第26話 再会
直弥を諭して緒凛のもとに戻ってきたとき、この邸宅が、これほど人で溢れかえっているのを見たことがなかった。
使用人や秘書達が、真織の姿を見て安心したように顔を綻ばせる。
帰還の連絡を受けた緒凛もバタバタと玄関先に迎えに出た瞬間、真織はその姿を見つけて走り出す。
緒凛が慌てて両手を広げたものの、次に緒凛を襲ったのは衝撃的な頭突きだった。
痛みで悶絶して顎を抑えながら座り込むと、真織は酷く冷めた目で緒凛を見下ろす。
「知ってたわね……?」
「……え?」
「父の借金生活が、嘘だったの」
ギクリとわかりやすく肩が跳ねた。
慌てて真織の背後に視線をやると、追いかけてきた直弥が、両手を合わせて「すまん、バレた」と口パクする。
そういうことかと、理解しつつ立ち上がるも、真織の怒りは収まらなかった。
「知った上で、私と過ごしてたの!?」
「あ、いや……一部は」
「一部って何!? 私の生活、全部でしょ!」
「いや、その、全部ではなくて……」
感情をぶつけられる経験が少ない緒凛は、次第に焦り始める。
感動の再会になると思って見守っていた周囲ですら、オロオロし始めたところで。
「しんじっ、て、たのに……っ!」
我慢の限界だったのだろう。真織の目からボロボロと涙が零れだした。
「うそっ! だったんだっ! ……わたっ、わたしっ! ずっとっ! ずっとっ! しんじっ……信じてたのに!!」
最後は涙と嗚咽でぐちゃぐちゃになった。
オロオロするしかない緒凛が、縋るようにあたりを見渡すと、サーっと人が引いていく。
元凶の直弥に至っては、「あとは任せた」と口パクで告げ、我先にと逃げるように邸宅を出ていう。
あれだけの人が一斉に居なくなる有能さを、今はとことん恨んだ。
「あ……まお、その……」
抱き締めるのとは違う気がして、緒凛の両手が宙をさまよう。
えぐえぐと泣きじゃくる真織を目の前に、途方に暮れる。
手の甲で溢れる涙を懸命にぬぐい、真織は鼻をすすって緒凛を睨むように見上げた。
「なでてっ」
「え?」
「むかし、みたいにっ……頭なでて、りんちゃん」
緒凛が大きく目を見開き、息を詰まらせて。
指先が少し震え、真織の頭を優しく撫でた。
緒凛の掌の温もりに、張り詰めていた真織の肩の力が、ふっと力が抜けた。。
次の息で、嗚咽がゆっくりとほどけていく。
へにょっと崩れた泣き顔に、緒凛の喉も詰まった。
「思い出してくれて、ありがとう……まぁ」
◇◆◇
どちらからというわけでもなく、二人は手を繋いだまま、リビングに移動した。
先程までの騒々しさが嘘だったかのように、統率された静けさが広がっている。
二人が定位置としているソファの前に立ったものの、まだ完全に許されたわけではない。
緒凛が距離感を考えだしたところで、真織の指先が服の袖をツンッと引っ張った。
真織は目を合わせないまま、すんすんっと鼻をすすり、小さく尋ねてくる。
「……反省、してる?」
「……猛烈に」
「じゃあ、いい」
そう言うと、真織が緒凛をソファに座らせて。
何の迷いもなく、緒凛の膝の上に横抱きされる形で真織は座った。
「……昔、こうやって抱っこされるのも好きだった」
首の後ろに手を回しながら、恥ずかしそうに視線を逸らす真織に、緒凛は大きく息を吐いて、真織の頬にグリグリと頭を押し付ける。
「……んっ……それも。よくやってたね」
「まぁが、くすぐったく笑うの、好きだった」
頬に顔を押し付けていた緒凛が、ふと動きを止めた。
真織と目が合うと、自然と言葉が零れる。
「ごめんな、真織」
かすれた声だった。
真織はコクンッと小さく頷くことで答える。
「それから――」
緒凛は続けながら、コツリと額を合わせて。
「おかえり」
真織の瞳からまたポロリと涙が零れて。
「ただいま」
そう言って、緒凛の首筋に顔を埋めてぎゅうぎゅうに抱きしめた。
体勢を変えないまま、真織がふと尋ねた。
「……りんちゃんってさ」
「うん」
「最初から……私のこと、知ってたんだよね?」
緒凛の体がピクリと反応した事に気が付く。
少し呼吸を置いてから、静かに告げた。
「ああ」
短くも肯定する緒凛の返答に、真織は再び泣きそうになる。
「私が覚えてないって、いつ気が付いたの?」
震える声を押し殺すように、緒凛に抱きつく腕の力を少しだけ強めて。
「……初めから」
その言葉に、真織の頬にまたひとすじ。
思い出さない未来もあったのに。
緒凛は、ずっと待っていてくれた。
そうだ――緒凛はそういう人だ。
幼い頃からずっと。
感謝も謝罪も違う。
でも、真織がずっと言い続けてきた言葉が、きっと似合う。
「りんちゃん、好き……大好き」
真織の背中にあった凛の腕に、力がぐっと入った。
抱き締める力は変わらないのに、硬直した腕が真織の体を離さない。
「……真織、顔、みたい」
急に昔の呼び名をやめて、現実に引き戻された。
「……む、むりっ」
羞恥が一斉に顔に集中し、真っ赤になっている自信がある。
緒凛の首元に目元を隠しながら、イヤイヤと小さく首を振ると、ポンポンと頭を撫でられて。
「おねがい――ボクのまぁ」
今度は真織の体がグッと硬直する。
それは――ズルい。
真織が、そのお願いに敵わない事を、緒凛は知っている。
悔しくなりながらも、顔を上げると。
緒凛が蕩けたように微笑んで、真織の頬を優しく撫でた。
「ははっ、真っ赤だ」
「うぅっ……だから嫌だったのにっ」
「かわいい」
そう言って、頬にキスをして。
「かわいい真織」
反対側の頬にキス。
「大好きだよ」
そう言って啄むように唇に。
少し離れて、また角度を変えて。
互いに目を閉じながら、ゆっくりと指を絡めていった。




