敵の目的1
教会に帰る前に結界を確認したいとサラが言うので、コハクはサラと並んで城の廊下を歩いていた。
サラはひとりで平気だと言うが、コハクは護衛のためと言い訳をして無理矢理付き添うことにした。本音では、自分の目の届かないところで悪い虫がつかないか心配だった。
サラは右足をひきずりながら歩いている。細い足首に巻かれた包帯が痛々しく、コハクの庇護欲を刺激する。抱きかかえようとしたのだが、全力で拒否されたので仕方なく諦めた。
また一人、すれ違った兵士がコハク達に敬礼する。サラは可愛らしい微笑を浮かべ、軽く会釈を返した。コハクには兵士の目線がずっとサラを追っているように見えた。
「宰相さま?」
立ち止まったコハクに気が付き、サラが振り向く。
青い神官服は肌の白さをよりいっそう引き立たせる。まだ体調は戻りきっていないのだろう。痩せてしまった白くて華奢な体は、冬の終わりの粉雪のように儚くて…。
「貴女が消えてしまいそうな気がして…」
自然とこぼれた言葉にサラは目を丸くする。
おぼつかない足取りで戻ってくると、両手でコハクの手を包み込んだ。
「わたしはここにいます。ずっとコハクさまといっしょです」
そう言ってサラは微笑み、手の甲にそっと口付けた。
柔らかい唇から伝わる熱が、身体中を暖めていく。
そうか、私は怖いのだ…。
サラが誘拐された事件は、思っていた以上にコハクの心に深い傷跡を残しているようだ。目を閉じると、今でも青い服を着て床に倒れていたサラの姿が浮かぶ。今日の神官服と色が似ていたから、余計に思い出してしまったのかもしれない。
コハクがサラの頬に顔を寄せたとき、遠くから足音が聞こえてきた。二人は慌てて距離を取り、何事もなかったように歩き出す。
しばらくして、廊下の角からシーツのようなものを抱えた黒い服の女中が、こちらに向かって一直線に走ってきた。
この城で働く者がコハクに気が付かないなんて、明らかに様子がおかしい。
「サラ」
「はい」
サラは鞄から杖を取り出して握りしめた。コハクはサラをかばうようにローブを広げる。
女は少し離れた所で立ち止まり、持っていた布を放り投げた。布は大きく膨らみ、中から黒い塊が吹き出す。黒い塊は低い音を響かせてこちらに向かってきた。
サラが杖を振った。青白い光が黒い塊を包む。
その瞬間、黒い塊は空中で停止し、ばらばらと小さな粒のようになって床に落ちた。
続いて大きな布がふわふわと飛んでくる。コハクは服に仕込んでいた小型のナイフを投げた。ナイフは硬い音を立てて布を道連れに壁に突き刺さる。張り付けにされた布に小さな赤い染みが広がった。
女はぼんやりと立ち尽くしていた。
コハクはサラを抱き締めるようにローブで覆い、ナイフを構える。しかし、次の攻撃が繰り出されることはなく、女はその場に仰向けで倒れた。駆け寄ろうとしたサラを制して、コハクは一人で様子を見る。
倒れた女中の顔に見覚えはなかった。少なくとも国王の近くで働く立場ではなさそうだ。
先程の様子から見て操られていることは明白だが、どこに紋様があるのだろうか。カーネリア家の屋敷で見た遺体と同じ場所を確認しようと、コハクは女の首に手をかけて、あることに気付く。
「サラ、こちらへ来て下さい」
「はい」
サラは足をひきずりながら走ってきた。
「どうなさいましたか?」
「この女中は生きています」
コハクの言葉に、サラの表情が変わった。倒れた女中の脈を取り、口元に顔を近づける。手をかざして魔力を送り、躊躇することなく胸元を開いて赤い紋様を見つけだした。
「薬で意識を飛ばされたようです。紋様に送られた魔力が少ないのですぐに回復できそうです」
「そうですか。意識が戻ったらヒスイ達に事情を聞いてもらいましょう」
「呪術の内容は覚えましたし、これは消してもよろしいでしょうか」
特に必要な情報はない。コハクは頷いた。
サラが女中を治療している間に、コハクは布と黒い塊を調べることにする。
壁に刺さったナイフを取ると、布の裏から一匹の蝙蝠の死骸が落ちてきた。やはりその目には赤い模様が刻まれている。次いで、張り付けになっていた布を広げると、コルテアの暗号文字で「女を殺されたくなければ祖国に帰れ」と書いてあった。
コハクはサラの目に触れないようにその布を折り畳む。
最後に黒い塊の落下地点に向かう。近づいてみると黒い粒は凍りついた蜜蜂の死骸であることがわかった。すべての目に赤い紋様が刻まれている。
数は多いが、サラの命を狙うにしては弱すぎる。準備にかける時間がなかったのか、初めから殺すつもりはなかったのか…。
「終わりました。そのうち目を覚ますでしょう」
振り向くとサラが後ろに立っていた。
「蜜蜂ですね。この城の敷地内に巣はありますか」
「小さい森がありますから、あっても不思議ではありません」
「術をかけられた虫がわたしの結界を抜けることは不可能です」
「つまり、この呪術は結界の内側でかけられたということですね」
…やはり最後の一人は城内にいる。
騒ぎを聞きつけた兵士が走ってきた。遠くにはセシルの姿も見えた。後の処理は彼らにまかせることにしよう。
「あの、コハクさま。この死骸はどうしましょうか」
「大した証拠にはなりませんので、片付けてもらいましょう」
「では、わたしにやらせてください」
サラは両手を胸の前で組んで目を閉じた。小さな声で何かを囁くと、死骸に向かって手を伸ばす。青白い光が降り注ぎ、蜂の死骸は白い煙になって消えていった。




