甘い宝石4
きれいに手入れされた庭園を抜けると、開けた場所に出た。そこには白い御影石で作られた墓が整然と並んでいた。
そのいちばん端の墓の前に人影が見える。
白いローブに金色の髪。
やっと見つけたという安堵の気持ちと、やはり自分は部外者だから立ち入るべきではないのでは、という不安な気持ちが交差する。
ここは、コハクの…、いや、彼らの大切な場所。
引き返した方がいいのでは…。
でも、わたしはもっと…。
吸い寄せられるように近づいていくと、風に乗ってコハクの声が聞こえてきた。
「…ですから、私は不安で仕方がないのです。彼女を諦めようかと思ったこともあります」
サラは、どきりとして立ち止まった。自分のことを話していることは明らかだ。
「彼女は優れた才を持ちながら、それに溺れることもなく努力を惜しまない。私はそんな彼女が可愛くて、愛しくて…」
ふたりきりで囁かれているときのような甘い声。かいかぶりすぎだと恥ずかしくなる。
「好きだからこそ、今でも私よりも彼女を幸せにできる男性がいるのではないかと考えてしまいます」
…それは、違う。
サラは思わず足を踏み出した。
足元の小枝が折れて、小さな音を響かせる。
その微かな音にコハクが振り向いた。
「サラ…、どうしてここに…」
コハクは驚いた様子でまばたきを繰り返す。
「ここには鍵がかかっていたはずですが」
「陛下が貸してくださいました」
「…そうですか」
どこか切なく遠くを見つめるような姿に、やはり自分はここには立ち入るべきではなかったと後悔する。
「ごめんなさい。わたし、帰ります」
引き返そうと、背中を向けて走り出す。
「サラ」
すぐに、追いかけてくる足音が近付いてくる。
「待って」
…わかっている。彼は自分を突き放さない。
ふわり、と後ろから抱き締めて甘い声で囁くのだ。
「ここにいて」
出会った頃よりも甘えた口調が、自分は彼の特別な存在だと教えてくれる。
ただ、ここにいる許可をくれる、優しい言葉が欲しかったのかもしれない。
「いるはずのない貴女が立っていたから驚いただけです。陛下が鍵をお渡しになったということは、貴女をご両親に紹介せよということでしょう」
「それは…」
「ちょうどよかった。今、貴女の話をしていたのです」
コハクはサラの肩を抱き、まだ新しさの残る墓の前に誘導した。そして、優雅に礼をする。
「陛下、マリア様、ご存知だとは思いますが、改めて私の婚約者を紹介します」
彼の口から婚約者という言葉を聞くと、むず痒いような恥ずかしいような不思議な気分になる。
「サラ・ファティマと申します」
まだ風雨にさらされていない艶の残る墓に、サラも頭を下げた。
墓参りの経験のないサラにとっては、大きな石に話しかけるコハクの様子がとても風変わりなものに見えた。でも、穏やかに微笑む恋人の姿を見ていると、これが彼の心の安寧に繋がるのならかまわないと思えてくる。
サラは隣に立つコハクの横顔を見上げた。前を向くコハクの眼差しは、いつも自分に向けられるものと同じくらい優しい。
「私は、お二人に救っていただいた命で、今度は彼女と幸せになりたいと思っています」
「コハクさま…」
肩を抱く手に力が入った。
「これからは、ここを訪れるのは一年に一度だけにします」
正面を見据えたまま、彼は呟く。その手は少し震えていた。
「サラが私を支えてくれますから」
その上に手を重ねると、すぐに震えはおさまった。
「ありがとうございます」
柔らかい唇が頬に触れる。見上げると、コハクはサラの大好きな優しい笑みを浮かべた。
強い風が吹いた。
木の葉が舞い、コハクはローブでサラを包む。
「あっ…」
そのとき、サラはコハクの背中越しに白い影を見た。
それは寄り添う男女のような形をしていて…。
「…サラ?」
戸惑うような声に視線を戻す。
「どうしましたか?」
「あの…」
すでに白い影は消えていた。
「…何でもありません」
コハクはいぶかしげにサラを見つめていたが、やがて軽く微笑むと、ローブについた木の葉を払い落とした。
「行きましょうか」
「はい」
差し出された手を取る。彼はいつものように指を絡めてくるので、それに応えて体を寄せる。
見上げると、陶器の人形のように美しい顔がサラを見つめていた。
金色の髪が夕陽に照らされて、透き通った絹糸のようだ。
「私は午後から休みを取っているのですが、貴女は?」
「わたしも、お休みをいただいています」
「一緒に帰りましょう。今日は変わった菓子があるのですよ」
そのお菓子は、もしかして…。
思わず笑みがこぼれる。
そのとき、微笑んでサラを見つめていたコハクが、何かに気が付いたように指先で頬を撫でた。
「何かついていますか?」
「なんだか貴女が疲れているように見えて…」
半日歩き回ったから、疲れが顔に出ていてもおかしくない。
「それに、今日はどうして城にいらしていたのかも気になります」
「その話は…、長くなります」
「では、後でゆっくり伺いましょう」
今日の出来事を話したら、コハクは何て答えるだろう。
大変でしたねと労ってくれるか、それとも自分以外の男性とずっと一緒だったことにやきもちを妬かれるのか、それはわからない。
少なくとも、歩き疲れたことを心配して、ひたすら甘やかしてくれることは間違いない。
次に、ここに来るのは、いつになるのだろう。
ふとそんなことを思って振り返ると、夕陽が作る長い影の向こうに人影が見えたような気がした。
サラはその影に向かって語りかける。
…この先、何があっても、わたしが彼を支えます。
ですから、どうか安心してお休みください。
再び強い風が吹いた。
一瞬の後、当たり前のように自分を包んでいたローブが外されると、サラは背伸びをしてコハクの首に両手を回す。
そして、宝石のような青い瞳を見つめて囁く。
「大好きです」
その言葉に彼は頬を染め、蕩けるように甘い笑みを浮かべた。
恥ずかしくて自分から愛の言葉を囁くのは苦手なのだが、こんなに特別な笑顔で応えられると、言って良かったと思える。
「わたしも珍しいお菓子をいただきました。帰ったらお茶を淹れますね」
「それは楽しみです」
大きくて暖かい手が肩を抱く。
もう一度振り返ると、人影は消えていた。その代わり、サラは自分たちの姿が重なってひとつの影になってることに気が付いた。
押さえきれない衝動にかられて、サラはコハクを見上げて目を閉じる。ほのかに甘い香りが近づいてきて、唇が重ねられたのがわかった。
穏やかな風が草木を揺らしながら、ふたりを優しく包み込んだ。
「私も貴女が大好きです」
その言葉は、砂糖菓子のように甘く、サラの心の奥に溶けていった。




