虹色の儀式
儀式の時間が迫っていた。サラは控え室のカーテンを開ける。
今夜は新月だ。
小さな窓からは満点の星空が見える。
あの星のひとつひとつが皆の大切な人で、これからサラは人々を結ぶ架け橋となるのだ。
サラは自分の身長よりも長い儀式用の杖を握りしめた。覗き窓を開いて大聖堂の様子を伺う。
祭壇までまっすぐに伸びる紺の絨毯の両側には、数十脚の長椅子が並んでいる。貴族の結婚式ですら半分も埋まらないのに、今日は参列者が隙間なくぎっしりと座っていた。
あまりにも普段と違う光景に、つい足がすくんでしまう。
「サラ様、宰相様は最前列にいらっしゃるそうですよ」
サラの髪飾りを整えながらニーナが言う。
城を出てからは一度もコハクに会っていない。馬車のすぐ後ろにいたはずのコハクの姿は、いつの間にか消えていた。代わりにそこにいたのはアレクで、ヒスイやセシルを驚かせていた。
「大丈夫、もう全部終わっているはずだよ」
コハクが戻らないことを心配するサラに、アレクは笑顔で言った。国王はすべてを見通している、そんな気がした。
あの人が大人しく捕まるとは思えない。あの件が終わったということ、それはコハクがベリルを殺めたということだろう。
今さら綺麗事を言うつもりはないが、本当に他に方法はなかったのだろうか。やり方は間違っていたが、彼女も彼が好きだっただけなのに…。
「サラ様、どうなさいましたか?」
「大丈夫です。少し考え事をしていただけです」
「では、お時間になりました。いってらっしゃいませ」
いつもより着飾ったニーナが扉に手をかけた。
サラは杖を握りしめて姿勢を正した。きしむ音を立てて扉が開く。
サラは片方の手で首飾りを握りしめた。コハクがくれた石はいつも勇気を与えてくれる。
ここは通い慣れた大聖堂だ。
壁の装飾も大きな飾り硝子も、いつもと何も変わらない。いつも通り祭壇に向かえばいいのだ。
サラは正面を見据えて歩き出した。
静かな聖堂に自分の足音だけが響く。
前から二番目の列の端に、ヒスイが座っていた。ヒスイは横目でサラを見て、小さく手を振った。その隣にいるセシルもいつものように人の良さそうな笑みを浮かべ、サラを見ている。
少し緊張がほぐれてきた。
一番前の端に座っている青い髪の人物がアレクだろう。国王を見下ろしてはいけない。サラは前を向いたまま祭壇の手前まで行き、振り返った。
両手で杖を持って、一礼する。
「これより、星祭りの儀式をはじめます。星となって我々を見守り導いてくださる、皆様の大切な方を思い出してください。それから、今生きている大切な人を思ってください」
第一声はうまく言えたと思う。
ほっとした気持ちで祭壇に立ち、高いところから聖堂を見渡す。人々は全員胸の前で手を組み、目を閉じて祈りを捧げる準備をしている。
祭壇のすぐ近く、アレクの隣にコハクが座っていた。長い睫毛が白い頬に影を作っている。
相変わらず作り物のように整った顔に、サラは思わず見入ってしまう。
コハクは誰を思っているのだろう。マリア様か、それとも亡くなったお母様か…。
突然そのまぶたが開き、視線が交錯する。
その瞬間、コハクはサラの大好きな優しい笑みを浮かべた。
静まり返った大聖堂の中で、ふたりきりになったような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。
コハクは改めてサラに笑いかけると、再び目を閉じた。
…わたしも大切な人を思って儀式を続けよう。
サラは大きく深呼吸して、杖を高く掲げた。
「太陽の光よ、人々の未来に輝きと繁栄を。月の光よ、安らぎと休息を。そして星の光、我々を導き見守る数多の命の光よ。聖王国に永遠の平和を」
杖の先に魔力を集める。サラの体を青白い光が包む。魔力は司祭の石の力で増幅され、大きな聖杯に入れられた聖水を霧状に変える。霧は宝石を砕いたような虹色に輝きながら人々の頭上に降り注ぐ。
輝く聖水に気がついた人々は感嘆の声を上げている。
その中でサラだけは激しい動揺を必死に押し殺していた。
予行と違う。聖水が光るなんて聞いていない。
誰かが細工していたのだろうか。しかし儀式を止めるわけにはいかない。サラはそのまま魔力を送り続けることにした。
そのとき虹色の霧がサラを包み込み、視界が七色に染まった。右も左もわからない空間に一人放り出されたような不思議な感覚に陥る。
誰かが術をかけたのかと思った瞬間、何かが頭を撫でた。
それは大きくて暖かくて…。
遠い昔、どこかで…。
「以上で星祭りの儀式は終了です。皆様に星の導きがありますように」
突如、神官長が告げる声でサラの意識は現実に戻る。
サラは慌てて一礼し、脇の扉から退室した。
扉を閉めると、ニーナが駆け寄ってきて杖を引き取ってくれた。急に身体中から汗が吹き出し、自分がものすごく緊張していたことに気が付いた。
「お疲れ様です。すっごく素敵でしたよ!」
「ありがとう。お水をいただけますか」
「はいっ」
冷たい水を飲み長椅子に座ると、ようやく一息つくことができた。
「お疲れ様。よくがんばったわね」
大聖堂から戻った神官長も声をかけてくれる。
「大きな失敗はしていないと思うのですが、緊張しすぎてよく覚えていません」
「大丈夫よ。立派だったわ」
神官長は微笑んだ。
「聖水が光るなんてすごいわね。どんな魔法を使ったのかしら」
「神官長さまがご用意されたのではないのですか?」
「いいえ。何もしていないわよ」
背中を冷たい汗が流れた。神官長でないとすれば、あれは一体誰が…。
「わたしも何もしていません。神官長さまが聖水に仕込まれたのかと思っていました」
「あらまぁ、不思議ね。でも、このようなことは星祭りの期間にはよくあることですよ」
「そうなのですか」
サラが身を乗り出すと、神官長は小さく頷いた。
「亡くなった人が生前使っていた物が動いたとか、声が聞こえたとか、よく聞く話です」
「では、さっきの光は…」
「何か心当たりがありそうね」
サラは祭壇で感じた暖かいものの話をする。最後まで話を聞いた神官長は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「嫌な感じはしなかった?」
「いいえ」
「私の勝手な想像ですが、それはあなたのご両親かもしれないわね」
「えっ?」
まったく想像していなかった答えにサラは目を丸くする。
両親、それは父親と母親ということか。
あまりにも自分と関わりの薄い言葉に、サラは咄嗟にその意味さえ思い出せなかった。
「両親…、ですか」
それなら、微かに懐かしさを感じたことも納得できる。
時折思い出して感傷に浸るほどの記憶もなく、ゆえに偲ぶこともなかった存在だが、そんな両親でも空からサラを見ていてくれるのだろうか。
そして、自分達を偲ぶことも忘れて、遠い国の司祭になった娘をどう思っているのだろう。
「他人には偉そうなことを言っておきながら、自分の両親を思い出すこともできないわたしは、なんて親不孝なのでしょう」
独り言のように呟くと、神官長はサラの頭を撫でた。
「あなたが元気で幸せに暮らしていることが一番の親孝行ですよ」
「…それでいいのでしょうか」
「きっと、ね」
神官長が言うのなら、それでいいのだろう。
「サラ様、そろそろお時間では?」
ニーナの声でサラは時計を見た。もうすぐ約束の時間だ。
「気を付けてね」
「はい、神官長さま」
今の自分は幸せだと思う。なぜなら大切にしてくれる人がたくさんいるのだから。両親もきっと納得してくれるだろう。




