報告会
「ファティマ司祭、もう動けるようになったんだね」
コハクと共に執務室に入ると、奥の長椅子に座ったアレクが手を振っていた。
サラは神官服の裾を摘まんで丁寧にお辞儀をした。
「わたしの不注意のせいで皆様に多大なご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「悪いのは誘拐した連中だから気にしないで。それにしても無事でよかった」
アレクは人懐っこい笑顔で答えると、サラに座るよう促した。
「コハクなんて司祭のことが心配すぎて、ほとんど仕事が手につかなくてねー」
「陛下っ」
「だって本当のことだしー。それより口の横に口紅ついてるよ」
「えっ? そんなはずは」
「嘘」
コハクが目を見開いた。アレクは声をあげて笑い、サラの正面に座っているヒスイも吹き出す。セシルは気の毒そうにコハクを見ながらも、肩を震わせて笑うのを我慢しているようだった。
ここに戻ってくることができてよかった、と心の底から思う。
サラは隣に座るコハクを見上げた。コハクは目を細めてサラの頭を撫でた。
「そうですね。私はもう二度とあのような思いをしたくない」
コハクは姿勢を正し、膝に手を置いた。凛とした横顔がまっすぐに正面を見据えた。
「陛下、それからお二人も。私の大切な人を救ってくださり、心から感謝申し上げます」
深く頭を下げたコハクの顔を、流れるような金色の髪が覆い隠す。しかしサラの位置からは、閉じた瞳の端に涙が浮かんでいるのが見えた。
この気位の高い人が、自分のために頭を下げていることに驚くのと同時に、本当に自分のことを大切に思ってくれていると実感する。
胸が切なくて苦しい。サラは人前だということも忘れて、コハクの肩に寄り添った。
「ずいぶん他人行儀ね。か弱い女の子を助けるのは騎士として当然の務めよ」
「それが宰相閣下の恋人ならなおさらです」
「コハクの初恋の人だしねー」
アレクとヒスイは顔を見合わせて笑った。
「ええ。これが最初で最後です」
コハクはサラの肩を抱く。服の上からでもわかる手のひらの暖かさが心地よかった。
「ところでヒスイ、あの男の身元はわかりましたか?」
そのままの姿勢でコハクが尋ねた。口調は穏やかだが宰相の顔に戻っている。笑っていたヒスイは表情を引き締めて、セシルに何か耳打ちした。セシルは白い紙を取り出してヒスイに手渡す。
「あの屋敷で見つかった手記の解読が終わりました。予想どおりあの遺体は追放されたカーネリア家の前当主でした。十年前に追放されて北の地でくすぶっていたところを、あの男を中心とするコルテアの連中に付け込まれたみたい」
「その根拠は?」
「急に知らない連中が屋敷に出入りするようになったって元使用人の証言があるわ。あの男の本名はわからないけど、屋敷ではモルガと呼ばれていたそうよ。モルガはいつの間にか聖都の本邸の執事になり、屋敷を取り仕切り始めた。そのころから当主の様子がおかしくなったらしいわ」
ヒスイは紅茶で唇を湿らせた。
「温厚だった当主が、失った権力を取り戻すとか反乱を起こすとか言い出したんですって。それを諌めた使用人は次々にやめさせられ、その後の消息は不明だとか」
「あの屋敷で我々を襲ったのはその人達かもしれませんね」
詳しいことはわからないが、多くの遺体が操られていたと聞いている。その人たちが安らかに眠れるよう、サラは目を閉じて小さく祈りを捧げた。
頭を撫でられて目を開けると、コハクが優しい眼差しでサラを見つめていた。サラの大好きなコハクの笑顔だった。
「ではファティマ司祭、呪術を分析した結果を説明してください」
「はい」
すぐに元の顔に戻り、コハクが言う。
サラは鞄から手帳を取り出し、呪術を使う人間が三人いたこと、そのうち一人は皇族の血を引く女性であり、一番魔力が強いと思われることを説明した。
「墓地で襲ってきたのが一人目。二人目はおそらくあの執事でしょう」
「あのおっさんが言っていた、私の娘とかいうのが怪しいわね。セシル、カーネリアの本邸はどうだった?」
「本邸にも生きている人間はいませんでした。今の当主もかなり前に殺されていたようです。遺体にあの紋様が刻まれていました」
それを聞いたサラはニーナのことが心配になった。サラを裏切ってまで家族を助けようとしたのに、ニーナの家族はすでに殺されていたのだ。
「執事の娘の情報は?」
「いいえ、家族がいたという話はありませんでした」
「コハクの嫁にってことだから、そんなに歳は取っていないはず。ねぇコハク、それらしい子に告白とかされてないの?」
アレクがコハクに尋ねる。
「交際を迫ってくる女性も、秋波を送ってくる女性も、多過ぎて覚えていません」
他人事のようにコハクは言う。大切な話をしているというのに、サラの心にさざ波が立った。
「私はサラ以外の女性には興味がありませんから」
そんな不安を見透かしたように、コハクはサラを抱き寄せた。
「それを見せつけるためにお姫様抱っこしたってわけ?」
「さぁどうでしょう。あの程度で諦めてもらえるのなら苦労しませんよ」
「はいはい、兄様はそれでいいと思いまーす」
ヒスイが呆れた様子で手を叩く。コハクは当然だと言わんばかりに頷いた。少しだけ気持ちが軽くなる。
「でも、気を付けてね。追いつめられた女は何するかわかんないわよ」
コハクにかけた言葉は、本当はサラに向けられたものだ。サラは自分や大切な人を守るために強くならなければならない。はたして、どれほどの覚悟が必要なのだろうか。
「しかしあまりにも情報がありませんね。九年前にニーナ・マルシェに暗示をかけたのがその娘なら、私やヒスイと同時期にコルテア城にいてもおかしくないわけですが、記憶にありません。それに、あの城にいたのなら第二皇子による大虐殺の際に殺されていたはずです」
「でも、皇帝の嫡子なら絶対に城に囲われていたけれど、皇帝のきょうだいの血筋ならその限りではないのよね」
「皇帝のきょうだいは、即位後に殺されたと聞いていますが…」
「もうちょっと調査を続けるしかないか」
アレクの言葉に、兄妹はそろって頷いた。
「ヒスイとセシルは、城の警備を強化。教会の周囲にも兵士を配置して」
「承知しました」
二人はアレクに敬礼する。
「司祭は、まずはしっかり体を治して、今まで以上に身辺に気を付けること」
「はい」
「それから、ニーナ・マルシェはどうなったかな?」
「ニーナは今までと変わらず、わたしの世話をしてくれています。今後、カーネリア家と関わる気は一切ないそうです」
サラの答えに、アレクは満足げに頷いた。
「それがいいだろうね。コハク、カーネリア家の断絶に関わる手続きと資産の処理を」
「仰せのままに」
コハクは胸に手をあてて一礼する。
「では、よろしく頼むね」
アレクが明るい声で言って手を叩き、この報告会は解散となった。




