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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
その後のおはなし
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檸檬の夢3

 サラから、コハクと一緒に眠ることについて相談されたと、ヒスイが教えてくれた。気にしなくていいと何度も伝えたのに、やはり彼女は納得していなかったようだ。

 だから、いつもと様子の違う彼女に、気付かないふりをしていた。


 でも、ふたりで布団を干すのは、同棲しているような気がして楽しかったし、手慣れた様子で毛布を洗う姿も新鮮だった。

 軽く温かい寝具は、確かに心地良い眠りを誘ってきたので、サラの作戦は成功と言えるだろう。


 それに、紅茶に魔法がかけられた薬草が混ざっていることもすぐにわかった。このようなものを摂取すると、普通の人間なら半刻ほどで眠くなると聞いたことがある。だから、コハクも頃合いを見計らって寝室に行くことを提案した。

 嬉しさを隠しきれない彼女が可愛らしくて、この時点で最後まで演技を続けることを決意したのだ。


 しかし、そこからが大変だった。

 頬をつつかれるのは想定内だったとしても、繰り返される控えめな口付けに応えることもできないし、大好きと囁かれているのに抱き締めることもできない。ずっと側にいたいという寂しそうな呟きには、考えるよりも先に体が動きそうになった。


 とにかく、乱れそうな呼吸を必死に整えて、微動だにせず寝たふりをしているのは、ある意味拷問に近かった。


 寝返りをうつふりをして、足先を絡め、軽く抱き締める。やがてサラの息づかいがゆったりとしたものに変わり、彼女が眠りに落ちたことを伝えてくれる。


「サラ」


 試しに、小声で呼びかけてみる。


 その声に反応がないことを確認して、コハクはゆっくりと体を起こした。カーテン越しの月明かりが照らす薄暗い部屋に、目が慣れるのを待つ。

 次第に輪郭がはっきりとしてきて、コハクはようやくサラの寝顔を見ることができた。


 サラは、すうすうと穏やかな寝息をたてて、気持ち良さそうに眠っていた。

 その顔は、微笑んでいるようにも見えた。


 顔にかかっている髪を、そっと払う。


「私に薬は効かないのですよ」


 騙してしまったことを詫びる代わりに、小さな額に口付ける。子どもの頃、毒物に慣れる訓練をしていたため、この程度の薬草では効果は出ない。

 それでも、サラが自分のために考えてくれたことが嬉しかった。


 コハクは、サラの目の端に涙が浮かんでいることに気が付いた。

 生理的なものか、それとも何かつらいことがあったのか。


 どちらかはわからないが、指先でそれを拭う。薄いまぶたがぴくりと動き、長いまつげが震えた。

 彼女がこの程度で起きないことはわかっている。彼女も自分と同じ紅茶を飲んだのだ。その効果で深い眠りに落ちているはずだ。


 もっと、触れたい。


 額に、頬に、唇に、軽くついばむように唇を寄せる。それでは満足できず、今度は少し長めに唇を重ねる。


 微かに甘酸っぱい香りがした。


 それは眠りを誘う薬草の匂いで、コハクはサラがどれだけ自分を想ってくれていたかを実感する。


 どうしようもなく愛しさが込み上げてきた。


 コハクはサラの隣に横になると、その小さな体をそっと抱き締めた。彼女の髪からは、自分と同じ石鹸の香りがする。サラの体はいつもより温かく感じた。


 まるで抱き枕のようだと思い、苦笑する。


 柔らかい抱き心地を確かめているうちに、自然とまぶたが重くなってきた。


 サラを抱き締めて眠ること。これがコハクが熟睡できる条件だ。


 愛する女性を抱いている充足感か、それとも腕の中にちょうどおさまる大きさがよいのか、理由はわからない。もしかしたら、一度彼女を失いかけた経験から来る恐怖心が原因かもしれない。


 いずれにしろ、コハクはサラを抱いていれば安心して眠れるのだ。

 そのため、腕の中から彼女が抜け出そうとすれば、自然と目が覚めるのは当然のことだと思っている。


 このことは、しばらく伏せておこう。


 彼女に伝えたら、今度は何としても毎晩一緒に眠ろうとするに違いない。それは優しさからくる義務感で、嬉しいが何か違う気がする。

 きちんとした手続きをした上で、ふたりで暮らしはじめるまでは週末だけで我慢するしかない。


 とにかく、余計な気を使わせたくないし、意地悪かもしれないが、彼女が自分のためにあれこれ画策してくれる姿を見るのも悪くない。

 次にサラがどんな作戦を立てたとしても、最終的に自分は彼女の体を抱き締めることができれば、それで満足できるのだから。


「んっ」


 鼻にかかった声を出し、サラが寝返りをうった。

 コハクは、ずれた毛布をかけ直し、今度は後ろから抱き締めた。


 首筋に顔を埋め、何度も繰り返し口付ける。


「…あっ」


 甘さの混ざる吐息を漏らし、サラの体が震えた。くすぐったかったのか、それとも…。


 体の奥に熱がこもる。


「…愛しています」


 熱い衝動を抑え、耳元で囁く。

 今度は、サラは目を閉じたまま微動だにしなかった。


 この続きは明日にしよう。


 そう決意したとき、再びまぶたが重くなってきた。


「おやすみなさい。私のサラ」


 彼女の細いうなじに軽く唇を落とし、コハクも穏やかな眠りに落ちていく。


 腕の中にサラがいる。


 この幸せが永遠に続くことを祈りながら。



 翌朝、いつものようにサラが動く気配で目が覚めた。けれどもコハクは眠っているふりを続ける。サラはコハクの腕の中で体の向きを変えて、向かい合うような姿勢になった。

 突然、唇に柔らかいものが押し付けられた。それが彼女の唇だと気付くのに、さほど時間はかからなかった。


 コハクはゆっくりと目を開ける。


「おはようございます」


 最初に飛び込んできたのは、腕の中で嬉しそうに微笑む最愛の恋人の姿だった。


「おはよう。今日はずいぶんご機嫌ですね」


 あえて驚いたような体を装って、額に口付ける。

 サラはくすぐったそうに首をすくめた。


「えっと…、秘密です」


 頬を染めて呟く姿がたまらなく愛しくて、コハクはサラの耳元に顔を寄せた。


「ねぇ、サラ」

「はい」

「お願いがあるのですが」

「何でしょう」


 カーテンの隙間から差し込む朝日がまぶしい。

 コハクは手を伸ばしてその隙間を閉じ、再び彼女の耳元に唇を寄せる。


「今から…」


 そっと囁くと、サラは頬を染めたまま小さく頷いた。

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