敵の目的2
静かな森の中を馬車が駆ける。
貴賓用の馬車の客室は、外部の音を遮断し揺れも少ない。コハクは体にかかるサラの重さを心地よく感じながら、頭の中を整理していた。
あの後、駆けつけたセシルに倒れた女中を託して、疲れの見えるサラを強引に執務室に連れ戻した。サラをひとりにするのは心配だったが、馬車の手配をするためには執務室を出るしかなかった。
急いで用事を済ませて部屋に戻ると、執務室の前に小さな紙切れが落ちていた。通りがかった女中に話を聞いたが特に不審な人間は見あたらなかったという。
コハクはサラが眠っていることを確認して紙を取り出す。今回は「女と別れて祖国に帰れ」と暗号文字で記してあった。
どうやら、例の女はすぐ近くに潜んでいるようだ。
この犯人の目的がわからない。
先日の誘拐事件の時点で、サラとコハクが深い仲であることは敵に知られている。しかし、サラを引き合いに出してコハクを脅迫することに意味はあるのだろうか。
サラに万が一のことがあったとしても、自分は絶対に王家を復活させることはない。しかも彼女を殺してしまえば、相手は切り札を一つ失うことになる。
それに、前回サラは隙をつかれて連れ去られたが、もともと彼女はこの国随一の魔導師だ。今後サラを出し抜くことは容易ではない。
それがわかっていてサラに挑んでいるのなら、その理由は…。
コハクは大きくため息をついた。
まさか祖国の再興よりも、ふたりを別れさせるのが目的ではないかと疑ってしまう。
コルテアの残党で残っているのはただ一人。やけを起こしている可能性もある。どちらにせよ警戒するに越したことはない。
「どうして私達を放っておいてくれないのでしょうね」
コハクはサラの髪を撫でた。小さな肩がぴくりと動く。長いまつげが揺れ、うっすらと目が開いた。
「すみません。起こしてしまいました」
「わたし、いつの間に寝てしまったのでしょうか」
サラは困ったように首をかしげ、まばたきをする。寝起きのぼんやりとした顔もたまらなく可愛らしい。コハクは肩を抱き寄せ、額に口付ける。
「城を出てすぐですよ。いろいろあって疲れたのでしょう」
「こんな昼間に…恥ずかしいです」
「かわいい貴女の寝顔を見ることが出来て、私は満足しています」
「ですが、せっかく一緒にいられたのに…」
サラは小さな唇を尖らせた。
このように甘えた仕草を見せてくれると、自分が彼女の特別な存在になれた気がして胸の奥が暖かくなる。
「それに、コハクさまに謝らないといけないことがあるのです」
「何でしょうか」
「コハクさまが買ってくださったドレス、やっぱりだめになってしまいました」
サラは申し訳なさそうに下を向いた。サラが言っているのは、拐われた日に着ていた空色のドレスのことだろう。血や泥がついて裾が裂けていたのを思い出した。
「仕方ないですよ」
「本当に、ごめんなさい」
コハクは涙目になったサラを抱き締める。
「また、一緒に出かける口実ができましたね」
「次は自分で買いますから、一緒に選んでくださいますか?」
「…それは困りますね」
コハクはサラを抱き上げて、自分の膝に座らせた。身長差がある自分達でも目線の高さが近くなるこの体勢が好きだ。
「私は独占欲が強いと言ったでしょう。かわいい貴女を、私が用意したもので、私好みに飾りたてるのがいいのです」
「わたし、そんなにかわいくないです…」
サラは頬を染めて目を逸らす。
コハクは目の前にある柔らかそうな頬に唇で触れた。
「貴女の体が良くなったら、また出掛けましょう。私が貴女を護ります」
敵の出方がわからない以上、サラを一人で外出させるわけにはいかない。教会には騎士団から警備の者が派遣されているが、サラの外出に自分以外の男が同行するのは個人的に気に食わない。
「コハクさまは、ご迷惑ではありませんか?」
「いいえ、少しも」
「でしたら、以前連れていってくださった薬草のお店に行きたいです。材料が揃えばコハクさまのお腹の紋様を消すことができると思います」
思ってもいなかったサラの言葉に、コハクは目を見開いた。
「目が覚めてから動けるようになるまで、ずっと考えていました。理論上は完璧です。私の力が足りない部分は薬品の力を借りることで補います」
「…私のためにありがとうございます」
「それで、お願いがあるのですが」
サラは恥ずかしそうに下を向いた。
「大がかりな魔法ですから時間がかかります。それに夜の方が魔法に集中できますので、また、あの…」
ああ、そういうことか。
コハクは耳まで赤くなったサラの髪に触れる。
「私の別邸を使いましょう。お泊まりになる予定で準備をしておきます」
「はい…、ありがとうございます」
自分で答えておきながら、コハクまで恥ずかしくなってきた。下心などないと言いたかったが、断言はできないのでやめておく。
「わたし、コハクさまにご負担をかけないようにがんばります。信じてくださいますか?」
「貴女が私のためにしてくださることですから、どんな結果になっても構いませんよ」
サラはほっとした様子で胸に手をあてた。
「では、次の週末に伺います」
「わかりました。午前中にお迎えにあがります。それまでは出来る限り教会から出ないようにしてくださいね」
「はい」
サラは微笑んで頷いた。コハクは痩せてしまった小さな体を優しく抱き締める。触れるだけの口付けを交わしながら、週末はサラのためにどんな料理を作ろうかと考えていた。




