想いを言葉にのせて1
歓迎会の最中、コハクは何度も繰り返される同じやり取りにうんざりしていた。
派手に着飾った女性が順番にやってきて、コハクの外見や経歴を褒め称える。次に、女性自身の話を始める。そして、後日改めて会えないかと持ちかけられる。これが他国の貴族や王族だから面倒だ。
コハクは相手に不快な思いをさせないように十分注意して、のらりくらりとかわし続けていた。
だから、ヒスイが声をかけてきたときには、これで退出できると密かに喜んだ。
「宰相閣下、お耳に入れたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「ここでは、ちょっと…」
コハクはヒスイと共に大広間を出て、近くの小部屋に入る。扉を閉めた途端に、ヒスイがものすごい形相で腕を掴んできた。
「兄様、サラさんに会った?」
「いいえ、会っていませんが、彼女は城に来ていたのですか?」
ヒスイはコハクの問いには答えず、壁の時計を睨んでいる。
「ねぇ、兄様はサラさんに好きって伝えたの?」
「突然何ですか」
「言ったか言ってないか聞いてるの」
「それは…」
「言ってないのね」
「…はい」
その瞬間、乾いた音が響き、頬に鋭い痛みが走った。頬を叩かれたのだと気付き、反射的にヒスイを睨み付ける。しかし、ヒスイの泣きだしそうな顔を見て冷静さを取り戻した。
「何が…、あったのですか?」
「兄様の馬鹿。サラさんがかわいそうすぎるわ」
「かわいそうだなんて…」
「ねぇ、何で好きって言わなかったの?」
「それは…」
言えなかったのだ。サラの気持ちを測りかねて、一方的に振られるのが怖かったから。
「彼女、自分は身の程知らずだって、もう疲れたって泣いていたわ」
「サラがそんなことを言っていたのですか」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
確かに秘密にしていたことは多かったし、突然魔法を使って怯えさせてしまった。でも、サラが…、コハクの隣で穏やかに微笑んでいたサラが、そんなことを思っていたなんて…。
「それから、あの程度のことで勘違いしてごめんなさい、って伝言を頼まれたわ」
胸がえぐられるように痛んだ。
きっと、執務室や、街でのことだろう。あの時、抱擁と口付けを受け入れてもらったことで、コハクはサラが自分の気持ちを理解してくれていると思い込んでいた。恋人という関係には、いつかなれると甘えていたのかもしれない。
それはコハクの自分勝手な想像でしかなかったのか。
「あの程度だなんて、私は…」
「そう思わないと、兄様のことを諦められなかったのよ」
「私がいけないのです。サラの優しさに甘えてばかりで、サラの気持ちを全然考えていなかった。わかっていてくれると思っていたのです」
「兄様は馬鹿ね。あんなに兄様のことをわかってくれる子、他にはいないわよ。大切だと思うなら、もっと大事にして絶対に手放しちゃ駄目よ」
その通りだと思った。
「私は、まだ間に合うのでしょうか」
「何がなんでも間に合わせるのよ。ほら、早く行って。後は私が何とかするから」
ヒスイはコハクの背を叩いた。
「ありがとう、ヒスイ」
コハクは部屋を飛び出した。長い廊下をひたすら走る。今、誤解を解かなかったら、もう関係を修復することは不可能だと思われた。
正門の警備兵に尋ねると、サラらしき少女がここを通ったのは半刻ほど前だという。すでに最終の馬車は出てしまっている。まさか、この夜の森を一人で歩いて帰ったというのか。
夜の森には夜行性の危険な動物がいるし、不審者がいるかもしれない。コハクの背中を冷たい汗が流れた。
とにかくサラを探そう。しかし、夜の城の周りには人影は一切なく、コハクは途方にくれてしまう。
そのときだった。風向きが変わり、すすり泣くような声が聞こえてきた。周囲を見渡すと、少し離れたところに木造の小屋があった。それは明かりの消えた馬車の待合所で、近付くと泣き声はより鮮明に聞こえてきた。
その声の主をコハクが間違えるはずはない。
薄暗い小屋の中を進むと、奥の長椅子に座る人影が見えた。月明かりに照らされた青い神官服と、薄茶色の髪。
間違いなくサラだった。サラは肩を震わせて泣いていた。
愛しい少女が、このような暗い場所で一人きりで泣いている。しかもその原因は自分にある。コハクは自分の愚かさを悔いた。
「サラ」
名前を呼ぶ。
サラは弾かれたように顔を上げた。頬が涙に濡れている。
「コハクさま…、どうして」
「話は妹から聞きました。貴女と話がしたいのですが、よろしいでしょうか」
「わたしは…」
しばらくして、サラは小さく頷いた。
「私は愚かな人間です。貴女の優しさに甘えて、肝心なことは何も伝えていないにもかかわらず、貴女にならわかってもらえるはずだと思い込んでいたのです」
茶色い硝子玉のような瞳には、何も映し出されていないように見える。
「貴女を苦しめて、泣かせてしまったのは私の不徳の致すところです。私の想いも、隠していたことも、これからはきちんと言葉で伝えますから、どうか私の元を去らないでください」
サラは何も言わず、ぼんやりとコハクの方を見ていた。相手が何を思っているのかわからないことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。サラはずっとこんな思いをしてきたのか。
右手を伸ばして頬に触れようとして、直前で思い留まる。たった今、言葉で伝えると言ったばかりだ。
コハクは床に両膝をついた。
できるだけ目線の高さを近づけて、息を吸って覚悟を決める。
「貴女が好きです」
必死に考えて紡いだ言葉は、ごくありきたりなものだった。でも、これが今のコハクがいちばん伝えたいことだった。




