ふたりで街へ1
約束の日、コハクが教会の裏口に行くと、すでに神官長に付き添われたサラが待っていた。四日前に会ったときよりも顔色は良くなっている。足首の包帯も消えていた。
天気は曇り。そこまで暑くないのでサラの体にかかる負担も少ないだろう。
コハクは胸に手をあて、神官長に向けて一礼する。
「司祭をお借りします。今度こそ、私が護りますのでご心配なく」
「そんなに恐縮しなくていいのですよ。サラをよろしくお願いします」
「それからお帰りの時間ですが…」
控えめにコハクが切り出すと、神官長は口に手をあてて笑いだした。
「サラから話は聞いています。ずいぶん仲が良いとは思っていましたが、まさかこの子が宰相様の目に留まるなんて驚きました」
「ご内密にお願いします。彼女に余計な気苦労をさせたくはありませんから」
「もちろんですよ。サラ、行ってらっしゃい」
「はい。行ってまいります」
サラの大きな鞄はコハクが受け取って、二人は教会を後にする。
「あの…、重くないですか?」
サラが心配そうに尋ねた。確かに想像以上に重いが、持ち歩けないほどではない。
「大丈夫ですよ。何が物が入っているのですか」
「調合用の器具が入っています。あとは寝間着とかお泊まりに必要なものが少し…」
ああ、寝間着を持ってきたのか。それも見てみたいが、大きすぎるコハクの服をもてあましている姿がたまらなかったのに…。
「どうかなさいましたか」
「いいえ。まずはどこに行きましょうか」
自分もただの男であることを実感しつつ、冷静に振る舞う。
「わたしの用事は魔道具街だけで済みそうです」
「では、まず魔道具街に向かいましょう」
その後は、サラの新しい服を買いにいく。それから昼食をとって、午後は彼女の好きな所に行ければいいと思っている。ふたりでいることができるのなら、どこでもいいのだ。
相変わらず魔道具街を歩いている人間は少なかった。いつものようにコハクは外套を頭から被り、眼鏡をかけている。サラは初めて会った日と同じ若草色のドレスを着ていた。
「先日、初めて一人でここに来ました。でも、コハクさまと手を繋いだことを思い出したら寂しくなってしまって…。またご一緒できるなんて夢みたいです」
サラがコハクを見上げて言った。
あれから二月以上が経ち、初めは手に触れるだけで精一杯だったのに、今では手を繋ぐことも指を絡めることも自然とできるようになった。
「これからはいつでも声をかけてくださいね」
「はいっ」
サラは斜めにかけた小さな鞄のひもを握り、コハクに手を振って店の奥に消えていった。コハクは店の前で周囲を警戒する。今日は不自然な人や動物は見あたらない。
ほんの数分で紙袋を持ったサラが店から出てきた。
「ずいぶん早いのですね」
「買うものは決まっていましたし、早くコハクさまと会いたくて…」
頬を染めるサラにコハクは手を差し出す。サラは躊躇うことなくその手を取る。端から見ると自分達はちゃんと恋人同士に見えているのだろうか。
灰色の雲の隙間から一瞬日が射し、サラは目を細めた。
北国育ちの彼女には聖都の夏は暑すぎるだろう。コハクは今日の予定に日傘を買うことを追加した。
大通りに出てしばらく進み、以前と同じドレスの店に入る。小柄なサラに似合いそうな服が他にもたくさんあったからだ。
「彼女に似合うドレスを何着か見繕ってください」
あの日と同じ店員はサラのことを覚えていたようだ。会話をしながら二人は店の奥に消えていく。
月が替わり、店内には夏物の服が増えている。日傘を探していると、サラはすぐに戻ってきた。
「いかがでしょうか」
白地に細い水色の縦縞が入ったドレスは涼しげで、サラの白い肌と儚い雰囲気によく似合っている。
「とても素敵ですよ」
「嬉しい…。ありがとうございます」
サラは花が咲くように微笑んだ。それだけでコハクの心は幸せで満たされる。普段の姿も可愛いが、きちんと着飾ったサラは誰の目にも留まるくらい可愛らしい…とコハクは思う。
これからは人前に出ることも増えるだろう。誰かのものになる前に出会えてよかったと、つい無駄な心配をしてしまう。
しかし、彼女は辛気臭く変装している自分と歩くことは嫌ではないのだろうか。相手と釣り合わないことを心配する気持ちが少しわかったような気がする。
結局サラが気に入ったドレスを二着と、白い日傘を購入して店を出た。サラはドレスの入った紙袋を嬉しそうに抱え、自分で持つと言って譲らなかった。しかしそれでは手を繋げないので、サラを説得して自分で持つことにする。
「店員の女性とは、どんなお話をされていたのですか」
次の目的地に向かいながら尋ねると、サラは恥ずかしそうに下を向いた。
「あの方とお付き合いすることになったのですね、と言われました」
「今度は肯定してくださいましたか」
「…はい」
「それは良かった」
コハクはサラの手を強く握る。サラも強く握り返してくる。彼女の中でも自分が恋人になっていることが嬉しくて仕方がない。
「かわいらしい貴女の隣に、このような格好の男がいるのは嫌ではありませんか?」
不安なことは聞いてみる、と決めたはずなのに、思っていた以上に勇気のいることだった。
サラは不思議そうに首をかしげた後、コハクの胸に寄り添った。
「そのようなことを仰らないでください。わたしだけがあなたの正体を知っているなんて、とても贅沢な気分です」
サラの言葉にコハクは安堵する。こんな些細な事で、ようやく通じあった気持ちが離れていかないか、どうしても不安になってしまう。
「わたし、好きな人と堂々とおでかけすることが、こんなに楽しいなんて知りませんでした。また、ご一緒させてください」
「ええ。もちろんです」
以前はサラの気持ちを必死で探り、その反応に一喜一憂していたことを思い出す。
あの頃がとても遠い過去のように感じられた。
しかし、ふたりの関係はまだ始まったばかりだ。これからは彼女がずっと自分を好きでいてくれるように、手探りの日々が続いていくのだろう。




