狙われたのは2
駆けつけた兵士に後の処理を託して、丘を下る道を歩く。
「あの男の気配を感じたのは、墓地に着いてしばらく経ってからです。雀を使って我々の後を追っていたのでしょう」
コハクの意見にサラも同意する。あの雀には蜂のような攻撃手段はない。見張りにするくらいしか使用方法はないのだ。
「教会には強力な結界があります。近くの森まで影響が及びますから、雀に見張られていたのは街に来てからです。水晶のお店を出たときには魔道具は反応していませんので、お花屋さんの後からだと思います」
「花屋を出た辺りから不自然な鳥がいることは気になっていました。氷菓子の店で木の下に隠れても追ってきましたから、あのときの鳥で間違いないでしょう」
木の下で抱き寄せられたのは、怪しい鳥から隠れるため。はっきりと伝えられると少し悲しい。
「わたしは目視していませんが、おそらく…」
「可能性は二つあります。一つは、雀が偶然我々を発見した。もう一つは、我々の行き先を知って後から追いかけた」
サラは雀にかけられた術を思い出す。
「あの術は簡単なものではありません。ずっと雀の視覚と繋がっている必要があります。複数操れる力がある魔導師なら、あんなに簡単にわたしの魔法にやられたりはしないでしょう」
「では、我々の行き先を知っていたということです」
コハクは正面を見据えたままで言った。
何者かがあの男に二人の行き先を教える。男は雀に見張らせて、人気のないところで襲いかかった、ということだろう。
サラの行き先を知っているのは…。
「私が外出する姿を城の者が見かけていても、不思議ではありません。陛下とヒスイには街に行くとだけ伝えてあります。ですが、詳細までは伝えていません」
「わたしは、神官長にお出かけすることは伝えましたが…」
初夏だというのに、背中が寒い。
「行き先を知っているのはニーナだけです」
コハクの表情は変わらない。
「ニーナというのは、教会で貴女と一緒にいた神官見習いの少女ですね」
「はい。わたしの身の回りのお世話をしてくれています」
ニーナに限って裏切ることはないと思いたいが、サラはニーナのことをあまり知らない。唯一知っているのは孤児であることと、治癒魔法が得意なことだけだ。神官長が指名したお世話係だけど、何もわからない聖都での生活の中で、明るい彼女に助けられた事はたくさんある。
「ニーナは、わたしを裏切りません」
そう言い切ると、コハクは冷めた目でサラを見つめた。私情を挟むことなく、冷静に物事を判断する。これは正しい姿だと思う。
「理由をお聞きしても?」
尋問を受けているような気分だった。
「司祭付きに任命された時点で、神官長が彼女を高く評価しているのは明白です。順当にいけば将来は高位の神官になれるでしょう。わたしを裏切る利点がありません。それに、彼女に何らかの魔法がかけられていたら、わたしが最初に気が付きます」
そこまで言って、サラは裏口でのやりとりを思い出した。
「もしかして、コハクさまはニーナから何かを感じ取られたのですか」
そう問いかけると、コハクの表情が少しだけ曇る。
「私の勘違いだと思っていたのですが、貴女が感じ取っていないということは、コルテアの秘術を使われた可能性があります」
やはり、そうか。
自惚れではないが、サラに察知できない魔法など滅多にない。それをコハクが感じ取るということは…。
「あの男の人はそこまでの術者とは思えませんが」
「そうですね。術をかけたのは別の人間でしょう。あの男はただの手下です」
操作術を使っていた人間は全部で三人、一番高度な術を使っていたのは女性だ。それなら納得できる。
「大丈夫、ニーナさんは貴女を裏切っていませんよ」
「コハクさま…」
急に優しい言葉をかけられて、サラは安堵する。なぜか涙が出て視界が滲んだ。
「すみません。感情が入ると正常な判断ができなくなりそうで」
コハクはサラを抱き寄せて、機嫌を取るように頭を撫でた。
「ただでさえ貴女の前では冷静でいられないのです。先程だって、急にいなくなるから…」
暖かい腕の中で高ぶっていた気持ちが落ち着いてきた。
コハクはあの男に誰の指示か訪ねたが、なぜ目的には言及しなかったのか。サラを殺すのなら一人でいるときに襲えばいい。コハクに関しても同様だ。サラはたまたまそこにいたのか、二人が一緒にいるときに襲うことに意味があるのか。
いずれにしろコハクは目的を知っている。それは「いつか話すこと」に含まれるのだろうか。今の時点でそれを話せるほど、コハクはサラを信用していないし、サラもコハクを信用しきれていない。だからこれ以上の関係に踏み込めないのだ。踏み込んで今の関係が壊れるのを恐れている。
そこには、お互いに深入りをしない暗黙の了解がある。自分を包むコハクの腕は、まるで暖かい檻のようだ。
「サラ」
名前を呼ぶ声は甘い。
「はい、コハクさま」
心配そうに見つめる青い瞳と、作り物のように美しい顔。
「わたしはいなくなりません」
コハクは微笑を浮かべ、サラを包む腕をほどいた。
「教会に戻って確認しましょう」
「はい」
差し出された手に指を絡め、サラは歩き出した。




