ふたりで街へ2
日が高く登り、昼食前の街に人が増えてきた。
少し前からサラが足を気にしているため、予定を変更して昼食も家で取ることにする。
「お疲れのようですから、そろそろ帰りましょう」
「まだ大丈夫です」
「病み上がりに無理をしてはいけませんよ」
「でも…」
コハクは少しふてくされた様子のサラの肩を抱き、耳元に顔を寄せる。
「早くふたりきりになりたい、というのはだめですか?」
「だめではないのですが、まだコハクさまの行きたいところに行っていません」
「私の行きたいところ…ですか」
そう聞かれると困ってしまう。自分にとっては、ふたりでいることが目的で、どこに行きたいかなんて考えもしなかった。
「貴女とふたりでいられるのなら、どこだっていいのです。強いて言えば、貴女の行きたいところが私の行きたいところですね」
「…そういうのは、ずるいです」
サラは不満げに頬を膨らませた。その仕草があまりにも可愛らしくて、コハクはその白い頬を軽くつつく。
「かわいい」
「ごまかさないでください」
「本当のことです。ですが、次からは考えてきます」
「次も、またご一緒できるのですか?」
「貴女さえよければ」
「はいっ」
今さら遠慮する必要もないのに、サラは顔を輝かせた。
自分のしたいこと、行きたいところ、好きなこと…。これからはもう少し自分のことを考えてもいいのかもしれない。
「では、今日のところはこれで帰りましょう」
「はい」
通りの脇に置かれた長椅子でサラを休ませて、少し離れたところにある屋台で昼食を購入する。久しぶりだったが、ヒスイが気に入っていた店はまだ同じ場所にあった。薄いパンに野菜や果物などを挟んでもらい、コハクは足早にサラのところに戻る。
次はふたりで来られるといいと思う。
通りを曲がったところでコハクは足を止めた。
離れていたのはほんの数分のはずだが、サラの前には軽薄そうな男がひとり立っていて、彼女に何やら話しかけている。
…刺客には見えないが、何者だろうか。
サラは困ったような顔をして応対していたが、戻ってきたコハクに気が付いて安堵の表情を見せた。これは、まさか…。
「私の連れに御用ですか」
サラからは見えない位置で仕込んだナイフをちらつかせる。殺気を込めた眼で睨み付けると男はすぐに立ち去った。どうやら刺客の類いではなく、本当にサラに声をかけただけの男だったようだ。少々やりすぎてしまったか。
「ありがとうございます」
「何か嫌なことはされていませんか?」
「いえ。食事に誘われたのでお断りしたのですが、なかなか諦めていただけなくて」
「…そういうときは魔法で凍らせてしまえばいいのですよ」
冗談めかして言ったが、半分は本気だ。やはりサラは誰が見てもかわいいのだ。少しの優越感と、人目に付くところに一人で残すべきではなかったという後悔が同時に襲ってくる。
「怖くはなかったですか?」
「いいえ。男の人に声をかけられたのは初めてでしたので、どうしていいか困ってしまいました」
「貴女をひとりにした私の落ち度です。これからはずっと側にいて、離れることのないようにします」
「はい」
「貴女も、私の側を離れないでくださいね」
「はい」
これからはずっと…。
その言葉に込められた本当の意味をサラは理解しただろうか。
「さぁ、行きましょうか」
「はい」
花のような笑顔がまぶしい。コハクはサラの額にそっと口付けた。
貸し切りの馬車で青の森まで行き、そこから別邸までは歩くことにした。馬車の目的地が宰相の屋敷では変装した意味がない。
屋敷に到着してすぐにサラは鞄から小さな水晶を取り出して結界を張った。これで周囲を気にせず過ごすことができるという。
昼食の後、サラが紅茶を淹れてくれた。コハクはソファーで持ち帰った書類を読み、奥の机ではサラが硝子の器具を並べている。
気が付けばコハクはその後ろ姿を目で追っていた。同じ空間にいるだけでこんなにも満たされた気持ちになれるから不思議だ。
もしサラと一緒になれたら、ずっとこんな日が続くのか…。
つい、そんな甘い妄想をしてしまう。しかし、サラはまだ十六歳。昨年成人しているとはいえ、まだ学生でもおかしくない年齢だ。それに、まだ付き合いはじめたばかりではないか。
一生ひとりでいると思っていたのに、自分は変わったなと思う。
「コハクさま、準備ができました」
若草色のドレスの上に大きめの白衣を着て、サラが言った。
「白衣もよくお似合いですね」
「薬品が跳ねることがあるので…。ちょっと恥ずかしいです」
司祭とは研究者でもあると誰かが言っていた。人々のため、新しい魔法や薬などを開発することもあるからだ。現にサラはコハクのために呪術の解除方法を考えてくれた。
「コハクさまのご意向を伺ってから、お薬を作ろうと思っています」
「私の意見ですか」
コハクは紅茶を手に、サラの向かいの椅子に座った。
「解除方法をご説明します。紋様に魔力を供給し続けるのは皇族であるコハクさま自身の血液です。切り取っても消えないのは、新しい血液が紋様を形成するような構造になっているからです」
サラは大人びた表情で話す。サラがコハクの紋様に触れたのはほんの一瞬だ。その一瞬でここまで解読するとは、やはりサラは高位の魔導師だと感心する。
「表面から解除しようとすると、皮膚の内部に新しい紋様が形成されます。ですから先に血液の流れを止めて、呪術を解除します」
「具体的な方法は?」
「紋様の刻まれた部分の奥、紋様の影響が及ばない内臓の手前ぎりぎりのところを、魔法で深い皿のような形に凍らせて血液の供給を絶ちます。その後残った部分の血液がなくなるまで解除魔法を送り続けます」
確かに理にかなっているが、拷問に耐える訓練を受けていたコハクでも背中が寒くなるような話だった。
「終わったら治癒魔法をかけて治します。ですが、わたしに力が足りないばかりに、コハクさまには辛い思いをさせてしまいます」
サラは申し訳なさそうに下を向いた。しかし、前司祭でも解除できなかった呪術だ。他に方法はないのだろう。
「貴女にできないのなら、きっと他の誰にもできないのでしょう。それで、私が決めることとは何でしょう」
「これから作る薬は、少しでも苦痛を和らげるためのものです。全身を麻痺させて意識すらない状態にするか、痛みは残りますが意識のある状態のままでいるか、どちらかです」
「貴女はどちらが良いと思いますか?」
「わたしは…、コハクさまには申し訳ありませんが、意識がある状態の方が安全かと思います。大きな手術でも同様ですが、意識がないと不測の事態に気付かないことがありますし、ごく稀に目が覚めないこともあります」
「では、貴女の勧める方法でお願いします」
「わかりました。そのための薬を調合します」
サラはそう言って机の上の薬草を手に取った。コハクは向かいに座ったまま、サラが手際よく薬を作る様子を眺めていた。




