甘い宝石1
全4話の短いお話です。
「骨はきれいに繋がっています。ですが、筋肉や神経を痛めているようですから、しばらくは安静になさった方が良いかと思います」
治療の結果を伝えると、寝台に横になった兵士は安堵のため息をもらした。
「痛み止めのお薬をお渡ししますね」
サラは、いつも持ち歩いている鞄から鎮痛剤を取り出して兵士に手渡した。
「ありがとうございます」
「お大事になさってください」
そう言って部屋を出ると、部屋の外で待機していたセシルが顔を上げた。
「いかがでしたか?」
「骨は繋がりました。あとはしばらく安静にして、筋肉などの傷んだ箇所が自然に治るのを待ってから、少しずつ動かすようにしてください」
「ありがとうございます。ここに司祭様がいらっしゃるなんて思いませんでした。本当に助かりました」
急な仕事が入り城を訪れていたサラが、訓練中に怪我をした兵士が運ばれる場面に遭遇し、その治療にあたったのは半刻ほど前のこと。神官服を着ていなかったからか、それとも、その場にいたのが見習いの兵士ばかりだったからか、サラが司祭だと気が付いた者は一人もいなかった。
大怪我をした兵士を、通りすがりの治癒魔法の上手な女の子が治してくれた。そんな連絡を受けたセシルが駆けつけ、ようやくサラの正体を皆が知ることになったのだ。
「わたしのことは伏せてくださっても良かったのですよ」
長い廊下を歩きながら、サラは呟いた。
司祭だと知った瞬間の人々の驚いた反応は、いつもサラの背中をむず痒くさせる。急に敬語で話しかけられたり、信じられないといった様子で観察されるのは居心地が悪い。
「宰相閣下のご命令ですから」
セシルが苦笑する。
「司祭様に悪い虫がつかないように、と」
星祭りの日から、宰相閣下が新しい司祭に想いを寄せているという噂は城中に広まっていた。
女性に対する感情が存在しないとまで言われていた宰相が、蕩けるような笑顔で司祭を出迎えた話は、色とりどりの尾ひれがついて末端の兵士の耳にまで入っているようだ。
「わたしなんて青い服を着ていなければ、たとえ神官だと名乗っても誰も信じませんよ」
任命式では化粧もしていたし、かかとの高い靴を履いて丈の長いドレスを着ていた。人々はその姿のサラを司祭だと思っているのだから、普段の姿を見ても気が付かないのは当然だ。
サラは淡い水色のドレスを眺める。
コハクが選んでくれる服の柄はいつも控えめだ。それはサラもとても気に入っているのだが…。
彼がサラのことを目立たせたいのか否か、さっぱりわからない。
「司祭様がかわいいから心配なのですよ」
「わたし、別に普通です…」
驚かれるだけならいいのだが、あからさまに落胆されたり、なんでこんな子を宰相閣下が…、と陰口を叩かれたりするのは気分が悪い。
「信用してくださらないのでしょうか」
「それは違うと思いますけど」
「だって、誰かに声をかけられたからって、わたしは…」
「大丈夫です。ちゃんとわかっておられますよ」
セシルは人の良さそうな笑みを浮かべた。この笑顔で見つめられると反論する気が失せてしまう。
「さぁ、宰相閣下のところへ行きましょう。まだ連絡はされていませんよね」
「はい」
今朝、城に薬品を届ける神官が急に都合が悪くなり、急遽サラが代わりをつとめることになった。一般の神官が城に入る手続きは面倒だが、サラならばその必要はないからだ。
サラは、「明日はお休みだから、用事が済んだらそのまま遊びにいってもいいからね」という神官長の言葉に甘えることにした。
コハクはサラが城に来ていることは知らない。以前のこともあるし、来たからには連絡しておく必要があるだろう。
「…おかしいですね。こちらにもいらっしゃらないそうです」
セシルが困った顔で言った。
最初に向かった宰相の執務室と、その隣にある自室からは返事はなかった。
次に国王の執務室を訪ねると、何回か見かけたことのある文官が、コハクは午後から休みを取っていると教えてくれた。アレクなら居場所を知っているかと再度尋ねたら、国王も私用で席を外しているという。
「外出されているのかもしれません。門の警備兵に聞いてみましょう」
「そこまでしていただくなんて申し訳ないです。今日は帰ります」
「どうせ門を通るのですから、聞いてから帰るかどうか決めても遅くないと思いますよ」
セシルは穏やかな笑みを浮かべる。サラは頷くしかなかった。
忙しい人だから会えなくても仕方がない。
サラは自分に言い聞かせながら一階の廊下を歩いていた。セシルは 念のため外出用の剣を取りに行っている。すぐに戻ってくるはずだ。
「あら、あの時の」
ぼんやりと歩いていたところ、突然大きな声で呼びかけられ、思わず肩が跳ねてしまった。
振り向くと大柄な年配の女性が立っている。以前、大量のお菓子をくれた人だと思い出すのに、そんなに時間はかからなかった。
「こんにちは。先日はお菓子をありがとうございます。とても美味しかったです」
「それはよかった。今日はお使いかい?」
お使い…。確かにその通りだ。
サラは頷くことにした。この人はサラを教会の見習いか何かと思っているようだが、ここで身分を明かす必要はない。
「相変わらず細っこい腕だね。ちゃんと食べてる?」
「そのつもりですが、聖都の夏は暑くて…」
「あんた、地方の出身かい?」
「はい。ステイシアから参りました」
「妙に白いと思ったら、そういうことか」
「はい」
「それは大変だね。今年の夏は特に暑くてね」
女性は手のひらで顔を扇いだ。
「そうだ。ちょうどいい菓子があるから持っていきな」
「そんな…、申し訳ないです」
「子どもが遠慮するもんじゃないよ。ちょっと待っていなさい」
「…はい」
以前と同じようなやりとりになってしまった。
子ども…って。否定した方がいいのかな…。




