謁見の間
星祭り当日は朝から晴天に恵まれていた。日差しはあるが空気が乾燥しているので、気温ほど暑くは感じない。
サラは貴賓用の馬車の窓から外を伺った。教会と街を繋ぐ道は、行き交う人々で賑わっていた。
「今まで、星祭りの日に雨が降ったことは一度もないのよ」
今朝、サラの髪に花を飾りながら、神官長が言っていた。
そのため、警備の計画なども雨を想定したものはひとつもないのだという。不思議なこともあるものだ。
「その衣装、すごくきれいね」
向かいに座るヒスイが微笑んだ。
そう言うヒスイも、白地に金色の飾り紐がたくさん付いた騎士団長の正装をしている。馬車から降りたヒスイが、長いマントを翻してサラに手を差し出したときには、教会の女の子たちだけでなく神官長までもが黄色い声を上げていた。
「ヒスイさまも、とてもお似合いです」
「ありがとう。でも、この紐すぐに絡まっちゃうのよね。おしゃれって難しいわ」
「そうですね」
「今日は兄も珍しく着飾っているから見てあげてね」
「はい」
サラはこれから城に向かい、謁見の間で国王から正式に司祭に任命される。そのときならコハクの姿が見られるはずだ。
コハクはサラの姿を見て何と言うだろう。似合っていると言ってくれると嬉しいのだが…。
サラは首飾りを握りしめた。
「緊張してる?」
「少し、しています」
「何かあったら、私達がうまくやるから心配しないで」
「ありがとうございます」
今日の流れと警備の確認をしているうちに、馬車は城にかかる唯一の橋を渡り、正面の入り口に到着した。ヒスイが先に出て、サラの手を取る。
「さぁ、行きましょう」
馬車から一歩踏み出して、サラは凍りついた。
入り口の両側には正装した騎士がぎっしりと並び、その奥にはきらびやかに着飾った人々が集まっている。身なりの良さから、貴族の人々だとすぐにわかった。
急に足が震えだした。
皆が新しい司祭を一目見ようと集まっている。扇子で顔を隠した貴族の子女たちは、サラを値踏みしているようにも見えた。
失敗したらどうしよう。
今になって不安な気持ちが心を支配し始めた。
「大丈夫よ。下で兄様が待っているわ」
動けなくなったサラに、ヒスイが声をかけた。遠くを見ていたサラは、階段の下に目を向けた。
「あっ…」
そこに黒い衣装に身を包んだコハクが立っていた。
目が合うと、コハクはサラに微笑みかけてから右手を差し出した。
「おいで」
どんなに周囲が騒がしくても、いつも言われている言葉だから口の動きだけでわかる。途端に周囲の人々の視線も声も気にならなくなる。
サラは長い裾を踏まないように気をつけて階段を降りた。
「がんばってね」
ヒスイが囁いて、サラの手を離した。サラは小さく頷いて、正面に立つコハクを見上げた。
太陽の光に金色の髪がきらめいている。鈍い光沢のある黒い生地で作られた服に、銀の飾り紐が揺れていた。
サラの身長よりも長いマントを華麗にさばいて、コハクはサラの前に膝をつく。
「お待ちしておりました」
そう言って手を差し出すコハクは、本当に物語の世界から抜け出してきた王子様のように美しかった。
思わず見とれていたサラは、遠くから聞こえた女性達の歓声で我に返る。
サラはゆっくりとコハクの手を取る。蕩けるほど優しい笑みを浮かべてコハクは立ち上がり、サラの耳元に顔を寄せた。
「とても綺麗ですよ」
甘く囁かれて、サラの体が熱を持つ。
わざと耳に息がかかるようにしたに違いない。サラが抗議のために見上げると、コハクは涼しげな表情をした宰相閣下に戻っていた。その美しい横顔にサラの胸がときめく。
こんなにたくさんの人がいる中で、この人の優しい笑顔はわたしだけに向けられるもの。その特別扱いが嬉しい。
今、隣にいるのはこの国の宰相で、サラの自慢の恋人だ。
なにも恐れることはない。
「あの、宰相さま」
サラが袖を引くと、コハクは無表情のまま身を屈めて目線の高さを合わせてくれた。サラは左手を添えてコハクの耳に囁く。
「とても素敵です。もっと好きになりました」
これはさっきのお返しだ。
目に見えてコハクの頬が赤くなる。
恥ずかしそうに背を向けるコハクの後ろ髪に、薄紫色の紐が揺れていた。よく見ると、袖の隙間からも薄紫色の紐がのぞいている。
遠くから見ている人々にはわからないだろう。サラの小さな独占欲が喜びへと変化した。
「陛下がお待ちです。参りましょう」
コハクは振り向いて微笑むと、サラの手を引いた。足を踏み出すたびに、濃紺のドレスに散りばめられた輝石がきらきらと輝く。
城の中に入り、謁見の間の入り口まで歩く。特徴的な大きな扉の前には先回りしたヒスイが立っていた。ヒスイは優美な動きで扉を開ける。
「行ってらっしゃい」
微笑むヒスイに軽く礼をして、謁見の間に入る。
内部は外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
大聖堂よりも高い天井に、細かく装飾の入った大理石の柱がそびえ立つ。聖王国の長い歴史を物語るような荘厳な造りだ。
正面奥にアレクの姿が見えた。
コハクに手を引かれ、毛足の長い絨毯の上をゆっくりと歩く。両側に並んでいるのは国の要職に就いている人々だと聞いている。
アレクの前に着き、コハクはサラの手を離した。
「私はすぐ側にいますから、安心してください」
耳元でそっと囁いて、コハクはアレクの横に並び立った。
サラは膝を折って国王に臣下の礼をする。
「サラ・ファティマ」
謁見の間にアレクの声が響く。サラは顔を上げた。
純白の礼服にはたくさんの金飾りが付いていて、金色の刺繍がぎっしりと入った白いローブがそれを包んでいる。
普段の穏やかなアレクとは異なり、国王としての威厳に満ちた姿に自然と背筋が伸びた。
「聖教会の第十三代司祭に任命する」
「謹んでお受けいたします」
一礼して顔を上げる。満足そうに頷くアレクの斜め後ろに、表情を消したコハクが立っていた。サラと目が合うと、彼は少しだけ口角を上げる。それはほんの一瞬で、コハクはすぐに宰相の顔に戻って正面を見据えていた。




