彼女の普通
騎士団の詰所にある団長の執務室に向かうと、サラとヒスイは楽しそうに話し込んでいた。
コハクは食堂で受け取った籠から、昼食を取り出して机に並べていく。薄いパンに野菜や肉を挟んだものはヒスイの好物だ。サラには肉の代わりに果物を挟んだものを用意してある。それに気が付いたサラは、コハクを見て柔らかく微笑んだ。
喜んでくれたことはもちろん嬉しいし、彼女の好きなものを知っている自分が少し誇らしい。
コハクはいつものようにサラの頭を撫でる。サラはくすぐったそうに首をすくめた。
そのやりとりを物珍しそうに見ていたヒスイが口を開く。
「兄様にお願いがあるんだけど、今度のお休みに、半日だけサラさんをお借りしてもいいかしら」
「何かあったのですか」
「美味しい葡萄のお菓子の店を見つけたの。その話をしたら興味があるって言うから、今度、連れていってあげようと思うの。私がいれば護衛も必要ないでしょ」
「そうですね」
「兄様と一緒じゃ、どこに行っても目立って落ち着かないだろうし。あ、夜はちゃんとあっちの家に送るから安心して」
「コハクさま、よろしいですか」
サラはかわいらしく首をかしげてコハクを見上げている。確かにヒスイと一緒なら安心だ。むしろこの国で最強の護衛だといっても過言ではない。
「気を付けて行ってきてくださいね」
「はいっ」
サラは嬉しそうに頷いた。その笑顔がまぶしくて、コハクまで嬉しくなってくる。
「決して一人にならないでください」
「はい」
「それから、この前のように変な男に絡まれたら躊躇せず魔法を使ってくださいね」
「…はい」
「それと…」
「ちょっと兄様、子どもじゃないんだから」
「すみません。つい心配で」
「あの、コハクさま」
ふいに袖を引かれ、隣を見るとサラは心配そうな顔でコハクを見上げていた。少し言い過ぎただろうか。
「コハクさまが悲しむことのないように十分気を付けます。それに、ヒスイさまがいらっしゃれば安心です」
「そうでしたね。信用しています」
「それから、わたしはコハクさまと秘密のお出掛けをするのも好きです。また、連れていってくださいますか」
上目使いで尋ねるサラがあまりにも可愛らしくて、コハクはヒスイの前であることを忘れ、肩を抱いて額に口付けた。
「もちろんです。どこへでもお供しますよ」
「あーあ、気を使わせちゃって」
ヒスイが呆れた声で言う。
「でもね、女子には女子だけの楽しみ方ってものがあるのよ。私も、いつもセシルと出掛けてばっかりでは飽きちゃうもの」
「そ、そうなのですか、ヒスイ様」
いつの間にか部屋の隅に控えていたセシルが大きな声を出した。
「だって、私たちのは街の巡回が目的でしょ」
「はぁ…、そうですよね」
セシルは肩を落とした。コハクはセシルが気の毒でならない。
「気が利かないのは遺伝かもしれませんね」
コハクはサラの耳元で囁いた。
「そうですね」
サラはくすくすと笑っている。やはり言葉で伝えることは大切だと、後でセシルに伝えておこう。
「じゃあ次のお休みに迎えに行くわね」
「はい、楽しみにしています」
そう言ってサラが微笑んだとき、扉の向こうがにわかに騒がしくなった。確認しに部屋を出たセシルはすぐに戻ってきて、ヒスイに何か耳打ちする。
「ちょっと呼ばれちゃった。二人はここにいてね」
軽い口調とは裏腹に引き締まった表情で傍らの剣を掴み、ヒスイは部屋を出ていった。セシルもその後に続く。
「大丈夫でしょうか」
「必要なら声がかかるでしょう」
不安そうなサラの肩を抱き、コハクは目を閉じた。
「先程の話ですが」
「はい」
「私には知識が足りませんので、貴女と同年代の女性が何を楽しんでいるかがわかりません。普通の女の子にとって当たり前のことを経験させてあげたいのに、難しいですね」
「そんなこと、わたしは気にしません」
サラは両手でコハクの手を握った。頬が薄く染まっている。
「わたしは大好きなコハクさまと一緒にいられるだけで幸せです。それに、この国の女の子みんなが憧れる宰相さまを独り占めできるなんて、特別なことです」
なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう。コハクはその小さな体を強く抱きしめた。
「今日は、貴女に渡したいものがあります」
「何でしょうか」
コハクは胸元にしまってあった小さな包みを取り出した。サラは不思議そうにそれを受け取り、丁寧に包みをほどいていく。
最後の紙をめくって現れた物を見て、サラは目を見開いた。
「なんてきれいな石…」
サラが手にしているのは、角度によって青みがかった光を放つ乳白色の鉱石と、複数の小さな輝石をあしらった小ぶりな首飾りだ。
「月長石ですね。こんなに高価なものをわたしに?」
「以前お会いしたときに、帰り際に寂しいと仰ってくださいましたね。それで何か身につけるものをお渡しできればと思っていました」
心配そうだったサラの顔が控えめな笑顔に変わった。
「月の石と聞いて、貴女にぴったりだと思ったのです。受け取ってくださいますか」
「はいっ」
小さな花が咲くようなこの笑顔が、コハクは一番好きだ。
「ここでつけてもいいですか」
「もちろんです」
サラは首の後ろに手を回し、首飾りを着けようとするがうまくいかない。コハクが手を貸して、ようやく金具が繋がった。白くて細いうなじで銀色の鎖が揺れる。
「ありがとうございます。初めてだと難しいですね」
恥ずかしそうに言って、サラは振り返った。初めて、という言葉にコハクの胸に小さな優越感が広がる。
細い鎖骨の上で小さな石が輝いている。青い光が白い肌に映えて、サラの可憐さをいっそう引き立てているようだ。
「よくお似合いです」
「良かった。大切にします。でも…」
「どうしましたか」
「わたしもコハクさまに身につける物をお渡ししたいのですが、何が良いのか見当もつきません」
「ああ。それなら、もう頂いていますよ」
コハクは自身の髪を結ぶ薄紫色の平紐を指差した。これは、サラからの最初の贈り物を包んでいたものだ。彼女が誘拐されたときにはこれが重要な手がかりにもなった。コハクにとっては彼女を感じられる大切な物だ。
しかし、サラは顔を赤らめて首を振る。
「それは差し上げたとは言えません」
「私はこれがいいのです。初めて貴女から頂いたものですから、これは私にとって特別なものです」
「そんな…」
サラは困惑した様子でうつむいた。しかし、コハクもこれだけは譲れない。
「…わかりました。少し考えます」
根負けしたサラはふてくされたように呟く。
コハクが頬に触れようとしたとき、乱暴に扉が開いた。
「兄様、サラさん、ちょっと手伝って」
息を切らしたヒスイが飛び込んできた。これはただ事ではない。
コハクはすぐに立ち上がった。




