想いを言葉にのせて2
「わたしを…ですか?」
サラは信じられないといった様子で呟いた。
「はい。どうしようもなく、貴女が愛しいのです」
その瞬間、見開かれた瞳に涙があふれ、大きな粒になって次々とこぼれ落ちた。震える唇が、夜空に浮かぶ三日月のような形に変わっていく。
「うれしい…」
サラは消え入りそうな声で言うと、コハクに向けてゆっくりと両手を伸ばした。
コハクは細い手首を引き寄せ、倒れ込んだサラを強く強く抱き締める。もともと華奢だったサラの体は、以前より一回り小さくなっているような気がした。
「好きです」
もう一度、念押しするように囁く。
「本当に、わたしでいいのですか」
サラはコハクの胸に顔を埋めたまま呟いた。
「貴女でなければ駄目なのです」
無言の時間が続いた。
耐えきれず何か言おうとしたとき、ようやくサラが口を開いた。
「わたし…背は低いし、コハクさまに釣り合うような美人ではありません」
「私は、貴女の小さくて可愛らしいところが好きです」
「手なんか、薬で荒れてぼろぼろです」
「人々を癒すための仕事です。恥じることはありません」
小さな手が、コハクの胸元を掴む。
「家柄などよくわかりませんし、コハクさまが利することなど何もありません」
「私にはこれ以上の権力など必要ありませんよ」
「体も丈夫ではなくて、すぐに体調を崩してしまいます」
「貴女はすぐに無理をしてしまいますから、もっと私を頼って、甘えてください」
そんな些細なこと、とは言えなかった。
「それに、あなたに隠していることがあります」
「私も同様です。時機が来たら話してください」
この話が出たということは、これで最後だろうか。
「他には、何かありますか?」
「…コハクさまは、ずるいです」
そこまで言って、サラは口をつぐんでしまった。
そう、自分はずるいのだ。
サラがこんなにもたくさんのことで悩んでいたなんて、想像だにしていなかった。自分が不甲斐ないばかりに、一番大切な女性を苦しめて、傷つけてしまっていた。
それでも、コハクはサラを手離したくない。許してもらえるまで格好悪く足掻くだけだ。
コハクはサラの頬に手を添えた。サラは顔を上げてコハクを見つめる。
「わたしは、コハクさまにとって何ですか」
切なく揺れる瞳が、サラの不安な気持ちを代弁していた。
すでに答えは決まっている。
「…貴女は、私にとって一番大切な、命に代えても守りたいと思う、ただひとつの宝物のような存在です」
それは、ずっと胸に秘めていた想いだった。
サラの表情が少しだけ緩んだ。
しかし、伝えたいことはそれだけではない。
「小さくて可愛らしい姿形に、それには不釣り合いなほど優れた司祭としての能力や知識、可憐な立ち振舞いの奥にある芯の強さ、すべてが私を魅了してやみません」
髪を撫でて囁く。長いまつげが揺れた。
「私は貴女を恋人と呼びたいのです。お許しいただけますか」
それを聞いたサラは腕の中で体をよじった。腕をほどくと、サラは両手を伸ばしてコハクの頬を包み込んだ。
潤んだ瞳がまっすぐにコハクを見つめる。
「わたしも、あなたを…」
桜色の唇が震えた。
「ずっとずっとお慕いしておりました」
それは、小さな花が咲いたような可愛らしい笑顔だった。
泣きたくなるほどの喜びがコハクを満たしていく。
頬を染めて微笑むサラが本当に可愛らしくて、コハクは夢中で小さな体を抱き寄せた。
「サラ…、私のサラ…」
髪を撫で、頬擦りをして、耳元で囁く。
やっと、やっと手に入れた。
満ち足りた気持ちで胸が熱くなった。
首にまわされた手が、コハクの髪を柔らかく掴む。
「私は不器用で無神経な人間です。貴女が不安に思っていることに今後も気付けないことがあるかもしれません。そのようなときは、遠慮せずに仰ってください」
「わたしも自分の気持ちを言葉で伝えていなかったのに、一方的に責めるような形になってしまって、ごめんなさい」
「いいえ。曖昧なままにしてしまった私の方が悪いのです」
「そんなことありません。わたしが…」
「サラ」
コハクはサラの言葉を遮るように唇を塞いだ。見開かれたサラの瞳がゆっくりと閉じていく。
長い長い口付けを交わした後、まつげの先が触れそうな距離で見つめ合う。
「出会ったばかりの頃にも、どちらが悪いかで言い争いをしましたね」
「はい。わたし、宰相さまにとても失礼なことを申し上げました」
「私はあの頃にはすでに貴女に惹かれていたのですよ」
サラの頬が赤く染まる。
思い返せば、自分に媚びない女性が新鮮で、それで興味を持ったのが始まりだった。
「コハクさまは初めてお会いしたときから、本当に優しくしてくださって、わたしは勘違いしないようにと必死に自分に言い聞かせていました」
「それなら、もっと早く好きと言えばよかったですね」
そうすればこんなに悩むこともなかった、なんて結果論に過ぎない。
「わたしは…自分からは言えなかったと思います。大切なものを失って悲しむなら、初めから何も持たなければいいと思っていましたから…」
その言葉の奥に、ずっと一人で生きてきたサラの深い孤独を感じる。まだ、彼女の心配事をすべて取り除くことが不可能だとわかった。
「私は貴女が悲しむようなことをしません」
コハクはサラを抱き寄せた。サラが少しでも安心できるように、胸元に包み込むように抱き締める。
「すごく嬉しいのに、わたしは何を返せばコハクさまが喜んでくださるかわかりません。それが苦しいです…」
見返りなど必要ないと言っても、今のサラは納得してくれないだろう。
「では、いつも私のそばで笑っていてください。そして、時々でかまいませんから、私を好きだと言ってください」
そばにいてほしい。それがいちばんの願いだった。そして、気持ちが揺らいで不安になったら、また尋ねればいいのだ。言葉ひとつあれば心が安らぐのだから。
サラは微笑んで頷いた。コハクはサラの手首に口付ける。
「少し会っていない間に、こんなに痩せてしまったのですね」
「最近蒸し暑くて、食欲がなかったのです」
体調が優れなかったのは、暑さのせいだけではないだろう。
「週末に私の別邸にいらっしゃいませんか。森の中なので少しは涼しいかと思います」
「せっかくのお休みなのに、よろしいのですか」
「休みだから、貴女とふたりきりで過ごしたいのです」
それに、話したいこともある。
「はい。お伺いします」
サラは笑顔で答えた後、不思議そうにコハクの顔を見上げた。
「左の頬が赤くなっていませんか」
「ああ、これは…」
恥ずかしいが、隠す必要もないだろう。
「貴女を悲しませたことを、ヒスイに叱られたのです」
「…わたしのせいで、ごめんなさい」
「いいえ。あれのおかげで目が覚めました」
「…まだ、痛みますか?」
サラの手が頬に触れる。その手はひんやりとしていて、熱を持った左頬を優しく癒していく。
コハクはその上から自分の手を重ね、そっと握った。
「もう少しこのままで…」
急に視界が滲んできた。それを見られたくなくて、コハクはサラのまぶたに口付けた。




