空に花火
コハクは青の森のはずれで馬を止めた。太い木に手綱をしっかりと結び、専用の布で馬の目と耳を覆う。
「何をなさったのですか?」
サラが不思議そうに尋ねる。
「これから起きることは、馬には刺激が強すぎるのです。ですから目と耳を隠しました」
「一体、何が始まるのでしょう」
「すぐにわかります。さぁ、時間がありません。足元に気を付けて行きましょう」
コハクはサラの手を引いた。木の根や石に気を付けてしばらく進むと、森が開け、切り立った崖の上に出る。
偶然見つけたコハクの秘密の場所だ。ここからは街が一望できる。
「きれい…」
星の海のような街の明かりに、サラは目を輝かせた。
「連れてきてくださって、ありがとうございます」
満面の笑みで振り向いたサラに、コハクは首を振る。
「まだ、これからです」
「どういうことですか?」
その時、一斉に街の灯りが消えた。
コハクはサラの肩を抱き寄せ、街の真上を指差した。
「時間になりましたね。空を見ていてください」
「はい」
そう言ってサラが顔を上げた瞬間、夜空に大きな光の花が咲いた。
「これは…」
サラの呟きを掻き消すように、大きな破裂音が響き渡った。
華奢な体がびくりと跳ねた。
「大丈夫」
耳元で囁くと、サラはぎこちなく頷いた。肩に置いた手を、小さな手が握りしめた。
次々に光の花は開き、鼓膜を震わせる音が断続的に鳴り響く。
「花火といいます。東方から伝わった技術で、専用の火薬を特殊な配列で詰め込んだ球体に火をつけて打ち上げると、空中で破裂して花のようになるそうです」
「なんてきれいなの…」
サラはうっとりと空を見上げていた。
「火薬に混ぜた物によって、燃えるときの色を変化させているのですね。あの青色はきっと銅で、黄色は…、何でしょう」
真剣に考えるサラに、コハクは思わず吹き出してしまう。
「今度調べておきますね」
苦笑しながら言うと、サラはばつの悪そうな顔をした。
コハクは、サラの頭を撫でて額に口付ける。
「どんな形であれ、貴女が喜んでくださるのなら私は嬉しいです。気に入ってくださいましたか」
「はいっ」
とびきりの笑顔で答えられ、コハクの胸に暖かいものが広がっていく。
ようやく想いを伝える決意ができた。
「昔から、星祭りの夜に花火の下で愛を誓った恋人達は永遠に幸せになれるという言い伝えがあります」
コハクの言葉に、サラはいつも通りの笑顔で頷く。
彼女はこんな迷信など信じないと思うし、本当は自分だって信じていない。それでも今、サラに伝えたいと思ったのは、心のどこかで永遠を信じたいからだろう。
コハクはサラの正面に跪いた。
「どうなさったのですか?」
驚いた様子のサラの左手を取り、薬指に口付ける。サラはそれ以上何も言わずにコハクを見つめていた。
大きな瞳を縁取る長いまつげ、白い頬、小さな桜色の唇、柔らかい髪…。すべてが愛しくてたまらない。
「貴女を愛しています。片時も離れず一緒にいたいのです。必ず貴女を幸せにしますし、私の命を懸けて守ります」
「はい…」
「だから、ずっと私の側にいてください。お願いです。私と…」
サラが息を飲むのがわかった。
唇が震え、指先に力が入る。
「私と、結婚してください」
花火の音にかき消されないように。それだけが気になった。
「コハクさま…」
サラの大きな瞳に涙があふれた。
「どうしよう、夢を見ているみたいで、わたし、どうすれば…」
コハクはサラの手を取ったまま立ち上がった。立ち尽くすサラの頬に触れ、指先で涙を拭う。
「貴女のお気持ちを聞かせてくださいますか?」
サラは顔を上げた。涙で潤んだ瞳がまっすぐにコハクを見つめる。
「わたし…」
うるさいくらいに響いていた花火の音が、途絶えた。
「わたしも、あなたを愛しています」
桜色の唇が控えめに発した言葉に、今度はコハクが動けなくなる番だった。
「もう一度、お願いできますか?」
その意図を汲んだのか、サラは柔らかく微笑んだ。白い手がコハクの頬に触れる。
「コハクさまを愛しています」
その瞬間、コハクの胸が痛いくらいに締めつけられた。
「嬉しい…です」
あふれた想いは喉の奥でかすれ、うまく言葉にならなかった。
サラから愛していると言われたのは初めてだった。ただの表現の違いかもしれないが、自分と同じ言葉で返してくれることがこんなにも嬉しいなんて…。
コハクはサラの小さな体を思い切り抱き締めた。
「私がどれだけ貴女を大切に思っているのか伝えたいのに、私は愛している以上の言葉を知らないのです」
「大丈夫です。ちゃんと伝わっています」
細い腕が背中に回された。もっと強く抱き締めたいのに、これ以上力を入れたらサラの華奢な体が壊れてしまいそうで…。
もどかしくておかしくなりそうだ。
「このまま、ひとつになりたい…」
ぽつりとサラが呟いた。
「体ごとひとつに融けてしまえば、ずっとコハクさまと一緒にいられるのに…」
魅惑的な甘い囁きに体が熱を持つ。
ここが室内だったら、今すぐにでも押し倒して体を重ねていただろう。それくらい愛しくてどうにかなってしまいそうだった。
興奮を抑え込み、コハクはサラの髪を撫でた。
「では、先程の答えを…」
サラもコハクの髪に触れた。桜色の小さな唇が震えている。
「わたしは…」
花火の色が白い肌に写りこんでいる。それは目まぐるしく色を変えて、サラの表情を複雑に変化させる。
「あなたとずっと一緒にいたい。星になるときまで、…いいえ、星になってもずっと…」
星になっても…、それは命が尽きても離れないということ。
コハクにとっては永遠を誓う最高の言葉だった。自然と涙があふれてくる。
花火の音が遠くに聞こえた。
「至らない所も多いかと思いますが、よろしくお願い致します」
昼間のような白い光に、頬を染めたサラの姿が照らし出された。
その姿が本当に可愛らしくて、コハクはもう一度サラを抱き締めた。
「永遠に、大切にします」
「ずっとお側に置いてくださいね」
「ええ。決して離しません」
抱きあった状態のまま、まつげの先がが触れあう距離で見つめあい、微笑みあい、どちらともなく唇を重ねる。ついばむような口付けを繰り返し、時々見つめあっては、また唇を重ねる。
涙はとめどなくあふれ、サラの頬まで濡らしていた。
小さくて愛しい、サラはコハクの大切な宝物だ。絶対に手放さないし、その笑顔がいつも輝いていられるように、命に代えても彼女を守ってみせる。
そして、いつか大司祭と呼ばれるであろうサラの夫に相応しい宰相として、ふたりで暮らすこの国をますます発展させていこう。
「貴女に出会えて良かった。好きになって良かった…」
涙でぼろぼろになった自分は、きっとひどい顔をしているのだろう。それでもサラは優しく包み込むような眼差しでコハクを見つめていた。
「わたしも、この国に来ることができて、コハクさまに出会うことができて本当に良かったです」
よく見ると、サラの目にも涙が光っていた。
いつの間にか花火は終わり、再び街に灯りがつきはじめた。
「さぁ、帰りましょう」
コハクはサラの肩を抱いた。
サラは柔らかく微笑んで頷いた。それは、小さな花が咲くような可愛らしい笑顔だった。
今回で本編は完結です。
ご覧いただき、ありがとうございます。
以降、不定期で後日談的な短編を投稿する予定です。




