素直になること
肌寒さと少しの窮屈さを感じて目が覚めた。
寒いのはむき出しの肩が冷えているからで、窮屈なのは後ろから抱き締められているからだ。
彼はまだ眠っているかもしれない…。
サラは静かに毛布を引き上げようと身をよじった。
「おはよう」
頭の上から声がかかり、顔だけを動かして上を見る。コハクは柔らかく微笑んでサラを見つめていた。
「おはようございます」
「どうしましたか?」
「少し肩が冷えてしまって」
「それは大変です」
コハクは毛布でサラを包むようにして抱き寄せた。
広い胸から、大きな手から、絡めた脚から、人肌の心地よい温もりが広がっていく。サラは目を閉じてコハクの心臓の鼓動に耳を傾けた。
「あったかい…」
「それはよかった」
コハクはサラの額に唇を寄せる。
「お体の具合はいかがですか。あまりにも貴女が可愛らしいから、つい無理をさせてしまいました」
「コハクさまが優しくしてくださったから大丈夫です」
「今日はゆっくり過ごしましょう。夕方には教会までお送りしますね」
「…はい」
この三日間は時間が過ぎるのが早すぎた。
一番の目的だったコハクの呪術の解除は成功したし、心だけでなく体も結ばれた。恋人の腕の中で目覚め、こんなに愛されて大切にされている。
とても幸せなのに、それなのに…。
ふたりの時間が幸せすぎて、離れるのが寂しすぎるなんて言ったらコハクは困ってしまうだろうか。
別れが寂しいから、はじめから会わなければ良い。昔のサラだったらそう考えていた。
「寂しいですね」
コハクが囁いた。
サラは思わず顔を上げた。
「コハクさまも、そういうことを仰られるのですね」
「自分の気持ちは素直に伝えた方がいいと実感しましたからね。私は、貴女の前ではわがままになることに決めました」
コハクは頭を撫でながら、サラの言葉を待っているようだ。
「…わたしも、すごく寂しいです」
自分から先に気持ちを伝えることは、サラにはまだ難しい。しかし、相手を気遣うことと遠慮することは違うと今ならわかる。
「三日後に結界の確認のためお城に伺います。そのとき、コハクさまをお訪ねしてもよろしいですか?」
「もちろんです。私は基本的には陛下の側に控えております。用事が済みましたら二人きりになれるよう時間を作ります」
「はい」
「それにね、貴女は私の恋人なのですから、会うことに許可などいりませんよ」
コハクは微笑んで、再びサラの額に口付けた。
思いきって言って良かった。サラはほっと胸を撫で下ろす。
「そろそろ星祭りの準備も始まります。これからは、その打ち合わせでお城に伺う機会が増えると思います。そのときは…」
もっとわがままを言って良いのだろうか。その加減をサラは図りかねる。
「そのときはご連絡くださいね。ほんの少しの時間でも構いませんから、ふたりで…」
そこまで言って、コハクはばつが悪そうに目を逸らした。
「すみません。これでは強制しているようですね」
「そんなことありません。嬉しいです」
「貴女は優しいから、すぐに無理をしてしまうでしょう。お忙しかったり、お疲れのときは、私のことは気になさらないでください」
「わかりました」
「それから、私は貴女を拘束するつもりはありません。休日だって貴女が会いたいと思うときにだけ会ってくだされば、私は満足です」
「わたしは…」
コハクの笑顔に偽りはない。でも、何かが気になる。
宰相様は孤独な方です。
頼られるのを待っています。
サラの脳裏にセシルの言葉が浮かんだ。
「わたしはいつでもコハクさまにお会いしたいです。次のお休みも、こちらに伺ってもよろしいですか」
少し自分勝手が過ぎただろうか。
コハクは目を丸くしてサラを見ている。それをサラは祈るような気持ちで見つめ返す。
数秒の後、コハクは蕩けるような笑みを浮かべた。それは、まるで少女小説の挿し絵のような美しい笑顔だった。
「貴女からそのような言葉が聞けるなんて夢のようです。こんなに休みが待ち遠しいのは初めてです」
「わたしも、すごく楽しみです」
コハクはサラを抱き締めて何度も頬擦りをした。
サラはコハクにお願いして、この別邸に調合道具や着替えを何枚か置かせてもらうことにした。もしかしたら休日にも星祭りに使う聖水などの準備をする必要があるかもしれない。
「星祭りですか…。もうそんな季節なのですね」
コハクは遠い目をして呟いた。
この国では、朝日と同時に生まれた人間の魂は、死後、夜空に還って星になると言われている。
星祭りでは、司祭がその年の死者の魂を天へと送る儀式を行う。国王は国の代表として大聖堂での儀式に参加し、歴代の王族に国家の安寧を祈る。そして、人々は星となって見守ってくれている先祖の霊に思いを馳せる。
聖王国の人々にとっては、夏の大きな行事であると聞いている。
サラにとっては司祭として初めて公の場に出る行事である。そのため、今年は儀式の前に国王による任命式も行われ、お披露目のために街中を馬車で移動する予定である。
「あと一月、それまでに最後の一人が見つかれば良いのですが」
コハクの表情が曇る。
「騎士団が護衛につきますから、貴女は何も心配いりませんよ」
「はい」
サラは素直に頷く。しかし、屋根のない馬車で街を移動するなんて、相手にとっては襲撃する絶好の機会だ。そのようなことがわからないコハクではないだろう。きっと何か策を考えているに違いない。彼はこの国の宰相だ。
「さぁ、朝食にしましょうか」
努めて明るくコハクが言う。サラは心配事を振り払うように、大きく頷いた。




