甘い宝石3
「さっき渡した琥珀糖はね、宰相閣下の依頼で作ったものなんだよ」
それでこんなに手の込んだものを作ったのか。
「宰相さまは受け取りに来られたのですか?」
「いいや。お昼過ぎにヒスイちゃんが取りに来たよ」
「ヒスイ様が、ですか?」
今度はセシルが声を上げた。
「ふたりとも、どうしてあの子達を探しているんだい?」
「司祭様が宰相閣下にお会いできるように、私はそのお手伝いをさせていただいています」
「あれ、でもあの噂では…」
確か、宰相が一方的に好意を寄せていることになっていたはず。
「あらぁ、もしかしてうまくいきそうな感じ?」
「うまくいくというか…」
もう、うまくいっているというか…。
「悪いことは言わないから、つきあっちゃいなさいよ」
「えっ?」
「確かに宰相閣下はお化けみたいに美人で、いっつも怖い顔してるけど、本当は優しい人だよ」
「そうですね…」
「でも、こんなにかわいい司祭様を困らせるなんてねぇ」
エリザは、「だから振り向いてもらえないんだ」などと、ぶつぶつと呟いている。
サラはどう答えれば良いかわからない。コハクが噂を否定も肯定もしないのは、きっと何か考えがあってのことだろう。
「予定外の訪問ですから、宰相閣下は司祭様がいらっしゃることをご存知ないのです。もし知っておられたら、必ず伝えてくださるはずです」
かばうようなセシルの言葉に、サラは安堵する。
「なるほどねぇ」
エリザは我が意を得たりといった様子で、何度も頷きを繰り返した。
「どこに行っているか、想像はつくんだけど、やっぱり本人達の口から聞いた方がいいと思うんだよね」
そう言ってエリザは時計を見た。
「そろそろヒスイちゃんあたりが戻ってくると思うから、聞いてごらん」
説明はそちらで聞けということらしい。
「ありがとうございます」
セシルに次いで、サラも立ち上がった。
騎士団の詰所の奥にある扉を、セシルが叩く。
「はーい。どうぞー」
騎士団長の執務室からは、すぐに返事が帰ってきた。
「失礼します」
滑るように扉の奥に入るセシルの後ろを、サラも追いかける。
「あら、サラさんとセシルじゃない。疲れた顔してどうしたの?」
不思議そうに首をかしげ、ヒスイが言った。
ヒスイは珍しくドレスを身に纏っていた。体の線がよくわかる赤いドレスは、引き締まった体型をより美しく際立たせている。
自分は決して似合わないだろうと、サラは内心ため息をついた。
「ヒスイ様、お綺麗です…」
セシルはうっとりとその姿に見とれている。代わりにサラが今までの出来事を説明した。
ヒスイは白い真珠の耳飾りを外しながら話を聞いていた。耳元で動く爪の先も赤く染められていて、今日はずいぶん着飾っているという印象を受ける。
ひととおり話が終わると、ヒスイは赤い唇の端を上げて微笑んだ。
「私が兄様のいるところに案内してもいいんだけれど、あそこに行くためには陛下の許可が必要なの。もう執務室に戻られているから直接聞いてみて」
「わかりました」
「絶対にだめとは言われないから安心してね」
よくわからないがサラは頷いた。
「ありがとうございます」
サラはヒスイに一礼し、それからセシルにも礼をした。手伝ってもらうのはここまでにしよう。
「私の方こそ司祭様と探検しているみたいで楽しかったです」
簡単に礼を述べると、セシルはいつものように人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、背中の留め具を外すの手伝って」
「はい、すぐに参ります」
ヒスイの声にセシルは振り返って答える。この後、セシルにはヒスイが説明するのだろう。
寄り添うような二人の姿を横目に、サラはそっと扉を開け、執務室を後にした。
「コハクのいるところ? この鍵で入れるから行っておいで」
アレクは豪華な飾りのついた銀色の鍵を差し出した。
ヒスイの言葉通り、アレクも執務室に戻っていた。椅子に掛けられたローブから、先程まで外出していたことが伺える。
サラは突然城に来ることになったこと、コハクを探していることなどを説明した。
もっといろいろと詮索されるのかと思ったが、あまりにも簡単に許可が出たので驚いた。
「あの…、どこの鍵でしょうか…」
「北の丘を越えたもっと奥に、地図には載っていない、柵で囲まれた秘密の場所があるんだよ」
「秘密の場所、ですか?」
サラは首をかしげてアレクを見つめた。
「王家の墓」
「えっ」
「コハクはそこにいるよ」
アレクは微笑んで言った。そのような場所にサラが足を踏み入れて良いのだろうか。
「今日は僕の両親の結婚記念日なんだよ」
どこか遠い目をしてアレクは呟く。
「父や母が好きだった花や菓子を用意して、この一年に起きた事を三人で話すんだ」
きっと、彼が持っていたという袋の中身は花で、菓子というのが琥珀糖だろう。
だからヒスイも着飾っていたのか。
「その代わり、僕は両親の命日には行かないことにしているんだよ。ちっとも楽しくないからね」
アレクの言い分は理解できる。大切な人には思い出の中でもいつも笑っていてほしい。
でも、コハクは月命日になると、墓に花を手向けているようだ。気持ちの整理の仕方は人によって異なるのだろう。
「コハクは僕達が帰った後、日が暮れるまで墓の前でひとりで過ごすんだ」
だから急いで行った方がいい、とサラは執務室から追い立てられた。
サラは早足で廊下を歩きながら考える。
窓の外にはきれいな夕焼けが広がっていた。
もうすぐ日が暮れる。
彼の気が済むまで待っていた方が良いのでは…。
しかしアレクから借りた鍵を使わないわけには…。
ぐずぐずと悩んでいるうちに、高い柵で囲まれた場所に到着した。
結局、最後までコハクを追いかけることに決めたサラは、意を決して小さな鍵を鍵穴に差し込んだ。




