。だが、ウーの不安そうな表情の裏に、どこか俺を頼りにしてくれる温かな視線を感じながら、俺は講義のノートを開いた。
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