あの人の最期
澄み渡った青空の下、馬車は城下街の大通りをゆっくりと進んでいく。通りは新しい司祭の姿を一目見ようと詰めかけた人々であふれていた。建物の窓や屋上から馬車を見下ろしている人も多い。
サラの姿を実際に見た人々の呟きが、否応なしに耳に入ってくる。
思っていたより若い。
少し根暗そう。
小さくてかわいい。
普通の女の子にしか見えない。
彼氏いるのかな。
こんな頼りなさそうな子が司祭で大丈夫かしら。
…皆、彼女のことをよく知りもしないのに好きなことを言って。
軽い苛立ちを覚えて、コハクはローブの下の拳を握りしめた。
サラの乗る馬車の斜め後ろをコハクは歩いている。着ているのはヒスイから借りた騎士団の魔導師のローブだ。頭巾を頭から被っているので、周囲からはコハクだと気付かれることはないだろう。
馬車の右横にはヒスイが、その反対側にはセシルがいる。地上からの刺客はこの二人にまかせておけば安心だ。コハクは上空を警戒することに専念できる。
「すっごい数の人だね」
突然話しかけられて、コハクは周囲を見回した。この声はまさか…。
「僕だよ」
隣の魔導師が頭巾をずらす。特徴的な青い髪がちらりと見えた。コハクは心の中でため息をつく。
「…陛下、なぜここに?」
「なぜって、僕も司祭のお披露目を見たくてね。どれくらいの人が来るのか興味があったんだ」
「お気持ちはわかりますが、御身に何かあったらどうなさるのですか」
周囲に怪しまれないように正面を向いて小声で話す。きっとアレクはコハクの説教など聞き流して、楽しくてたまらないといった顔をしているに違いない。
「コハクだって無理矢理来てるし」
「それは、サラが心配で…」
「僕も魔法は得意だから、役に立つと思うよ」
「陛下が魔法をお使いになられたら、すぐに気付かれてしまいますよ」
アレクの光魔法は王族しか使えないものだ。あんなものを撃たれたらここに国王がいると言っているようなものではないか。
「わかったわかった。使うのは地味なやつにしておく。ほら、来たみたいだよ」
アレクが指差す方に複数の鳥の影が見えた。鳥は少し離れた建物の屋上に止まっている。大きな鴉が三匹と、鷹が二匹。これらが同じ場所に等間隔で並んでいるのは不自然極まりない。
この鳥達がベリルによって操られているのは間違いないだろう。もう少し近づけばコハクの魔法が届くのだが、鳥が動きだすのとどちらが早いだろうか。
「陛下、あの鳥を足留めしていただけますか」
「わかった」
アレクは明るい声で答えると、指先を鳥が止まっている方へ向ける。ローブの下から白い礼服が見えて、コハクは違った意味でも緊張感を覚えた。
「ばんっ」
その声にあわせて、鳥の目の前で小さな光がはじけた。局所的なものだから鳥と同じ屋上にいる人々は気が付かない。鳥だけがぴたりと動きを止めた。
隊列が十分近付くのを待って、コハクは魔法で鳥にかけられている呪術を調べる。案の定、鳥達は上空からサラを襲うように紋様を刻まれていた。
コハクはその術を書き換える。もともとの紋様を使い、鳥に新たな指示を与えていく。
コルテアの操作術については、子どもの頃に学んだきりだ。実践するのは初めてだが、うまくいっただろうか。
コハクが魔力を送り込むと鳥は一斉に飛び立った。鳥達は空高く舞い上がった後、一直線に遠くの路地裏に向かって降りていく。
コハクはアレクにサラを託し、さりげなく馬車の列から離れた。急いで鳥が降りた方向に走る。
表通りの喧騒からかけ離れた静かな路地裏で、顔から血を流した女がのたうち回っていた。
先程と同じ女官服から、女がベリルであることはすぐにわかった。地面を転がるベリルの顔を狙って、次々に鳥が舞い降りる。顔を覆った手は血まみれになっていた。
「サラの顔を狙うように術をかけたのですね」
即死させるのではなく長時間痛め付ける方法を選ぶとは、この女は本当にサラが憎いのだろう。例え失敗したとしても、サラの顔をえぐった傷は彼女の心まで傷つけることができる。
コハクはローブを取り、ベリルを見下ろした。
「どうして、皇子が」
ベリルが呟いた。
「呪術を使えるのは自分だけだと思っていたのですね。あなたの術を書き換えて、同じ方法で術者を襲うようにしたのですよ」
コハクは第三位とはいえ、皇位継承者だった。一介の皇族よりもたくさんの術を知っている。今まではそれを使う機会がなかっただけだ。操作術を書き換える方法も、皇族同士で命を狙い合ってきた歴史の中で研究されてきたと聞く。
「そんな、皇子は…」
「魔法を使えないと思っていたのでしょう。あの呪術なら解除しました」
「皇帝以外に、あれを消せるはずがない」
「サラが消してくれたのです」
「そんな、そんなの…」
そのとき、一羽の鴉がコハクに向かって飛んできた。とっさに顔をかばうが間に合わない。
やられたか…。
しかし、いつまで経っても痛みを感じない。ゆっくりと目を開けると、先程の鳥は足下で凍りついていた。
手首からすごい量の魔力を感じる。袖をめくると、サラにもらった司祭の石が微かな光を発していた。
詰所での事件の後、サラは司祭の石に刻んだ紋様を書き換えた。それまでは魔法そのものを防ぐ機能しかなかったので、物理を含めたあらゆる攻撃から身を守るように改良したと言っていた。それがすぐに役立つとは…。
コハクは薄紫色の石を握りしめた。
「サラは離れていても私を守ってくれるのです」
「ばかな…」
「私とサラはいつも繋がっていますから」
鳥の群れの間から、一瞬だけベリルの驚いた顔が見えた。直後に大きな鷹が飛びかかった。もうベリルは抵抗しない。複数の鳥が次々に襲いかかる。
「心も…体も…ね」
相変わらず鳥は群がっているが、ベリルの体はぴくりとも動かなくなっていた。粘着質な音と鳥の羽音が路地に響いている。
「…もう聞こえていませんか」
コハクは凄惨な現場に背を向けた。騒ぎになる前に騎士団に連絡して片付けてもらわなければならない。
コハクは冷静にこの後の段取りを考えた。
すべて終わったという実感はあまりなかった。
またどこかで諦めの悪い連中が動き出すかもしれないが、さすがに皇族が関わっている確率は低いだろう。
しばらくは平和な時が過ごせるはずだ。
腕の飾り紐に触れ、サラを想う。司祭の石は魔力を消費して黒ずんでいた。
自分はいつもサラに救われてばかりだ。
早く彼女に会いたくなった。
遠くから歓声が聞こえる。早く馬車の列に戻らなければならない。司祭を狙う者は他にもいるかもしれない。敵はコルテアだけとは限らないのだ。
コハクは再びローブを被り、通りに向けて駆け出した。




