甘い宝石2
サラが廊下の隅で待っていると、先に戻ってきたのはセシルの方だった。
「こんなところでどうしたのですか?」
不思議そうに尋ねるセシルに、いきさつを説明する。話を聞いたセシルは肩を震わせて笑いをこらえていた。
「失礼しました。私も騎士見習いのころに、よくお菓子を頂いたのを思い出しました」
サラは、城に来た者の通過儀礼のようなもの、とコハクが言っていたのを思い出す。
そこへ小ぶりな紙の箱を持った女性が戻ってきた。
「お待たせ…って、副団長の知り合いだったのかい?」
「はい。エリザさん、この方が新しい司祭様ですよ」
「はぁ?」
エリザと呼ばれた女性は、目を丸くしてサラを見下ろした。
この瞬間がいちばん嫌だ。
皆が勝手に司祭の姿を想像し、それと現実のサラがかけ離れていることに勝手に落胆する。
セシルには言わないでいてほしかったが、彼も宰相の命をうけているのだから仕方がない。
「あらぁ。司祭様の姿は星祭りで見かけたんだけどねぇ。全然気が付かなかったよ」
ほら、やっぱり。
「黙っていてごめんなさい」
サラは頭を下げた。
「いやいやいや、そうじゃなくて」
「えっ?」
「星祭りのときよりも、今の方がかわいらしくていいじゃない。おばちゃんは、若い子は化粧なんかしなくても十分かわいいと思うからね」
「はぁ…」
そういうものなのだろうか。
「でも、司祭様なら、なおさらもっと食べて大きくならないと」
…子ども扱いは変わらないようだ。
しかし、不思議と不快ではない。変わらない言葉遣いも嬉しかった。
そこに、落胆している様子は見られない。
サラは自然と頬が緩むのがわかった。
「はい。ありがとうございます」
隣を見上げると、セシルは穏やかに微笑んでいた。
もしかして、彼にはエリザがどう答えるのか、わかっていたのではないだろうか。
「そうそう、それでね。今日は珍しい菓子を作ったんだよ」
そう言ってエリザが蓋を開けた紙箱をサラは覗きこむ。
「わぁ、きれい…」
思わず感嘆の声が漏れた。
そこには、色とりどりの宝石のような菓子が並んでいた。
「これは、琥珀糖ですね」
セシルが言った。それは、はじめて聞く名前だった。
「味付けした砂糖水を寒天で固めた菓子です」
「風通しのいいところで数日間干すと、表面が砂糖の結晶に覆われて固くなるんだよ」
「普通より時間のかかるお菓子なのですね」
サラの言葉にエリザは頷いた。そんなに大変なものをもらってもいいのだろうかと少し不安になる。
「いつもは作らないんだけど、特別に頼まれていてね。その余りだから気にせず持って帰りなよ」
「はい。ありがとうございます」
小さな気がかりを消し去るように、エリザは笑った。
「よかったですね。司祭様」
「はい」
サラは小さな紙箱を抱きしめた。
あの人と同じ名前のお菓子。
本物の琥珀は飴色だけ。でも、菓子の琥珀には赤や緑、黄色など、様々な色がある。半透明の砂糖菓子は近くで見ても本物の宝石のようだった。
これを、コハクさまにも見せたい。
「副団長さま、わたし、もう少しコハクさまを探したいです。お付き合いいただけますか?」
セシルを見上げて、サラは決意を口にする。
「もちろんです」
人の良さそうな笑顔が嬉しかった。
正門の警備兵に尋ねると、昼過ぎに外出したコハクはすでに城に戻ってきているらしい。手に大きな紙袋を下げていたからよく覚えているという。
その後どこに行ったかまではわからないと、当たり前の答えをもらい、ふたりは城内に戻る。
「こうなったら、心当たりのある場所をひとつずつ見て回りましょう」
「はい」
文官の詰所、書庫、騎士団の詰所、医務室、応接室など、一通り見たが、まったく手がかりはない。もちろんそこで出会った人々にも話を聞いたが、誰もコハクを見かけていなかった。
それではと、今度は城の外にある施設を見て回った。厩舎や道具置き場など、いるはずのない場所もすべて見たのだが…。
「いくらなんでもおかしいです」
珍しく眉間にしわを寄せて、セシルが言った。
「城に戻られたはずなのに、誰も姿を見ていないなんて、不思議ですね」
サラは相づちをうちながら、果実水を口に含んだ。
「もしかして変装されたままなのではないでしょうか」
同じく果実水を飲みながらセシルが答える。
確かに、街へ出るときにコハクはよく変装をしている。しかし、城に戻ってから変装する理由は見あたらない。それを伝えるとセシルは小さくため息をついた。
ふたりは食堂の片隅で休憩を取っていた。
疲れた様子で戻ってきたふたりをエリザは喜んで出迎えて、冷えた果実水を出してくれた。
「他に宰相閣下が行かれそうな場所は…」
地図を眺めてセシルが呟く。
「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
いたたまれなくなってサラは頭を下げた。仕方がないという言葉を待っていたら、返ってきたのは意外な言葉だった。
「いいえ。こうなったら私ひとりでも探します」
「そんな…」
いつもの穏やかな物腰とは異なる姿に、サラは言葉を失う。もしかしたらセシルは案外頑固なのかもしれない。
「実は、先ほどから、ヒスイ様のお姿も見あたらないと思っていまして」
「そう言えば、そうですね」
サラたちが回った場所の中には、騎士団に関係する場所も多かった。それなのに一度も姿を見ていないのは不自然だ。
「私達は、今日は朝から異なる業務についておりました。しかし、ヒスイ様は外出なさるときは必ず伝言を残されます」
「それがなかったのですね」
「はい。ですから、ヒスイ様は宰相閣下と一緒に城内にいらっしゃるのではないかと思うのです」
なるほど。だから最後まで探したいのか。
サラは頷いて果実水の器に手をかけた。
「あんたたち、宰相閣下を探しているのかい?」
突然頭上から降ってきた声に、サラは器を倒しそうになる。
「閣下がどこにいらっしゃるかご存知なのですか?」
セシルが尋ねると、エリザは腰に手をあてて難しい顔をした。
「知っている、というわけではないけれど…」




